第二章 『深夜の廃病院でかくれんぼ』③
想像していたよりもずっと長い文章を読み終え、サンゴが顔を上げた。
「どうだ? ドクター・マーダーのこと、分かったか?」
タケルが問いかける。
「うん。少し文章は難しかったけど、漢字に読み仮名が書いてあったから、何とか」
そうサンゴが答えると、感心した様子でミコトが言った。
「すごいのね、サンゴ君って。私なんか、ヤマト君に詳しく説明してもらって、やっと理解できたっていうのに」
「いや、あの、僕、怖い話とか推理物とか好きで、よく読んでるんだ。だから、そういった内容を理解するのは、他の人より得意なのかも……」
めったに人から褒められることがないサンゴは、謙そんしながら頭をかいた。
そこに、ヤマトが再び促す。
「もう分かっていると思うけど、三十年前の惨劇の現場、それが、この“又田病院”だ。そして、ドクター・マーダーは、今、病院内にいる。だから、君は早く逃げたほうがいい」
「それって、戻ってきたってこと? でも、だったら皆はどうして逃げないの? 逃げるのなら、一緒に……」
「いや、俺達は逃げられないんだ」
サンゴの言葉の途中で首をふって見せたのは、タケルだった。
「どうして?」
「それが、実は……」
彼は一度病院のほうへと視線をやり、それから続けた。
「実は、俺達、この“又田病院”に肝試しにきていたんだ。四人で」
「四人? じゃあ、あとひとりは?」
「まだ院内に取り残されていると思う。俺達四人、二階の手術室に向かうところまでは一緒だったんだが、そこでドクター・マーダーに遭遇してしまって慌てて逃げたんだ。その時にはぐれた」
「ということは、皆は、その残されたひとりが帰ってくるのをここで待っているってこと?」
サンゴがたずねると、三人は同時にうなずいた。
それから、その中のミコトが心配そうにつぶやく。
「大丈夫かしら、リンゴちゃん」
「え! リンゴって、ひょっとして、成木リンゴ?」
頭に雷が落ちたかのような衝撃を受け、いつにない早口でサンゴは聞いた。
「えぇ、そうよ……って、サンゴ君、リンゴちゃんのこと知ってるの?」
質問者のサンゴ同様、ミコトも驚いた顔で目を丸くした。
「うん。知ってるっていうか、知らされたっていうか……。会ったことはないんだけど」
そう答えながらサンゴは、頭の中であるひとつの仮説を立てた。「もしかすると、これがレオ君の言っていた勇気を示す試練なのかも知れない」と。
ならば、自分のやるべきことはもう決まっている。“又田病院”に入り、成木リンゴをさがし出すのだ。
もちろん、それは、レオの課した試練に合格するため、という意味もある。しかし、サンゴは、それ以上に、「成木リンゴに会いたい。いや、会わないといけない」と考えていた。
何故なら、彼女こそが、自分を摩訶不思議なこの世界へと導いた原因なのだから。
今も静かにこちらを見ている三人。その前で、ゆっくりと深く呼吸をしてからサンゴは告げた。
「僕、成木リンゴをさがしに行ってくるよ」
「正気か? 中にはドクター・マーダーがいるんだぞ」
慌てた様子でタケルがとめる。
だが、それでもサンゴは、
「心配してくれてありがとう。でも……」
と、正面玄関に向かって一歩を踏み出した。
そんな彼に、何かを差し出してヤマトが言った。
「分かったよ、サンゴ君。君には、どうしても行かないといけない理由があるんだね。それなら、これ以上僕達はとめない。ただ、これを持って行くといい」
それは、懐中電灯。乾電池で明かりが点くタイプの棒状の懐中電灯だった。
「ありがとう」
礼とともにサンゴが受け取る。
小さく首をふってヤマトは言葉を足した。
「いいんだ。それに、こんな場所では、草薙の剣よりもそれが役に立つだろう」
「え? 草薙の剣?」
サンゴが聞き返す。
「あ、いや、何でもないよ」
ヤマトは小さく笑って見せた。
「気をつけてね、サンゴ君」
不安そうにミコトがサンゴを送り出す。
そんな彼女にサンゴは、
「うん、大丈夫。行ってくるよ」
と、生まれて初めての強がりを口にし、正面玄関のガラス扉から病院内へと入って行った。
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