015話 転生
草の上に俯せに倒れている事が分かった。
眼を開けずに鼻をひくつかせれば、土と草、更に木々の匂いがした。それに混じって遠くに人の匂いがする。数は二人。此方に向かって歩いて来ている。
その二人が近付くまでに、脳内で智慧乃書を展開する。パンドラの函を開錠した時に魂に入り込んだコレは時を遡る程度では無くならなかった。
ステータスを表示し、確認する。
『ステータス(表示モデル・プロトタイプ)
アマル・アストラル 2824歳 龍 レベル:???
職業:始祖
筋力:24
体力:32
耐久:30
敏捷:31
魔力:33
魔耐:30
能力:全耐性・言解・仮面・修復・破壊・天才・鬼才・駿才・魔力支配・身体強化・威圧
・完全適正・戦闘術・思考加速・並列思考・神出鬼没・直感・解脱・限界突破・天元突破
派生・発展能力:天賦の才・麒麟児・神童・限界超越・天元凌駕・第六感・千里眼・地獄耳
・不動・反射行動
隠しステータス
回復速度:624(SSS+)
器用:775(OVER)
運:124(B-)
カッコ内はオルターによる表示目安です』
明らかに弱くなっている事に落胆しつつ、仮面がある事に安堵する。これを使い、心拍を薄くし、呼吸を弱くする。この能力は演技に特化したモノだ。
『仮面の内訳。
演技・観察・感情制御・感情看破・心眼・欺瞞』
心拍を薄くする等最早演技の域を超えている気がしなくもないが、アマルに対して突っ込みを入れる方が野暮なのだ。
「おい! 誰か倒れてるぞ!」
そんな時、若い男の声が頭の上の方から聞こえた。
「何だと? ......子供か」
ガサガサと草を掻き分ける音共に、若干しゃがれたおじさんの様な声が聞こえた。
二つの足音がアマルに近付き、若い男の方が上体を起こし口元に手の甲を持っていく。
「息はあるが、相当弱ってる......」
「こんな子供をこの森に棄てるのか」
「どうする? 連れてくか」
「だが、村は貧乏なんだぞ? 真面な食いでも与えられない」
「村の奴等で面倒見ればいい」
中年の男と若い男が目を合わせる。若い男の目には不退転の意思が灯っていた。若い故の過ちであり、我が儘であり、傲慢さでもある。それを見た中年の男は、短く、されど深い溜息を吐いた。
「......もう隙にすればいいさ。後悔しても知らんぞ」
「しないさ。そんな事」
若い男がアマルを抱え中年の男を置いて森の出口へと足を向ける。
「俺は兎の一羽でも獲って帰る」
「もしもの時は探しに来ないからよ」
「当然だろ。この森には魔物も出るんだ。下手に入れば余計に死ぬぞ」
そう言って中年の男も若い男に背を向けて歩き出した。その腰には安物のナイフと短弓、そして矢が数本あるだけの、なんとも頼りない姿だった。
だが、それは若い男の方も同じであり、魔物も出る森には少々心許ない装備だが、これでも十分獲物を獲れる。
若い男はアマルを抱えたまま村の方へと歩き出した。
――――――――――
「不用心にも、程があるだろう......」
陽が完全落ち、辺りの住民が寝静まった頃、連れて来られた部屋の中でアマルは一人ごちた。
まるでなっていない村の住人に、心底腹が立つ。下手をすればその場で殺しかねない程の激情を感情制御で押さえつけ、明鏡止水の如く心を落ち着かせた。そして自然と口から出た言葉が心底呆れ返った声音とあの言葉なのだ。
この村、中年の男が言っていた通りかなり貧しいのだ。家一軒一軒は木の板を組み合わせただけの様な簡素な造り、連れて来られた時に見た畑では木製の鍬を振るう男達。匂いからして麦だろう。女は家での家事や川での洗濯、水汲み等をしているだろう。
子供は居るが、精々二歳程、即ち今のアマルと同程度なので預けられている様だ。それでも外で走り回ったりしていたが。正直、何故あの狩人達がナイフや短弓を持っていたのか不思議なくらいだ。
恐らく獲物の皮等を行商人辺りにでも売って買ったのだろう。それをするくらいならもっと真面な農具を揃えろと言いたい。
が。いくら内心で愚痴ろうとも現状が変わる筈も無く、小さな小屋の様な家で一人、木の壁に背を預け溜息を吐く。
「別に食わなくてもいいから味は気にしないが、これだけ貧しくて俺を養おうとか、馬鹿や阿保を通り越して愚かだぞ。いっそ滑稽とでも言ってやろうか」
誰に聞かせるでも無く小さく呟いたアマルは意識を切り替える。何時までもこうしていると、やる事も出来ずに延々とこき下ろして罵詈雑言を並べ立てていそうだったからだ。
「......魔力が少ないな。修復も破壊も、それぞれ二回ずつが限界か......」
アマルはそう呟きながら自身の能力である破壊を発動させる。その瞬間、蛍の光並みに弱いが、冷たさを感じさせる銀の光がアマルの体を覆った。
刹那の間に修復を掛ける。
そのサイクルをもう一度行うと、銀の光は消え去り、アマルの溜息だけが聞こえた。
「......取り敢えず、魔力を増やすか」
そう言って目を閉じたアマルは魔力支配に含まれる瞑想を行いながら、自身の身体に修復と破壊を朝を待った。
――――――――――
「起きてるか? 入るぞ」
家の扉をノックしながら入って来た若い男は、昨日アマルを拾った男だった。手には木製の器を持ち、その中にはお世辞にも美味しそうとは言えないスープが入っている。
男は部屋の隅で警戒する様な仕草で蹲っているアマルの傍に近付き手を伸ばした。
肩口まである銀の髪に触れようとした瞬間、埋めていた顔を上げ、その吊り上がった金銀妖瞳で睨まれ、ゆっくりと手を離す。
「まあ、取り敢えずこれでも飲んでくれ」
そう言って男はアマルの手の届く距離に木製の器を置き、男はアマルに手を出せない位置で座り込んだ。
飲まなければ逆に不自然なので、男を警戒する様な仕草をしながらゆっくりと器を取り、口にする。味は殆ど無いに等しく、具も小さな野菜だけで塩がほんの少し入っているのが分かったが、本当に少しだけだ。大抵の人は気付かないだろう。
「俺の名前はアルトだ。よろしくな」
チビチビと味の無いスープを口にしていると、男が勝手に話し始めた。聞いてもいない事をベラベラと喋っていて、正直鬱陶しかったが、何も言わなかった。
男の話によれば中年の男と目の前の男の二人が猟師をしており、今はそれで飢えを凌いでいるそうだ。
昨年飢饉に遭ったので、それを凌ぐ為に鉄製の風呂鍬は行商人に売ってしまったらしい。それと引き換えに野菜を買い、それとアルト達による狩猟で何とか飢えを凌いでいるそうだ。
貧乏村かと思ったが、そうではなかったようだ。鉄製の風呂鍬を売るとか正気の沙汰とは思えないがそれだけ必死だったのだろう。革製の靴を履いているので、それを売れば農作業の効率も落ちない事は、言ってはいけないのだろうか。
他には、昨年飢饉が来た所為で貧乏に見えているが、本来は裕福な村らしい。家の造りからとてもそうは思えないが、アルトと中年の男が武器を持っているので信憑性は高そうだ。
その後は自警団が居るとか、今年は豊作になりそうだとか、自慢話をし始めたので顔を埋めて聞き流していたのだが、そろそろ十分経つと言うのに未だ喋り続けている。正直に言うとウザい。アマルはこういう性格の者は好きじゃない。他人の事をあまり考えないからだ。
そろそろバレない様に殺ろうかと思い始めた頃、家の扉が乱暴に開かれた。そこに立っていたのはあの中年の男である。
家の中を見てアルトを見つけると、ズカズカと入って来てアルトの耳を掴んだ。赤髪赤目のアルトで顔立ちもそこそこなので、涙目になってもあまり崩れない。
「い、いてっ! いてててっ! 何するんだよっ! 放してくれよアルドさん!」
「うるさい。何時までも戻ってこないお前が悪い。邪魔したな」
喚くアルトを相手にせず、アマルに一言謝罪する様な言葉を言うとそのままアルトを引っ張って行った。耳を引っ張られていたアルトは自業自得だろう。
閉められた扉を見つつ、見た目が暫くは家に籠っていようと考え、瞑想と修復と破壊を繰り返した。
部屋の隅に丸まって淡く銀の光を纏う姿は何かの絵のように見える。この風景を描くことが出来れば、例え書き手が二流だろうと名画とうたわれるだろう......と、そう思いたい。
アマルは並列思考を使い、ストレスや激情で死なない(主に村が)だろうかと考えつつ、この後どうしていくかに思考を巡らせるのだった。
我ながらアマルのステータスは酷いと思います。はい。取り敢えず詳細載せておきます。
『言解の内訳。
言語理解・変声・魔言
魔力支配の内訳。
魔力操作・遠隔操作・魔力収斂・魔力放射・回復速度上昇・瞑想・詠唱短縮・詠唱破棄
・無詠唱・連続発動・並列発動・遅延発動・消費軽減・効率強化
身体強化の内訳。
豪腕・豪脚・天歩・金剛・重金剛・部分硬化・集中硬化・縮地・重縮地・剛力・怪力・速動・瞬動・聞耳・先読み
戦闘術の内訳。
剣術・槍術・棒術・暗器術・暗殺術・体術・格闘術・弓術・短剣術・銃術・楯術・斧術・槌術・杖術・
棍術・鎌術・投擲術
神出鬼没の内訳。
気配感知・魔力感知・特定感知・気配遮断・魔力遮断・消臭・消音・消熱・振動遮断・意思隠蔽・無風』
こんな所でしょうか。後々書き足す可能性がありますので、あまり当てにしないでください。