第三章 『“なかよし動物園”でかくれんぼ』③
昭和の時代から現在まで、“夏休みに子供達が行きたい場所”として根強い人気を誇る動物園。写真や映像でよく目にする動物達を間近で、しかも、実物を見ることができるとあって、その人気は続いているのだろう。今も昔も、子供は本物を好むものなのである。
さて、今回、手をつないだ二人が現れたのは、その動物園だった。
「着いたみたいだよ、リンゴ」
暗闇による急な場面転換にも慣れたサンゴが言う。
一方、リンゴは落ち着きなく辺りを見回した。
「ここは、どこ?」
「どうやら、動物園みたいだ。……ほら」
サンゴは、遠くに見える猛獣用と思しき檻を指さした。
「本当。ということは、この場所で私達は勇気を示さないといけないのね」
「うん。そうみたいだ」
何の戸惑いもなく、サンゴはそう答えた。
廃病院の時と異なり、今回は昼間だというのもあるのだが、それ以上に、「仲間がいる」という安心感が、彼に落ち着きを与えていたのである。
「そういえば、教室の動物達は、どこに行ったんだろう?」
続けてサンゴがそう自問する。
すると、――ピン、ポン、パン、ポン――園内放送を知らせる“ド、ミ、ソ、ド”のチャイム音が響き、ボイスチェンジャーを通したような低くくぐもった声がスピーカーから流れてきた。
「青井サンゴ君、成木リンゴさん。本日は、“なかよし動物園”にお越しいただき、ありがとうございます。現在お二人がいらっしゃる場所は、動物園の中央に位置する“なかよし広場”です。これから、お二人には、私とかくれんぼをしていただきます。私が子で、お二人が鬼。つまり、お二人は、身をかくす私を見つけ出さなければならないということです。もし、私を捕まえることができたならば、お二人を元の世界に戻すことを約束します。なお、制限時間は、今から二時間。細かなルールにつきましては、設置してあります看板をご確認ください。それでは、お互い、正々堂々とかくれんぼを楽しみましょう」
放送が終わると、辺りは急に静けさに包まれた。園内にはたくさんの動物がいるはずなのだが、その鳴き声さえも聞こえない。
「どうしよう、かくれんぼだって。ねぇ、どうしたらいいの?」
リンゴが、不安そうな顔を向けてくる。
「そうだな。先ずは看板を探さないと……」
そう答えながらサンゴは、きょろきょろと周囲に目をやり、
「あった!」
と、三十メートルほど先にそれが置いてあるのを見つけた。
学校の黒板ぐらいはある横長の大きな看板である。
「あれ? さっきまで、あんな物はなかったはずなのに……」
リンゴが首をかしげる。
「とりあえず、行ってみよう」
そう告げるとサンゴは、先になってかけ出した。
「あ、ちょっと待ってよ」
慌ててリンゴが追いかける。
二人は、芝生になった広場を走り、看板の前に到着した。
「えーと、『“なかよし動物園”でかくれんぼ ~ルール説明~』、だって」
看板に記された表題をリンゴが読む。
そこには、縦書きで、次のように記されていた。
『“なかよし動物園”でかくれんぼ ~ルール説明~』
青井サンゴ君、成木リンゴさん、こんにちは。私は、“教室にいた動物達の中の誰か”です。
現在、私は、他の動物達全員を“人間の言葉が話せない普通の動物”に変え、動物園各所の柵や檻の中に配置しました。
お二人は、以下のルールに従って、かくれる私を見つけ出してください。
一、 私は、他の動物達と同じく動物園の柵か檻の中にいます。つまり、お二人か
ら私は“見えている”というわけです。
二、 動物達は、基本的に教室にいた時と同じ姿で園内にいますが、特例とし
て“科”は同じでも別の動物になっている場合があります。
例えば、イヌ科の動物であるイヌが、同じイヌ科のオオカミになっていると
いった具合です。
三、 もし、私が誰であるか分かった時は、私を指さし、「見ぃつけた」と言って
ください。
正解であれば、そこでかくれんぼは終了し、元の世界に帰ることができま
す。
しかし、不正解の場合には、“お尻ペンペン百回を与えた上での死刑”が執行
されます。そのため、「見ぃつけた」は、十分注意して宣言するようにしま
しょう。
以上でルール説明は終わりですが、たったこれだけの情報で、私が誰であるのかを当てるのは不可能だろうと思います。
そこで、ヒントを用意しました。
ヒントは全部で三つ。
三つのヒントは、園内にいる“教室にはいなかった三匹(頭)の動物”がそれぞれひとつずつ持っており、「ヒントちょうだい」と頼めば、くれることになっています。
しかし、間違って“教室にいた動物”にそれを告げてしまった場合は、アウトです。“お尻ペンペン百回を与えた上での死刑”となりますから、注意しましょう。
なお、園内の地図と残り時間が分かる時計を用意しました。必要でしたら、ご活用ください。
それでは、お二人が私をさがし出し、「見ぃつけた」と宣言してくださることを期待しています。
「これが、地図と時計ね」
看板前の芝生の上に無造作に置かれたそれらをリンゴが拾い上げる。
「それにしても、リンゴがいてくれて助かったよ」
サンゴは、ほっと胸をなで下ろした。
実は、看板に書かれた漢字には読み仮名がなかった。そのため、それに強い彼女に音読してもらっていたのである。
「さっそくお役に立ててよかったわ。でも、声に出して読んでいたせいで時間がかかって……」
リンゴは、手に持つ時計をサンゴに見せた。
二時間の制限時間が、一時間五十分まで減っている。
だが、別段急ぐ様子もなくサンゴは言った。
「大丈夫だよ。こういった時は慌てて行動するよりも、先ず、全体を把握することが大事なんだ。もらった動物園の地図を見てみよう」
「うん、分かった。地図ね」
リンゴは、サンゴの前にそれを広げた。
地図によると、この動物園は大きな卵型になっているようだ。現在いる“なかよし広場”は、先ほどの放送にもあったように園の中央に位置する。
“なかよし広場”から南のほうには入退場ゲートあるだけ。全ての動物は、東、西、北の三つのエリアに種類別で配置されていた。
東の“大型動物エリア”には、文字どおり、ゾウやキリン、パンダなど大型の動物達。
西の“猛獣エリア”には、トラやライオンなどのちょっと怖い動物達がいる。
北は“ふれあいの森”と名がついていて、小動物に直接触れたり中型の動物を柵越しに見たりできるようになっているようだ。
「さて、どこから行くの?」
そうリンゴがたずねると、迷うことなくサンゴは答えた。
「“大型動物エリア”に行ってみよう」
「ヒントをもらいに行くのね?」
彼の意図を察し、リンゴが確認する。
「うん、そのとおりだ。行こう」
大きくうなずくとサンゴは、リンゴと一緒に東へとかけ出した。
そう。“大型動物エリア”には、ゾウ、キリン、パンダと“教室にはいなかった三匹(頭)の動物”の全てが揃っていたのである。
「意外と、楽勝じゃないの?」
走りながらリンゴが微笑む。
そんな彼女に、サンゴは、
「……うん」
と同意しながらも、同時に、心のどこかに小さな不安を感じ始めていた。
今回の試練、“又田病院”の時と比べてあまりにも簡単すぎるのである。
「おかしい。絶対に何かある」そうサンゴは考えた。
だが、考えてはみるものの、それが何なのかまでは分からぬまま、“大型動物エリア”へと到着するのだった。
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次回更新は、9月7日(木)を予定しています。