005話 黒と銀と対極
零畏達が案内されたのは宝物庫の一部、武具防具が置かれている装備宝庫。その中央にある、純白の西洋剣が刺さった台座の前に並んでいた。
この剣は聖剣。勇者のみが引き抜くことを許された聖なる光を宿した剣。
アルフレードがこの場所に来た時、全員に向かって言ったのだ。この剣は、聖剣だと。勇者にしか抜けないのだと。
そうするとどうなるか。この中の勇者こと天樹が興奮気味に聖剣に近付き、男子は嫉妬と羨望の視線を、女子は熱い視線を向けている。
零畏は相変わらず誰の意識にも入らない微妙な境界線でシャタアルをナデナデしていた。そろそろ分かって来ると思うが、実は零畏、かなり動物好きだったりする。
それに加え、本人も動物に好かれる体質だったため日本では道を歩いていれば勝手に猫や犬が付いてくるような事だってあった。凄い時には狐や燕、山へ行った(放り込まれた)時など熊などが近付いて来る時も有った程だ。
零畏本人もそこまで気にしておらず、動物達も暫くすればどこかに行くので問題になったりもしなかった。
そんな感じでシャタアルをナデナデしながら勇者達をボーっと眺めていると、勇者が聖剣の柄を握った。
その瞬間、聖剣が強烈な光を放った。あまりの光量にその場に居た全員は強く目を瞑り、零畏は更に腕で目を庇うという、傍から見れば少々過激とも言える反応をした。
光が収まり、恐る恐る目を開けると、そこには純白の剣を帯剣し同じく純白の鎧に全身を包んだ天樹が立っていた。
「「「「お、おおおぉぉおぉ~!!」」」」
「キャーー!! 神楽坂君、カッコ良い!!」
「神楽坂君!! こっち見て~!!」
「さっすが天樹だぜ! 無茶苦茶にあってんじゃねえか!」
「うん。悔しいけど似合ってる事は認める」
男子の羨望と嫉妬と若干の憧憬が入り混じった歓声と女子の黄色い歓声、そして純粋に天樹を褒める声。天樹本人は何処か呆然としていて、現在の状況に思考が追い付いていないのだろう。
「......これが、聖剣......これが、俺の力......」
思考が追い付いた天樹が口元に笑みを浮かべながら確かめるように呟く。
その様子を満足気に眺めていたアルフレードは、一つ頷くと零畏を除く全員が待ちに待った言葉を発した。
「よし、お前ら! この中から自分に合いそうな装備を探してこい!」
「「「「おっしゃあぁああぁあ!!」」」」
「俺だって天樹に負けないぐらいの装備を見つけてやる!!」
「それを言ったらおれだって!!」
「なら誰の装備が一番いいか競争だ!!」
「「「「乗ったぁ!!」」」」
「わたし達も行こう!」
「分かったわ。じゃないと男子達に取られそうだものね」
「それじゃあ、私達だって!」
アルフレードの言葉を受け、それぞれが興奮に飲まれながら蜘蛛の子を散らす様に装備宝庫の中に行き、あっという間に見えなくなった。
残されたのはアルフレードと天樹、そして決して誰の意識に入る事は無く、かといって輪から外れない様な神業的な位置取りをしていた零畏だけだった。
零畏は一つ息を吐くと、シャタアルを伴って装備宝庫の奥の方へと向かって行った。クラスメイトが行っていない奥の方へ。
その様子を横目で見ていたアルフレードは、零畏の背中に期待する様な、感心する様なものを感じていた。
―――――――
装備宝庫に置かれた装備を物色しながら奥へ奥へと進む零畏。その歩みに迷いは無く、雰囲気は大商人が放つ独特の鋭さを持った雰囲気だった。
見る者が見れば、零畏が相当な目利きだという事も、偽物を渡して騙せるような小物でもない事を見抜けるだろう。
実際、零畏はこの手の才能は有った。それこそずば抜けていると言ってもいい程。
例えば、そこら辺にあるオンボロの骨董品店にある山の様なガラクタから一つの当たりを探し出せる程には。
日本に居た頃、何回かこれをしてお金を稼いだ事があった。が、それで危うくあっち系の方々に目を付けられそうになった為止めたが。
そんな零畏が文字通り宝山と言っていい程の装備宝庫の中を歩き回ればどうなるか。
零畏の目の前には、黒いポーチが置かれていた。何かの魔物の皮を使っているであろうそれはそこまで大きい物ではなく、腰に着けても全く邪魔にならない程の大きさでしかない。
零畏はそれを取ると身に着けた。見た目だけでは殆ど何も入らない様に見えるがその実、『魔法袋』であった。それも唯の『魔法袋』では無い。
そもそも、『魔法袋』というのは錬金術師や錬金術士達が普通のポーチに魔力を込めて、外見以上の要領を持ち、尚且つ重くならないという物である。
そして、この国の装備宝庫に保管されている物が唯の『魔法袋』であるはずがない。
零畏が手に取った物は、遥か昔、ある者が創ったと言われる世界に一つしか存在しない物。
その要領は無限とまで言われ、その中は『時止め』になっていると言われている。
零畏は『魔法袋』を装備すると、周りを見回して更に奥へと歩いて行く。
途中途中で一瞬立ち止まるが、何かを取ることは無く、ついには装備宝庫の端まで来た。
今、零畏の目の前には二つの台座があった。白い台座の上に置かれた赤いクッション。そのさらに上に置かれた物。
右側には白と黒の対極のネックレスが。左側には銀色のブレスレットが。
それぞれがまるで触る事も憚られる様な雰囲気を放ちながら置かれている。
零畏がそれぞれに手を伸ばし、両方に触れた瞬間、強烈な光を放った。零畏は咄嗟に腕で目を庇い強く目を閉じる。
光が収まり目を開けると、台座の上には何もなかった。代わりに、零畏の左腕に銀色のブレスレットがあり、首元には小さな円環の連なった灰色のチェーンに、対極の付いたネックレスを着けていた。
(......僕のネックレスと同化したのかな? ......それは良いんだけど、光を放つのを止めてくれないかな......)
若干ズレた事を考えている零畏だが、これは一種の現実逃避だ。何故ならこのブレスレットとネックレスを装備した時、朧気ながら使い方が頭に入って来たのだ。
何処か別の場所に飛んでいた意識をシャタアルに戻され、零畏は更に別の装備を探し始めた。
(別に、取っていい装備が一つだけだなんて、誰も言っていないしね。僕は少し性格が悪いんだよね。虐められても流せるのはこの性格のおかげだとも思うけど)
そう考えながら零畏はシャタアルが皆の下に戻ろうと促すまで装備宝庫を彷徨ったのだった。