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001話 異世界召喚

 うららかな五月の初めの日、もう冬の名残も消え、桜も殆ど散り緑葉に変わっていく時期、日本の某県の山路を一台の貸切りバスが走っていた。


 そのバスの中には星臨せいりん高校という私立高校の一年生が乗っていた。


 高校生なら誰でも楽しみな行事。人によっては、この行事と文化祭の為だけに高校に入る人もいるのではないだろうか? はたまた高校で文化祭と共に行きたくないと思う人もいるだろうか? そう。このバスには修学旅行生が乗っている。


 星臨高校は他の高校とは違い、毎年二回、初めと終わりに修学旅行があるのだ。少数の人によっては地獄、大多数の人にとっては天国と言ってもいいこの学校は、現在進行形で修学旅行中なのだ。というか、地獄ならば何故この学校に入学した? と問われそうであるが、その理由はこの高校の偏差値が高いからだ。


 様々な専門的授業とその応用に加え、部活なども充実している事や、充実した施設もある上に偏差値も高いとあれば、嫌いな行事が多くとも、入学する者は多いはずだ。むしろ、背に腹は代えられないというような心境で入学した者も少なからず......いる。


 そんな星臨高校の修学旅行生を乗せるバスの中は興奮から来る会話で騒然としており、楽しみという感情がヒシヒシと伝わってきて、一緒にいれば思わず笑顔になりそうな雰囲気である。


 事実、制服姿の生徒達は皆、笑顔で前席や後席、隣に座っている友達と楽し気に会話をしている。会話の内容は、大半が旅行先で何をするか、何を買うかの話であり、修学旅行先での事を想像しながら話している。


 因みに、何故全員が制服なのかというと、学校からの指定である。年に二回修学旅行を行う代わりに旅行先では制服でいるようにと指定されているのだ。勿論もちろん、宿泊場所以外の場所では制服着用という決まりには全員が猛反発したが、その内仕方ないと渋々納得して引き下がった。


 そんな中、一人だけ異様に静かな男子生徒がいた。


 バスの車内では前半分に男子、後ろ半分に女子が座っているのだが、その男子生徒だけは一番後ろの五人が座れる席の右窓側に座っていた。当然その左隣には女子生徒がいて、近くの席にいるのも全員が女子生徒である。


 その男子生徒の名は十六夜いざよい零畏レイ。前髪が鼻元まであり完全に隠れている目に、更に黒縁の(伊達)眼鏡をかけている。また、後ろ髪もそれ相応に長く、根暗と言われるような容姿をしている。そしてその首元には、周りからは見ることが出来ない様に隠されている、小さな円環が連なった金のネックレスをしている。


 そして、傍から見れば羨ましいと言われるような席に座っているにも関わらず、本人は誰かと会話することなどなく、唯々足元に置いてあるリュックから取り出した本を読んでいるだけ。


(......はぁ......あの先生、絶対わざとだよね。僕がこんな席に座ってたら、確実に後で呼び出されるんだろうなぁ......はぁ......)


 零畏は『化学・科学・物理・数学・生物学・その他の専門書』と書かれた何とも捻りのないタイトルの本を読みながら、内心で目的地に着いて休憩時間になった時どうなるかを考え、憂鬱ゆううつになり、現実逃避気味に面白くもなんともない本を読み進める。


 ふと、チラッと右側に視線を向け、外の景色を見ると、ガードレールの向こう側に目測で二十メートル以上の深さがある谷が見えた。


(......落ちたら、絶対死ぬんだろうなぁ。生きてても、助けが来るまで精神が持つとは思えないし......)


 現実逃避は未だ続行しているようで、かなり物騒な事を考える零畏。いやはや、恐ろしい。


 そして、本に視線を戻し再び読み進めようとしたところで丁度終わってしまい、仕方なく本を閉じてリュックの中に戻し、新しく別の本を取り出した。


 その時チラッと見えたリュックの中には、先に零畏が読んでいた『化学・科学・物理・数学・生物学・その他の専門書』の他にも、英語や歴史、世界史や動植物の専門書と国語や日本の古語の専門書の他に、申し訳程度にラノベ小説やファンタジー小説が数冊入っていた。リュックには専門書と小説以外入っていないという、年頃の高校生らしからぬ持ち物だった。


「あ! 零畏! さっきから僕の事無視してさ! ちょっとくらい話してくれてもいいじゃん!」


 零畏レイが本を読み終わったタイミングで話しかけてきたのは零畏の左隣に座る女子生徒だ。


 その少女の名はリア・たちばな・アズリア。名前からも分かるが日本とヨーロッパのハーフだ。短い銀髪に綺麗な碧眼へきがん、きめ細かい綺麗な白い肌に快活な印象を与える笑み。まだ一年生ではあるが、早くも高校内での人気はかなり高い。だが、幼いころはその口調やスポーツが好きだという事も加えて男の子に間違えられることがよくあり、現在もその容姿と相まって男の子の様だと言われたりする......胸に関しては......言わぬが花というやつだ。


 零畏はこのバスに乗ってからずっと本を読んでおり、完全に自分の世界に閉じこもって現実逃避を行っていたため今の今までリアが話しかけていた事に気付いていなかった。というより、気付いていて気付いていない振りをしていたのだ。


「あ、あはは......」

「ちょっとリア? あまり十六夜さんに迷惑を掛けてはいけませんよ?」


 零畏が苦笑いとも愛想笑いとも取れるような笑みを浮かべて誤魔化そうとすると、リアの左隣に座っている女子生徒が注意した。


 その少女はリナ・あらき・アズリアと言い、リアの双子の姉だ。リアとは違って長く軽くウェーブの掛かった金髪に、リアと同じ綺麗な碧眼、顔の作りなどはリアとリナは似通っているが、雰囲気やら性格やら何やらが殆ど正反対なのだ。だが、胸はリアよりはある。といっても、どうしても自分で見ると思わず溜息が出るほどの大きさではあるが。


 二人共人気が高く、既にファンクラブまで存在している。ハーフという事や、ヨーロッパから来た事が影響していると思われる。後は容姿だろうか?


「ところで、零畏はさっきから、何を読んでたの?」


 リアとリナが話していると、丁度零畏の正面の席に座っていた女子生徒が後ろに振り向きながら先程まで零畏が読んでいた本について聞いてきた。


「何でもない、ただの本だよ」


 誤魔化す様に、苦笑いの様な、愛想笑いの様な笑みを口元に浮かべながら答える零畏。


 零畏の目の前にいる少女は名を稲葉いなばしの。背中まである長く綺麗な艶のある黒髪をストレートにしている。また、その身体は剣術を習っている為に引き締まっており、少女モデルにも勝るとも劣らないプロポーションだ。


 篠は零畏の返答が不満なのか不機嫌そうに前を向く。刹那。


 ――キイイイィィィィイイイ!!


 まるで金属同士を無理やりこすりつけた様な甲高い音と共に一気に車内に衝撃が来た。そしてガンッ!! という音を立ててガードレールをぶち抜き谷に向かって落ち始めた。


 車内は正に阿鼻叫喚あびきょうかん。突然の事にパニックを起こした生徒たちはしかし、衝撃の所為で動くことはできず悲鳴を上げるばかり。


 そして一際強い衝撃が車内を襲い、全員が強く目を閉じた。


 絶叫の様な悲鳴を聞きながら、薄っすらと目を開けた零畏は見えた。


 バス車内の床に描かれた幾何学的な模様が、強烈な光を放っているのが。


 次の瞬間、バスの車内から聞こえていた悲鳴は途切れ、辺りにはバスが落ちていく音だけが響き渡った。



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