009話 迷宮
先ずはテンプレをぶっ壊してみたい!
迷宮の入り口は零畏達が思っていた以上に活気があった。屋台や店もあるし、雇われサポーターとなる者や付与魔法が使える者や迷宮に行く者など、朝早くであるにも関わらずかなりの活気がある。極少数ではあるが、迷宮からの朝帰りも居るようではある。
零畏はアルフレードが気を使っている事に気付いていた。護衛も兼ねている騎士団の者が先回って奴隷を見えない様にしているのが見えたのだ。皆興奮して気付いていないようだが、それで良かったのかもしれない。今の皆、特に天樹辺りが暴走する可能性があったのだから。
列の最後尾にシャタアルと共に歩いているが、どうやら護衛と間違えられている様だ。零畏だけが白髪になっているのでその影響もあるのかも知れない。実際、宿から出て集まった時に護衛の者と間違えられたのだ。
その際男子が居なかったのは幸か不幸か、恐らく幸なのだろう。零畏としては、そのまま違うと言って逃げたかったのだが、傍にシャタアルが居た影響で零畏であるとバレたので、内心叫んでいた。と言うか、絶叫していた。そのせいで男子にも零畏である事がバレたので、迷宮内で絶対面倒な事になると溜息を吐いたのは別の話。
腰に帯剣している鋼鉄の剣を除けば全身真っ白な零畏はかなり目立つが、これは唯の偶然だ。装備と装備の下に着ている服が偶然白だっただけだ。それが例え死に装束に見えたとしても、決して意図しての事ではないのだ。
「はぁ」
最近癖になりつつある溜息を吐いて、零畏は一行に付いて行き迷宮へと足を踏み入れた。死ぬ気は無いが、それでも調子に乗った連中の巻き添えを喰らうんだろうなと思いながら。
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この迷宮、《アルヒザラーム》については事前に聞いていたのだが、それでも実際に見てみるとかなり驚いた。
迷宮は洞窟型の造りになっており、通路は青い光で淡く照らされており松明等の光源が必要ない程明るい。どうやらこの迷宮の壁は全て『青光石』という鉱石で構成されているらしく、全体的に明るいらしい。
また、階層を降りる程に出現する魔物の強さが上がっていき、罠も増えていくらしい。その罠に関しては斥候職の者が解除したりするので、迷宮探索には斥候職の者が必須なようだ。
感銘を受けた様な状態になり、そこから更に興奮状態になって迷宮を進む一行は順調に攻略していき、十層まで降りて来た。そこまで魔物を順調に倒しており、最早過剰殺戮状態だったので、騎士団の面々は呆れ半分感心半分だった。
十層内部には休憩所の様な広場があるので、全員その広場へと向かっている。その間に出て来る魔物もやはり手古摺ることなく倒していった。勿論、零畏は此処まで一切戦闘していない。それどころか魔物から敵意すら向けられていない。
騎士団が零畏が呪福を持っている事を知っているので、それが発動しない様にしているのが原因でもあるのだが、前方の男子達がチラチラと蔑みや嘲りの眼を向けて来る事から広場ではゆっくり出来ないかもしれない。
そんなこんなで一行は広場の入り口までやってきた。
「凄い!」
「綺麗......」
「すっげぇ」
広場に入った者達は次々と感服した様な言葉を発する。最後尾に居た零畏は不思議に思いながらも広場に入り、納得した。そして同時に迷宮の残酷さに呆れた。
広場は半径五十メートル程の円状の造りになっており、その中心には高さ六メートル程の紫色のクリスタルが生えていた。天井まで十メートル程あるのでかなり広々とした空間になっている。
「これは、『モルギフトクリスタル』だな。此処まで大きくなる事があるんだな」
アルフレードが紫色のクリスタルの名前を言い、数人がそのクリスタルに触れようとした時に、シャタアルが吠えた。厳しく叱責する様な声音に思わず動きが止まったその数名。
シャタアルは体を一メートル程の大きさになると零畏を引っ張ってクリスタルの前まで来た。
「......僕って便利屋か何かかな......」
零畏は諦めたように呟きながら無刻限の袋から赤い液体の入ったフラスコ型の瓶を取り出した。そして栓を外すと、クリスタルに一滴垂らした。
すると、その液体が触れた位置から光が迸り、次いでクリスタルを中心に広場全体に魔法陣が出現した。
「何!? 何だこの魔法陣は!?」
「な、なにコレ!?」
「おい十六夜!! テメェ何しやがった!!」
零畏は周りから聞こえてくる言葉の尽くを無視して、瓶の栓を閉め無刻限の袋に仕舞い、今度は黒い液体の入った瓶を取り出し同じように栓を開けると魔法陣に垂らした。
魔法陣は液体の垂れた場所から黒く染まっていき、全てが黒く染まった瞬間パリンッ! と音を立てて壊れた。
唖然とする一同を横目に零畏はその場から離れていく。何となく居た堪れないというか、嫌な予感がするというか、とにかくその場から離脱した。
それから数分して休憩は終わった。進行を再開した一行は順調に階層を降ろしていった。流石に過剰殺戮する事は無くなっていたが、複数の魔物による連帯行動もある様になったので中々に苦戦していた。
それでも慣れてきたらそのスペックの高さで屠って行った。その間、零畏は騎士団に守られていたが十五層辺りから余裕が無くなっていた。主に精神的に。
そんな零畏を見ていた男子がこれ幸いと零畏に戦わせようとし始めた。これが十八層辺りから始まった。その度にアルフレード、リア、リナ、篠の四人が止めていたがそろそろ限界だろう。
二十二層で遂に男子共が強行した。零畏を無理やり先頭まで連れて来て進み始めたのだ。天樹も戦闘を経験した方が十六夜の為だろうと止めなかった。
当の零畏は何も話さなかった。いや、話せなかった。言われたことに答える気力が無かったのだ。途中からシャタアルやリア、リナ、篠が支えてくれなければ真面に歩くことすら困難になっていた。この時、零畏を除くその場に居た全員が背筋を撫でられるような嫌な予感を抱いていたのだが、男子達はどうしても零畏を戦わせたいようでアルフレードの忠告を無視して零畏を先頭に進んで行った。
道中、散々男子からの妬みやらなんやらの視線を頂戴しながら進む事数分。空洞に迷い込んだ。中は真っ暗で灯りが無く見通すことが出来ない。だが不気味だった。
男子達が先に入り、それを止めようとして騎士団の人達や他の者達も中へ入っていく。そして全員が入った所で、入り口だった場所が塞がれた。
「お、おい!! 誰だよ!!」
「な、何!?」
「おい!! 誰か灯りを点けろ!!」
「チッ! ふざけてんじゃねえよ!!」
「キャアーー!!」
「お、落ち着いて!!」
急に光が無くなり視界を奪われたことで混乱する皆。良くても動揺して即座に行動が取れないでいる。因みに、リア達は光が無くなった瞬間に咄嗟に零畏に抱き着いて、顔を赤くしてそそくさと離れると言う行為をしていた。
全員が落ち着き始めた時、部屋の隅に二つの緑色の光が灯った。壁に嵌められた台座に乗っかる様にして置いて有る緑色の鉱石が光を放っているのだ。それを始まりとして同じように置かれた鉱石が円を描く様にして光初め、最後の一つが灯った時部屋全体が緑色の光で照らされた。
そして、その場に居た者は全員が絶句し目が釘付けになり動けなくなった。
部屋は半径百メートル程の円状であり、ドーム状の天井をしている。そして零畏達の正面には様々な魔物が居た。
赤とオレンジの毛を持った二メートル程の狼や、赤の毛を持った一メートル程の狼、百三十センチ程の白い毛の猿に、二本の尻尾を持った一メートル程の黒猫等様々な魔物が跋扈していた。
「な、何だ......これは......」
アルフレードが呆然としながら呟く。他の騎士団や天樹も呆気に取られて間抜けに口を開けっぱなしにしている。
その魔物達の視線が全て先頭に居た零畏に集まった。そして、一斉に咆哮を上げた。アルフレードや騎士団は咄嗟に剣を握り、生徒達は怯えて縮こまっている。
だが、この中でシャタアルだけが全身の毛を逆立てながら別の存在に怯えていた。その身体は、徐々に徐々に後退る様に零畏から離れている。
零畏は鋼鉄のロングソードを抜くと駆けだした。
「「零畏!」」
「十六夜さん!」
「待て! レイ!」
四人がそれぞれ呼び止めようとするが零畏は意に介さない。そんな零畏を恰好の的と思ったのか次々と魔物が飛び掛かって来る。
赤毛の狼は名をファイアウルフと言う。その狼が四匹同時に飛び掛かってきた。下方から跳ね上がった剣が正面のファイアウルフを切り殺し、その勢いに乗って左袈裟斬り、右切り上げ、更に体を回転させ刺突を繰り出す。
あっという間に片付けた四体のファイアウルフには目もくれず、零畏は進んで行く。左右から飛び掛かってきた白毛の猿――リストモンキーを右薙ぎにして切り捨てる。更に正面から飛び掛かってきた者に首目掛けて刺突を繰り出し殺す。
剣舞でもしている様に敵を屠っていく。足運びは軽やかで全身は力が抜けて柔らかくなっており、どんな技でも放てるように無駄な力が全く入っていない。
「グルガアアァアァ!!」
赤とオレンジの毛の狼――フレイムウルフが咆哮と共に炎のブレスの様なモノを吐いた。
零畏は正面から迫る炎を跳び上がる事で躱し、跳び上がってきた二尾の黒猫――シャノワールに剣を突き立て、体を捻る事で切り捨てた後フレイムウルフの首を撥ねる。
白い装備には血が付き、独特な模様になっている。魔物が連帯しようとも関係なしに屠って行き、遂には全ての魔物を殺した。
零畏の周りは文字通り血の海となっており、死屍累々となっている。正に地獄絵図だった。
あまりにショッキングな光景に生徒の殆どは顔を青ざめさせ、酷い者は吐いている。
「ごほっ! ごほっ! ごほっ! ......」
そんな中元凶となった零畏はフラリとバランスを崩し、激しく咳込み始めた。膝をつき、右手で胸を押さえ左手を口元に当てて苦しそうに咳込んでいる。
「ごほっ! ごほっ! ごふっ......」
左手の隙間から血が溢れ出た。顔色が青くなっている。
震える右手を無刻限の袋に突っ込み、上級回復薬を取り出すと一気に飲み干した。
息は荒いが、それでも激しく咳込むと言う様な事にはなっていない。段々と血色もよくなって行き、呼吸も落ち着いてきた。それでも上級回復薬が無くなったのは痛手だったかもしれない。だが背に腹は代えられない。
我を取り戻した者達が零畏に近付こうと動き始めた時、再び硬直した。なぜなら床一面に魔法陣が広がっていたからだ。
(......ア、アハハハ......これが狩人的罠ね......テンプレだよね~)
零畏はそんな事を考えながらその場に居た全員と共に魔法陣の光に飲み込まれた。