010話 狩人的罠
光が収まり目を開けると、先程まで居た空洞とは別の場所に居た。屍は無いが、あの場に居た全員がこの場所に来ている。騎士団や優秀な生徒は既に零畏の虐殺から立ち直り辺りを警戒している。
膝をついたままの状態の零畏の下まで駆け寄って来るリア、リナ、篠。その後から零畏の更に先の方を警戒しながら近付いてくるアルフレードとシャタアル。
「え......えっと、大丈夫? 零畏」
「......零畏?」
「十六夜さん? どう......しました?」
「レイ。どうした」
「グルゥゥ」
それぞれが声を掛けるが、零畏は返事をしない。だが、徐に奥の壁、そこに嵌っている高さ三メートル程の二枚の大きな石板へ顔を向けた。
「アルフレードさん。シャタアル。もしもの時は......」
零畏はそう言ってアルフレードとシャタアルを見る。アルフレードは目に若干の動揺を浮かべるが頷く。シャタアルは悲し気に唸る。
だが、それが分からない三人は混乱するが零畏は気にする事無く立ち上がる。左手に持った剣をダランと下げながら右手を無刻限の袋に突っ込む。
零畏が立ち上がった瞬間、二枚の石板にそれぞれ魔法陣が浮かび光を放ち始めた。
「こ、今度は何だよぉ~」
「もう嫌!」
「もう、もう帰らせて!」
「なんでこんな、俺はチートなんだ! こんな筈ないんだ!」
心が折れた者達は口々に叫ぶ。まだ心が折れてない優秀な者達は各々の武器を構えている。その先頭に居るのは当然、勇者こと天樹だ。聖剣を構えて無駄にキラキラしている。
「皆!! 諦めちゃダメだ!! 大丈夫。皆の事は俺が守る!! 此処で勝てなかったら俺達は地球に帰る事も出来ないんだ。だから頑張ろう!!」
零畏としては何が大丈夫なのかその自信は何処から湧いてくるのか理解に苦しむが、心が折れていた者達にとっては天樹のカリスマも合わさって効果覿面だった様だ。自分を奮い立たせながら武器を持ち立ち上がった。
魔法陣は徐々に大きくなっていき、直径五メートルのところで止まり一際強く光を放った。
「シャアアァァァアァアアァァ!!」
右側の魔法陣からは、頭頂部に鶏冠の様なモノと一本の角を持った蛇の様な魔物が。左側の魔法陣からは黒いローブを被り身長と同じ長さ(約五メートル)の杖を持った骸骨が顎の骨を鳴らしながら出てきた。
――バジリスク、フルーシィール
異様に響くアルフレードの声を皮切りにバジリスクと呼ばれた蛇紛いとフルーシィールと呼ばれた骸骨は動き始めた。
「シャアァァアァァァアアァ!!」
バジリスクは全身の鱗を逆立て、その裏から紫色の毒霧を発生させた。フルーシィールは顎の骨をカタカタと鳴らしながらその長い杖を此方に向け、その先に深緑色の炎を灯らせ、飛ばした。
咄嗟に動いたのは意外な事に天樹だった。
「聖なる光よ 我が意に従い 我が剣に集い その聖なる力を以てして 我が敵を斬り裂け!! 『聖閃』!!」
大上段に掲げられた聖剣が眩い程の光を放ち、詠唱を終えると同時に振り下ろした聖剣から光が飛んだ。零畏とは違い高いステータスを持つ天樹が放った攻撃は深緑色の炎を搔き消した。だが、その程度だった。
炎を搔き消した光は二体へ向かって進み、ぶつかった。凄まじい衝撃と音と光を放つそれ。
「やったぞ!!」
「......っ! まだだ!!」
高揚した様な声に否定する様にアルフレードの気勢ある声が響く。と同時、光の残留と砂塵の中から深緑色の炎が高速で飛んできて、剣を振り抜いた体勢のままやり切った顔で立っている天樹に直撃した。
咄嗟に聖剣を盾にしたようだがその衝撃は強かったらしく、後方へと吹き飛ばされた。気絶はしていない様だが、衝撃で内臓がやられたのか苦悶の表情で横たわっている。
砂塵が吹き飛ばされ、それと同時に深緑色の炎が幾つも飛んでくる。
零畏は咄嗟に右手を振り抜いた。その時、赤と黒の液体の入った瓶が投擲され炎に当たる。その瞬間二つの瓶は割れ中身が炎に触れ気化した。
赤と黒の煙は混ざり合いながら壁の様に広がっていき、完全に此方と彼方を分断した。
「あ、零畏!」
「どこ行くの?」
「十六夜さん!?」
零畏は煙が完全に広がったのを見届けると後方へ向かって走り出した。その先に居るのは天樹だ。
「大丈夫? 神楽坂君」
「ぐっ......十六夜......か......」
「取り敢えず、これ飲んで」
倒れた天樹の傍にしゃがんだ零畏は中級回復薬を二本渡した。そして体を起こすのを手伝い、回復薬を飲ませる。
「ありがとう。十六夜。だけどアレを倒さないと......」
「「零畏!」」
「十六夜さん!」
「レイ! 大丈夫なのか?」
天樹が何かを言おうとしたのと同時に四人が此方へ来た。一緒に居なかったシャタアルは煙の向こう側へ視線を飛ばし警戒していた。
皆この状況に焦り、パニックを起こしかけているというのに妙に穏やかな気分で零畏は思考する。考えるまでも無い。この状況を打破する方法。
「アルフレードさん」
「何だレイ」
「僕がやります」
「......出来るのか?」
「はい」
「......すまん。俺達はお前らを守る筈だったのに」
「謝らないでください。僕に優しくしてくれただけで十分ですから」
零畏とアルフレードの妙に通じあった会話。それに混乱したのはリア達だった。
「どういう事? 零畏。零畏がやるって......」
「零畏が、アイツらと、戦うの?」
「だ、ダメですよ! そんな事したら、だって、神楽坂さんの攻撃でさえ傷一つ追ってないんですよ!? まして、十六夜さんは......」
「やめるんだ十六夜。これは勇者である俺の戦いだ。君は俺より弱いんだからあの魔物に勝てる訳無いだろう」
四者四様の反応を見せる。最後の天樹の言葉に関してはアルフレードでさえ困ったような顔をした。そんな状況を横目に零畏は立ち上がる。
「待って! 零畏! 零畏が戦うなら僕達だって......僕達の方が零畏より強いんだから、僕達が!」
「零畏が、無茶する事、ない。私達だって、戦えるから、零畏は、此処に居て」
「そうよ! 十六夜さんは私達より弱いんだから、此処に居て。私達が戦うから......行かないで......」
三人の言葉に零畏は驚いた。そして、胸の内に広がる暖かい感情を心地良く思いながら三人を見る。そして、千変万化、対極の頸飾、無刻限の袋、眼鏡を外し三人に渡す。
「零畏。これ......」
「預かっていて。これで戦って、それを無くしたり壊したりしたら嫌だからね。それとも、不安?」
「そんな、事ない」
「しっかり、預かっておきます」
「ちゃんと取りに来てよ! 僕達が預かっておくから、必ず取りに来てよ!」
「分かった」
零畏は三人の返答を聞いて微笑み、次いでアルフレードを見た。アルフレードは力強く頷き、零畏もまた頷き返した。
集団の先頭まで来て、覚悟を決める。怪訝な視線が集まる中、零畏は叫んだ。
「啓け!! パンドラの函!!」
リア達がチョロク見えてしまう。
あ、補足ですけど、三つの零畏の装備、所有権を持たない者は使う事や装備することが出来ないだけで、持つ事は出来るよ? しかも所有者が許可してるから盗られた事にもならない。
だから不思議な事じゃないですよ? うん。