002話 転移先
急に衝撃が無くなり、辺りが静かになった事に疑問を抱いたリアは、強く閉じていた目をゆっくりと開ける。
最初に目に入ってきた光景に、思わず息を呑んだ。
目の前にいる、額から汗を流し荒い息を吐く白を基調とした神官服を着た人達と、その先頭にいるピンクを基調としたドレスを着た黄髪の少女。そしてその傍に鎧を纏ったガタイの良い深緑色の髪の男性。更にその傍には黒い毛の狼もいる。
ハッとして周りを見れば、あの時バスに乗っていた生徒達が座り込んでリアと同じように周りを見回したり、ただ呆然としている人もいる。中には、俯き加減でニヤニヤとしている男子もいる。
後ろを見れば双子の姉であるリナと篠が居た。二人共リアと同じように周囲を確かめているようで、視線はこの部屋全体を確かめるように動いていて、警戒もしているようだ。
リアは二人に近付き声を掛けた。
「ねえ、ここ、どこかな?」
「分からない」
「多分だけど、異世界ってやつじゃない?」
実はリナの推測は大正解である。別の言い方をすればそれ以外にあり得ないともいえる。何故なら、その足元、地面には幾何学的な模様もとい魔法陣が掛かれているのだ。また、天井には神と獣達だろうか、が美しく描かれており、壁画であるにも関わらず神秘性を感じさせる。
「ていうかさ、リナ。零畏と話す時も普通に喋ったらいいのに」
「え? いや、だって、失礼とか思われたら嫌だし、嫌われたくないし......」
段々と尻すぼみになって行き、最終的にはゴニョゴニョと何を言っているのか聞き取れなくなってしまった。
「あれ? そう言えば零畏は?」
「私は、見てない」
「私も」
そう言って辺りをキョロキョロと見回す三人。だが、見える範囲に零畏がいない事に焦りを覚え始めると、黄髪の少女が口を開いた。
「ようこそお越し下さいました。勇者様」
全員が理解できない、意味が分からない、何を言っているんだと騒ぎ立て混乱し始めると、その中から一人の男子生徒が立ち上がり黄髪の少女の前まで来た。
「皆! 落ち着いてくれ!」
黄髪の少女の前まで来ると一度混乱する生徒達へと振り返り、落ち着くように促した。そして皆が落ち着いたのを確認すると、再び黄髪の少女に向き直った。
「それで、勇者ってどういうことですか?」
そう聞いた男子生徒の名は神楽坂天樹。頭脳明晰、運動神経抜群に加えイケメンという何処までも神に愛されて生まれた様な人である。
焦茶色のサラサラとした髪に優し気な目。百八十センチに届きそうな高身長で、細身だが引き締まった身体をしている。
「勇者とは、私達が行った“勇者召喚”に応じた者のことです」
「......という事は、本当に異世界」
「あ、自己紹介がまだでしたね。私はアドヴェント王国の第一王女、エレナ・アドヴェントと申します」
「あ、俺の名前は神楽坂......えっと、アマキ・カグラザカです」
自己紹介をすると同時に全く下心のない笑みをエレナに向ける天樹。当然だが、エレナは王族だ。幼い頃から貴族を相手にすることもよくあった。その為、相手の表情の裏に隠れた感情などを見抜く目をしっかりと持っている。
そして、まったく下心がないイケメンの笑みなど初めてに等しいエレナの頬は、恥ずかしさからだろうか、一瞬だけ朱色に染まるが、そこは王族。直ぐに気付かれないように誤魔化した。
「申し訳ありませんが、詳しい話をする為にお父様......この国の国王様に会って頂けませんか?」
「ええ。勿論いいですよ......皆もいいかい?」
事後承諾ではあるが、そのカリスマ性と人気を遺憾なく発揮し全員が了承した。
「それでは、私について来て下さい」
そして全員が立ち上がり動き始めるが、リア達三人の動きは何処かぎこちない。そして背後や周囲をちらちらと見回している行動に、疑問に思ったのか深緑色の髪の男が話しかけようとした。
その瞬間、その男の足元に居た黒狼が、部屋の奥の方に駆けながら一瞬毛を逆立てると、一メートル程の大きさになった。
黒狼はそのまま奥の方から何かを銜えて引きずってきた。
「「「零畏(十六夜さん)!」」」
その何かを見た時、三人が同時に声を上げた。
引き摺られてきた零畏は意識が無いのか動く気配が微塵もない。その様子を見て駆けだそうとした三人だが、それより先に黒狼が動いた。
黒狼は俯せになっている零畏の体を仰向けにすると、徐に右前足を振り上げると、零畏の胸に向かって振り下ろした。
「おい! シャタアル! 何をしている!」
ドンッ! とくぐもった音を鳴らすが、それだけ衝撃が強いことを示す。並の人間では今ので死にかねない様な重い音が鳴り、慌てた様子で深緑髪の男が動こうとするがそれより先に零畏に動きがあった。
「ぅ......ゴホッ! ゴホッ!」
荒く咳をしながら、体を四つん這い状態にして起こす零畏。吐く息も荒く、辛そうである。
「こほっこほっ......君が......助けてくれたの?」
「ガルルルルゥゥ」
咳が止まり、息は絶え絶えの状態であるが左手を黒狼、シャタアル鼻辺りに置きながら話しかける。すると、肯定するかの様な唸り声を上げた。
「あり......がとう......心臓が......止まっちゃって」
途切れ途切れで紡がれる小さな言葉だが、その声はクラスメイトや深緑髪の男は聞こえた様で、全員が驚愕している。
零畏はシャタアルの背中に手を着きながら立ち上がろうとするが、その途中で倒れ込んでしまう。シャタアルが咄嗟に体を零畏の下に入れ、背中に乗せた。
どうやら零畏は再び気を失ったようだが、心臓が止まるなどというアクシデントは起こっていなかった。
その後、シャタアルが零畏を運ぶことになり、その近くをリア達が歩きながら国王の下へ向かって行った。