第三章 『“なかよし動物園”でかくれんぼ』④
“大型動物エリア”に足を踏み入れると、そこには、「これぞ動物園」という光景が広がっていた。
一つひとつ区分けされた広いスペースに、体の大きな動物がのんびりとくつろいでいる。これならば、目的の動物を見つけるのにさほど苦労はしないだろう。
そんな中、最初に目にした柵でプールへと入ろうとするサイを見つけ、リンゴが言った。
「あれ? サイなんて、教室にいたかしら?」
「うん、いたよ。一番後ろの窓側の席だ。その隣がツキノワグマのクマゴロー君で、次がタイガ君。それから、名前が分からないけどゴリラがいて、廊下側にレオ君」
「へぇ、よく覚えているのね」
リンゴが感心する。
「大きな動物は目立つからね。でも、教室にいた全ての動物を答えるとなると、ちょっと自信がないな」
「それは残念。だけど、その五頭が一番後ろだから、それより体の大きな動物はいなかったってことでしょう?」
「そういうこと。だから、ゾウやキリンは確実にいなかったんだ。だけど……」
ここでサンゴは、何かを考えるように顔をふせた。
「どうかしたの?」
「いや、何でもないよ。とりあえず今は、ゾウとキリンを見つけよう。どの道、北へは行かないといけないだろうから、ここは右手へと進んだほうがいいね」
心配そうなリンゴに首をふって見せると、サンゴはサイの柵を離れ、右の道を歩き出した。
目的の動物は、サイのすぐ右隣りの柵にいた。ゾウだ。
長い鼻を器用に使い、ゾウは地面に山と積まれた果物を拾い上げて食べている。
「あ、いたいた。サンゴ君、ゾウさんよ。あの言葉、言ってもいいのよね?」
声を弾ませてリンゴが許可を求める。
「どうぞ」
サンゴがうなずくと彼女は、右手をゾウへと差し出しながら告げた。
「ゾウさん。ヒントちょうだい!」
するとゾウは、小さな瞳で面倒そうにリンゴを一瞥したのち、これまた面倒そうに果物の山の中から白い封筒を鼻で拾い上げ、それを放り投げた。
風にあおられ、白い封筒はリンゴの手の上へと落ちた。
「何よ。随分と態度の悪いゾウさんね」
ぶつぶつと文句を言いながら彼女が封筒を開く。
中に入っていたのは、一枚の紙だ。そこには、“私は、ひとり”と記されていた。
「“私は、ひとり”って、どういう意味かしら?」
悩み顔になるリンゴに、サンゴは言った。
「そのままの意味だと思うよ。教室にいた動物達を動物園に移動させたこと。その動物達を“人間の言葉が話せない普通の動物”に変えたこと。僕達にかくれんぼの試練を与えていること。それら全ては、ひとりでやったことなんだ、って。そう伝えているんだと思う」
「なるほど。つまりは、単独犯というわけね」
推理が好きなサンゴに合わせて、そうリンゴが答える。
そのとたん、
「そうか!」
彼に似つかわしくない大きな声を上げ、サンゴがその手を打った。
「び、びっくりした。どうしたの? 何か分かったの?」
一度引いた身を大きく乗り出してリンゴがたずねる。
「うん。今回の動物園でのかくれんぼ。その全てを仕組んだ動物の正体が分かったんだ。それはね……」
だが、
「あ、やっぱりいい。もう少し私にも考えさせて。でも、お尻ペンペンや死刑は嫌だから、制限時間が近づいても分からない時には教えてね」
と、言葉の途中でそれをリンゴは遮った。
「う、うん。じゃあ、そうするよ。二人の推理を確かめ合ったほうが、より確実だからね」
せっかく彼女に恰好のよいところを見せようとしていたのに、残念だ。サンゴは、少し戸惑った様子で頭をかいた。
「さて、次にヒントをもらうはキリンさんね。サンゴ君には負けちゃったけど、私だって犯人を見つけてみせるんだから。……あ、とはいっても、犯人は人じゃなくて動物だから、この場合は何て言ったらいいのかな? 犯匹? 犯頭? どちらもおかしいわね」
あれこれ考え始めるリンゴとともに、サンゴはキリンの柵へと向かった。
ゾウの柵のすぐ隣に、キリンはいた。
「ヒントちょうだい」
高い柵から長い首を出して渡してくれたヒントには、“私は、女です”と記されていた。
「どう? 推理どおりだった?」
そうリンゴがたずねる。
「うん」
サンゴは首を縦にふった。
「そう。すごいのね、サンゴ君って。私なんてさっぱりよ。だって、女の子って教えられても、ミケコちゃんぐらいしか思い浮かばないし……。仕方ない。お隣のパンダさんに、最後のヒントをもらいにいきましょう」
「え? また隣なの?」
ヒントをくれる動物達が順番で並んでいることに違和感を覚え、サンゴがそう口に出す。
だが、リンゴは、
「そうよ。ほら、檻が見えているでしょう。近くてよかったわね」
と、特にそれを気にすることなくそちらを指さした。
思い悩むサンゴとにこにこ顔のリンゴ。対照的な二人は、パンダの檻の前へとやってきた。
檻にかけられた説明書きを読みながら、リンゴが独りごとを言う。
「へぇ、パンダって、漢字で“熊猫”って書くのね。ジャイアントパンダは、“大熊猫”なんだ。初めて知ったよ。まったく、クマなのかネコなのかはっきりして欲しいわよね。まぁ、パンダなんだけど……」
そんな彼女の言葉が、忘れていたサンゴの記憶を呼び起こした。
その存在が日本に広がり始めたころ、パンダはアライグマ科の動物だと思われていた。それが、のちにパンダ科に分類されるようになり、現在は……。
パンダへと向かって右手を差し出し、リンゴが今にもあの言葉を告げようとする。
サンゴは慌ててその手をつかんだ。
「ちょっと待った!」
「え?」
リンゴの動きがぴたりととまった。
「パンダは、ヒントを持っていないよ」
「どういうこと?」
「最近の話なんだけど、パンダはクマ科に分けられるようになったんだ。だから、ひょっとするとこのパンダ、クマゴロー君かも知れないんだ」
「クマゴロー君って、ツキノワグマの?」
「うん。教室にいた動物は、特例として、“科”は同じでも別の動物になっている場合がある。そう看板に書いてあっただろう? そして、パンダとツキノワグマは、同じクマ科の動物だ」
「そっか。でも、このパンダさんがクマゴロー君じゃない可能性もあるんでしょう?」
「もちろん。もし、園内に他にクマ科の動物がいたらそうなるよ。だけど、その場合、どちらがクマゴロー君なのか分からなくなるし、あらかじめ決められたルールにも違反する。結局、パンダはヒントを持っていないってことになるんだよ」
「なるほど。ヒントをくれる動物を勘で選ばないといけないのは、確かにおかしいわね」
「そういうこと」
自分の考えを理解してくれたのがうれしかったのか、サンゴは彼女に微笑みかけた。
そこに、リンゴがたずねる。
「じゃあ、三つ目のヒントはお預けってことになっちゃうわね。次はどうするの?」
少し考えてサンゴは答えた。
「もう会話はできないかも知れないけど、僕、どうしても会っておきたい動物がいるんだ。そこに行っちゃ駄目かな?」
「サンゴ君が行くところなら、どこだって一緒よ」
「ありがとう、リンゴ。行こう」
サンゴは、“大型動物エリア”を西に向かって歩き始めた。
そんな前を行く彼を走って追いかけ、追い越しざまにその耳元でリンゴが告げる。
「私の手をつかんでとめた時のサンゴ君、男らしくて恰好よかったよ」
「え! あ、あれは……」
耳まで真っ赤にしてどぎまぎと、サンゴは言葉を詰まらせた。
制限時間まで、あと一時間。二人の目指す次なる目的地は、西の“猛獣エリア”だった。
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