011話 パンドラの函
零畏の足元から、文字通り闇が噴き出し零畏を飲み込む。恐怖や絶望と言った負の感情をまき散らすそれは唐突に弾け飛んだ。闇の内側から光が出て、闇を吹き飛ばし光も消える。
だが、出て来たのは零畏ではなく人型のナニカ。全身が真っ黒の闇そのもので、胸の辺りに小さい光が灯っている。が、それも注意しないと見付けられない程小さい。
それを見ていた者は例外なく恐怖を抱いた。生物的本能から来るどうしようもない恐怖。見ているだけで体が震えるそれ。
そんな中、突如リア達の持っていた千変万化と対極の頸飾が光を放ち、光の球となって分離し零畏の下まで飛んでいった。
誰もが声を出すことも動く事も出来ない中、零畏の下まで来た光の球は零畏の体に吸い込まれていった。
その瞬間、闇が体の形をそのままに渦を巻き始め、胸の位置に吸い込まれていくように消えて行った。
そして出て来たのは、白髪にアルビノ肌を持ち、淡青色の右瞳と、瞳孔まで淡紅色の左眼のオッドアイで、若干垂れ目の整った顔立ちの青年。つまりは前髪が短くなった零畏が出て来た。
途端、先程までの恐怖感などが霧散し、変わりに零畏に見惚れる者が続出した。
阿保面を曝している皆を尻目に、零畏は脳内に展開された智慧乃書を讀む。
『能力、パンドラの函の開錠を確認。『絶望』による自我の喪失を防ぎ、『希望』と共に完全に個体名レイ・イザヨイへ力として変換。それに伴い職業:呪者が職業:狂者へ変更されました。
能力の強制発現とステータスの上昇を確認。
現ステータス
レイ・イザヨイ 16歳 男 レベル:???
職業:狂者
筋力:SS-
体力:S+
耐久:SS
俊敏:SS-
魔力:S-
魔耐:S
能力:狂乱(発動中)・全耐性・言解
派生・発展能力:限界突破(発動中)・限界超越(発動中)・天元突破(発動中)
隠しステータス
回復速度:SS+
器用:S+
運:B+
狂乱の内訳。
身体強化・身体硬化・金剛・重金剛・集中硬化・縮地・重縮地・天歩・豪脚・
豪腕・超再生・剛力・先読・速動・瞬動・剣術・体術・威圧・震脚・自我喪失・
理性変換・血海狂宴
対象バジリスクとフルーシィールの討伐とその場に居る味方の帰還を誓約とし、その条件として狂乱を使用する事で能力自我喪失、理性変換、血海狂宴の効果を制限。そしてレイ・イザヨイの存在を対価として誓約が終わるまで肉体と精神の崩壊を抑える』
讀み終わり、苦笑する。何処までも何処までも、世界は僕に残酷すぎると、そう思うと苦笑するしかなかった。
前を見ると、黒い煙が消え赤い煙だけが漂っていた。
零畏が確認すると同時に煙を割って深緑色の炎が複数飛んできて零畏に直撃した。爆炎と砂塵に包まれる零畏の体。だが、霧散していく煙の向こう側のフルーシィールは更に炎を生成していた。
フルーシィールが生成した炎を放とうとすると、ボウンッという音と共に爆炎と砂塵が吹き飛び、その中に居た筈の零畏の姿が無かった。
零畏は身体強化、縮地、重縮地、速動、瞬動を使った超高速移動で未だ毒霧を放出し続けるバジリスクへ接近し、右腕を引き絞りながらしっかりと剣で狙いを定める。
「『穿突』!」
最早剣先が視認できない程の速度で繰り出された突きは、咄嗟に動いたバジリスクの尻尾に突き刺さり、貫通した。
「シャアァァアアァァア!!」
痛みに叫声を上げながら毒霧を放出する勢いを強くし、更に零畏に向かって液体を吐き出した。
剣を抜きながら身を離すと、標的を失った液体は地面に広がった。瞬間、ジュッという音と共に煙を吹き出し床が溶けた。
岩盤を溶かす程の強力な酸を吐き出した事に驚く間も無く、フルーシィールから炎が放たれた。
「『逆転』!」
飛んで来た炎に向かって剣を振り、纏わせる。勢いそのままに体を回転させ剣を振り抜く。すると纏っていた炎はフルーシィールが放った時より倍近い速度で放たれ、フルーシィールへと向かい直撃する。
振り抜いた直後の零畏の体にバジリスクが迫ってきた。咄嗟に離れようとするもバジリスクの方が動きが早く、体を捉えられそのまま巻き付かれ身動きが取れなくなった。
毒霧によって視界が悪くなっているが、毒自体は効かないので拘束から逃れようともがく。が、突然頭上から酸が降って来た。体に影響は無いが、装備や剣が溶け始める。
酸を掛けて直ぐに離れたバジリスクだが、その直後にフルーシィールの炎が飛んできて直撃し、大爆発を起こす。
バジリスクとフルーシィールが黒煙の様子を窺っていると、バジリスクの眉間から殆ど熔解し刃物として機能していない剣が生えた。
バジリスクの背後に回っていた零畏は突き刺した剣を抜くと、
「『瞬斬』!」
腕すらも視認できない速度で振られた剣は、斬る機能を失っている筈なのにそんな事知らんとばかりにバジリスクの頭を綺麗に斬り飛ばした。
ズシンッ!! と大きな音を立てて頭を無くした体が倒れるが、その死骸の上に零畏は居なくなっていた。
フルーシィールが眼窩に灯った赤黒い光の様な目を忙しなく動かし、カタカタと顎の骨を鳴らしながら周囲を見回すが、零畏の姿は無い。
「『降衝』!」
フルーシィールの上から零畏の声が聞こえたと思ったら、ズドンッ!! という衝撃音と共にフルーシィールの頭蓋が粉微塵になり、次いでカタカタと音を立てながらその巨体が崩れた。
フルーシィールが倒れた直後、二枚の石板が光を放ちガラガラと音を立てながら崩れた。
その奥に通路がある事を確認した零畏はアルフレードへ向かって叫ぶ。
「アルフレードさん!! そこから全員を逃がして!!」
「ッ! 分かった!! お前達!! ボサッとしてないでさっさと立ってあそこから逃げるんだ!!」
いつの間にか座り込んでいた生徒達はハッとして立ち上がると、騎士団の面々とアルフレードを先頭に駆け出した。その際、男子から殺気や最早憎悪となった眼を向けられたが無視した。
「零畏......」
「早く行って。僕は追いかけるから」
零畏に心配そうに声を掛けるが、先へ行くように促され不安気にしながら走っていくリア達。
零畏は全員が通路へと入って行ったことを確認すると、自分も通路へ入り、入り口となる場所の壁を蹴り壊し、崩れた岩で入り口を塞いだ。
少し様子を見て何もない事を確認すると、先に行った者達を追って走り出した。
零畏が見えなくなって直ぐ、岩の隙間から闇の様な影の様なモノが溢れ出し、岩や通路を飲み込みながら進み始めた。