第三章 『“なかよし動物園”でかくれんぼ』②
結果が出た。
賛成八票。反対二十二票。
サンゴの死刑に反対。つまり、「サンゴは無罪」とする票のほうが多くなったが、それでも、全員一致には至らなかった。
「おい、どうなってるんだ? ここにきてまだサンゴを死刑にしようなんて、情ってものがなさすぎるだろ?」
二度目の判決で反対に手を挙げたタイガが、立ち上がって教室を見回す。
すると、前のほうの席のペンギン、ペンスケがふり返って言った。
「サンゴが勇気を示したのは一回だけだ。そんなことで簡単に信用が得られるほど、世の中は甘くないんだよ」
「ほう。じゃあ、お前は行けるんだな? 廃病院の中を、懐中電灯ひとつで歩き回れるっていうんだな?」
「え、それは……」
ペンスケが口ごもる。
「ふん、キンタマの小さいやつだ」
タイガは、はき捨てるようにそう言った。
そこに、裁判官のミケコが口を出す。
「タイガ君。賛成、反対のどちらを選ぶかは、それぞれの自由です。それと、キンタマとか品のない発言は慎んでください。そうじゃないと、退場処分にしますよ」
「分かったよ」
タイガはしぶしぶそう答えた。「自分もキンタマって言ったくせに……」そう思いながらもそれを指摘し、退場になるのは嫌だったのである。
ミケコの注意により、とりあえず教室は落ち着きを取り戻した。
しかし、このままでは全員一致の判決など出せはしない。いつまで経っても裁判を終われない。
静かな教室に、重い空気が流れ始めた。
そんな場に真っ先に堪えられなくなったのはタイガだった。彼は、今度は右手、廊下のほうを見ながら口を開いた。
「なぁ、レオ。何かいい案はないか?」
“困った時のレオ頼み”といったところなのだろう。
「……そうだな」
動物達の注目が集まる中、レオは腕を組んで思案を始めた。
そして、そう待たせずして、おもむろに告げる。
「やはり、サンゴに勇気を示す試練を与え続けるしかないだろう。全員が納得するまで、な」
「それしかないのか。まったく、面倒だな」
ため息をつき、タイガがペンスケをにらむ。
「何だよ、何が言いたいんだよ?」
フリッパーを広げてペンスケが怒るが、タイガは、
「別に。小せぇやつに言うことなんか、何もねぇよ」
と軽くあしらった。
そこに、
「あの、ちょっといいかな?」
と遠慮がちに声が上がる。リンゴだ。
「はい、どうぞ」
ミケコが促すと、彼女は、教室の動物達に向けて続けた。
「あの、サンゴ君が受ける試練だけど、私も一緒に、というのは駄目なのかな?」
「ミケコ。どうなんだ?」
タイガがミケコに確認を取る。
彼女は、少し困った顔をして答えた。
「それは別に構いませんけど、その場合、サンゴ君が有罪になった際には、リンゴさんにも彼と同じ罰を受けてもらうことになります。被告人でもない貴女が、そんな危険を冒す必要はないのではないでしょうか?」
「いいえ。私は、サンゴ君と一緒に行くわ」
リンゴは、きっぱりとそう宣言した。
「駄目だよ、リンゴ」
慌ててサンゴがとめる。
だが、それでも彼女の意思は変わらなかった。
「サンゴ君が裁判にかけられているのは、私のせいなんだから。せめて一緒にいさせて」
と、彼を見つめる。
サンゴは、諦めるしかなかった。
「分かったよ。でも、絶対に離れちゃ駄目だからね」
「もちろんよ。離れろなんて言われたら、泣いちゃうから」
サンゴに微笑みかけると、リンゴはしっかりと彼の手を握った。
その時、突然、サンゴの視界が真っ暗になった。
「え?」
にわかにざわめき始める教室。どうやら、室内全体が暗闇に閉ざされてしまったようだ。
「これは、廊下と同じ」そう思うサンゴの耳に、
「何? 何があったの?」
と、緊張を隠せないリンゴの声が聞こえた。
「どうやら、どこかに場所移動するみたいだ。大丈夫だから、手を離さないで」
そうサンゴが答えた次の瞬間、足元の床が音もなく消えた。
「きゃあああ」
リンゴだけでなくたくさんの動物達の悲鳴もごちゃまぜに、闇の中へと落ちて行く。
そして、教室には誰もいなくなった。
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