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かくれんぼ  作者: 直井 倖之進
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第二章 『深夜の廃病院でかくれんぼ』⑥

 三〇五号室のある三階へとサンゴはやってきた。階段の途中で二階の廊下の様子はちらりと(のぞ)いたのだが、男の姿を確認することはできなかった。いくら暗闇に目が慣れ始めたとはいえ、そうそう遠くが見えるわけではないのである。

 何はともあれ、無事に三階までこられたことは幸いだ。サンゴは、(しの)(あし)で三〇五号室へと急いだ。

 程なく、三〇五号室は見つかった。ドアの小さなプレートにそう書いてあるため間違いないだろう。

 小さく二度ノックをしてから、サンゴは言った。

「成木さん、いる? 僕だよ。青井サンゴだよ」

 すると、

「え? 本当にサンゴ君なの?」

 驚いているような喜んでいるような、そんな少女の声がドアの先から聞こえてきた。

 「やっぱり、彼女は僕のことを知っているんだ」戸惑いを胸に秘めつつ、サンゴは答えた。

「う、うん。僕だよ」

「分かった。今開けるから、ちょっと待ってて」

 数秒後、小さな音を立ててドアは開いた。

 そこにいたのは、大きな瞳が印象的な“逆さ少女”だった。神社でかくれんぼをし、拝殿の床下にかくれるサンゴを見つけた、あの逆様の少女である。

「き、君は……」

 少女を指さし、サンゴがその事を告げようとする。

 だが、それよりも早く、彼女は、

「話はあと。中に入って」

 と、出された彼の手を引き、室内に呼びこんだ。

 サンゴが部屋に入ると、少女はドアに鍵をかけた。

 それから、長い髪を揺らしてふり返り、

「……()いたかった」

 そう言っていきなりサンゴに()きついた。

「ちょ、ちょっと、……えっ、な、何?」

 おおいに慌てるサンゴ。生まれて()(かた)、人と会っただけでここまでうれしがられた経験などなかったのである。

 背中に回された少女の腕をようようのことで離すと、サンゴはたずねた。

「君が、成木リンゴさん、だよね?」

「もちろん」

 リンゴは大きくうなずいた。

「あの、すごく聞きづらいんだけど、僕と成木さんは、神社でかくれんぼをした時に初めて会ったんだよね。ほら、床下にかくれた僕を君が見つけた時。それなのに、どうして僕の名前を?」

「え、もしかして、覚えていないの?」

 先ほどまでの笑みとは打って変わって、リンゴは悲しそうな顔になった。

 サンゴは、何だか申し訳ない気持ちになった。

 しかし、「嘘をついて喜ばせるよりも、今は真実を知りたい」そう思い、彼は正直に伝えた。

「どこかで会った気がしないでもないんだけど、成木リンゴって名前に心当たりはないし、僕、よく覚えていないんだ」

 すると、リンゴはふっと顔をふせた。

「そうなの。六月三十日のこと、あの神社でのこと、覚えてないんだ」

 「六月三十日」与えられた小さなヒントを手がかりに、サンゴはその日の出来事を思い返した。

「六月三十日といえば、引っ越しをした日だ。あの日、僕は、近所を見て回ろうと外に出かけて、適当に歩くうちに神社の境内に入った。そしたら、お賽銭を入れる箱の近くに女の子が座っていて……、あ!」

 言葉の途中で、大きく目を見開く。

 リンゴは、

「思い出してくれたのね。あの時、サンゴ君に名前をたずねたのが私よ」

 と、自分の顔を指さした。

「そうか。床下で逆様になった君を見て、どこかで会ったことがある、と思ったのは、そのせいだったんだ。でも、僕は成木さんの名前を知らなかったよ」

「それは仕方ないわよ。サンゴ君ってば、私が名前を伝えようとしたら無視して逃げちゃったんだから。私、かくれんぼに誘おうって思ってたのに……」

 すねたようにリンゴがそっぽを向く。

 そんな彼女の横顔をみつめながらサンゴは、「あれは、無視したんじゃなくて照れていたんだ」と言いたかったのだがそれはできず、ただ、

「ごめんなさい」

 と謝った。

「いいの。だって、こうやって、私のことをさがしにきてくれたんだから」

 リンゴが小さく首をふる。彼女は続けた。

「でも、せっかくこうしてまた出会えたんだし、私のお願い、ひとつだけ聞いて」

「お願い? どんな?」

「私のこと、成木さんじゃなくてリンゴって呼んで欲しいの」

「うん、別に構わないけど。それだけ?」

「うん。それだけ」

 リンゴは、はにかむように小さく笑った。

 この時、サンゴは考えた。「僕は、いったい誰によって、摩訶不思議なこの世界に連れてこられたのだろうか」と。

 それは、リンゴなのか。リンゴが、過去に自分と出会っていたことを伝えるために呼んだのか。もしそうならば、あの時、拝殿の床下でそのことを教えてくれたらすんだはずだ。わざわざ危険のあるこんな場所で再会する必要はない。

 しかし、教室での裁判で、成木リンゴの名前は出ていた。少なくとも、何らかの形で彼女が関わっていることは間違いないだろう。いや、それ以前に、彼女は、何の疑問も持たずにこの世界にいる。それが、そもそもおかしいのだ。

「あの、リンゴ」

「ん?」

 思い切って声をかけるサンゴを、リンゴは見つめた。それは、けがれなく()んだ女神か天使のようなまなざし。

 その瞳に心揺さぶられたサンゴは、結局、

「……いや、あの、何でもないよ」

 とその場をごまかした。

 「君が、この世界に僕を呼んだのか?」そう問えば、彼女の瞳に(かげ)りが表れるような気がして、全てが終わりを迎えてしまうような気がして、聞けなかったのである。

 今、サンゴの胸中には、リンゴへの(あわ)(こい)(ごころ)が生まれていた。

 ご訪問、ありがとうございました。

 次回更新は、8月26日(土)を予定しています。

 なお、次話は少し長くなりますので、お時間に余裕がある時にどうぞ。原稿用紙17枚ほどです。

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