第三章 『“なかよし動物園”でかくれんぼ』①
第三章 『“なかよし動物園”でかくれんぼ』
「皆さん、僕は嘘をついていました。成木リンゴなんて女の子のこと、僕、知らない。そう言っていたけど、あれは間違いでした。覚えていなかっただけで、本当は、僕、リンゴに会っていたんです。ごめんなさい」
動物達の集まる教室で、サンゴは深く頭を下げた。
その隣ではリンゴが、
「サンゴ君は悪くないのよ。私と会ったことを忘れていただけなんだから」
と、必死の弁護を行う。
そこに、タイガが言った。
「分かってるって。お前達の様子は、俺達全員がモニターで見ていたんだからな。結局、レオの言うとおりに、全部“誤解”だったってことなんだろ?」
「そう。そうなのよ」
言いわけをしないサンゴに代わって、リンゴが答える。
「それにしても、サンゴがこんなにできるやつだとは思わなかったぞ。俺は感動した」
見た目と違って感受性豊かなタイガは、つぶらなその瞳を潤ませた。
それにつられて他の動物達からも、「人間の割には勇気あったよな」とか「看護師が犯人だとは思わなかったよ。よく気がついたな、名推理だ」など、サンゴを称賛する声が上がる。彼の味方は、その行いにより着実に増えていたのである。
だが、同時に、それを快く思っていない動物もいた。検察官のコーリーだ。
「コホン!」
動物達の注意を自分に向けるよう咳払いをすると、彼は話し始めた。
「確かに、“又田病院”でサンゴ君が名推理を披露したこと。並びに、勇気を示したこと。それらについては、僕も認めざるを得ません。しかしながら、ここで新たな事実が発覚しました。それは、サンゴ君の嘘です」
「おいおい、成木リンゴのことならもういいぞ。あれは“誤解”だって分かったんだから」
タイガがあきれ顔で口を挟む。
コーリーは大きく首をふった。
「いいえ、違います。サンゴ君が“又田病院”に行ったからこそ見つかった新たな嘘です」
「へぇ、どんな嘘だ?」
一応聞いておこうとタイガがたずねる。
コーリーは、身を乗り出して答えた。
「いいですか、よく聞いてください。サンゴ君は、推理物が好きな少年です。これについては、本人が話をしていましたし、実際に殺人事件の謎を解いたことからも疑いようはないでしょう。ですが、そんなサンゴ君なのに、推理物に頻繁に登場する被告人という言葉の意味を知らなかったのは何故でしょう。おかしいとは思いませんか?」
「そうだ、おかしいぞ!」、「説明しろ、サンゴ!」そんな怒号が飛び交う様を、コーリーは想像した。
ところが、
「……え? 何だ、それ。いつの話だ?」
太い首をかしげるタイガを筆頭に、他の動物達も次々と似たような行動を取り始めた。
「君達は話を聞いていたのか!」そう怒鳴りたくなる気持ちをぐっと堪え、コーリーは裁判官に助けを求めた。
「ミケコさん。ミケコさんなら覚えていますよね。サンゴ君が、被告人という言葉の意味を知らなかったことを」
「はい。もちろん、覚えていますよ」
ミケコはうなずいた。
まともな動物がいたことに安堵するコーリーの前で、彼女は続けた。
「確かにサンゴ君は、被告人という言葉の意味を知りませんでした。それでも裁判を進めようとした私はラビ先生から注意され、サンゴ君に裁判の説明をすることになったんです」
「そういえば、そんなこともあった気がするな。ラビ先生に怒られるなんて、駄目な裁判官だ」
タイガが馬鹿にするような目をミケコに向ける。
すると、彼女は、
「あったような気がするじゃなくて、本当にあったの。それに、あの時に怒られたのは、私だけじゃないわ。タイガ君もよ。貴方、サンゴ君の名前をからかって注意されたでしょう。もう忘れたの?」
と、見事にそう切り返した。
「そ、そうだったか? まぁ、細かいことはいいじゃないか。それより今は、サンゴが嘘をついたかどうかが問題になっているんだろ? それなら本人に聞けばすむ話だ。なぁ、サンゴ。どうなんだ?」
都合の悪くなったタイガが、そちらへと話題をふる。
サンゴは、然してまごつくこともなく答えた。
「うん。僕は、怖い話だとか推理物とかの本をよく読んでるよ。でも、被告人って言葉は知らなかった。推理に関する本だからといって、必ず裁判の場面が登場するってわけじゃないから、知らなかったんだよ」
「本当ですか? また、忘れていただけだ、なんて言い出すのではないでしょうね?」
コーリーが揺さぶりをかける。
しかし、今回のサンゴは、これまでとは一味違った。
「そう言うんだったら、証拠はあるの? 僕が、被告人って言葉を知っていたって証拠が」
と、逆に追いこんだ。
もし、証拠を見せるとなれば、サンゴがこれまでに読んだ本の全てを今から読み返す必要がある。
さすがのコーリーも、それができるはずはなく、
「……いいえ、証拠はありません」
そう敗北の弁を口にするしかなくなった。
どうやらサンゴ、“又田病院”の一件で大きく成長したようである。
双方の話が終わったのを見計らい、ミケコが告げた。
「それでは、二回目の判決に移ります。最初の時にも言いましたが、判決は、裁判官の私と検察官のコーリー君、それとラビ先生を除いた皆さんの全員一致で決定します。被告人、青井サンゴを“お尻ペンペン百回を与えた上での死刑”とすることに賛成の方は……」
「ちょっと待って!」
大きな声が上がった。リンゴだ。
「どうしました?」
「貴方達、いったい何をやっているの?」
戸惑いたずねる彼女に、表情ひとつ変えずにミケコは答えた。
「何をやっているのか、と聞かれれば、それはサンゴ君の裁判です。現在、彼は二つの罪に問われています。ひとつは、“リンゴさんが遊びに誘おうとしたにも拘らず、これを無視した”こと。そして、もうひとつは、“リンゴさんに会ったことはないと、嘘をついた”こと」
「だから、それは“誤解”だったって説明したはずでしょう? もういいのよ、裁判なんてしなくても」
リンゴが終了を促す。
しかし、ミケコは首を横にふった。
「いいえ。たとえリンゴさんがサンゴ君を許したとしても、途中で裁判を終えることはできません」
「どうして?」
「それは、この裁判の原告が、貴女ではなくコーリー君だからです。そのため、裁判の終了は、サンゴ君の有罪無罪が確定した時か、もしくは、コーリー君が訴えを引き下げた場合にしかありえないのです。ちなみに、ないとは思いますが、一応聞いておきましょう。コーリー君、訴えを引き下げる気はありますか?」
「いいえ」
コーリーは即答した。
「そ、そんな……」
リンゴが言葉を失う。そんな彼女の前で、判決の挙手は粛々(しゅくしゅく)と進んで行くのだった。
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次回更新は、9月1日(金)を予定しています。