ロボット刑事(ただしコミカライズ版)
今回は、ロボット刑事という作品を紹介します。こちらは、もともと特撮番組であった『ロボット刑事』という作品を石ノ森章太郎先生が新たにマンガとして描いたものです。
実は私、この作品の原作とも言える特撮版の『ロボット刑事』は観ていません。どうやら仮面ライダーなどと同じ系統のヒーローもののようですが、詳しい内容は不明です。
では、何故この作品を知ったのかと言いますと……二十年以上前、叔父の家の本棚にこの作品があったんですよ。石ノ森章太郎先生の作品ということで、単純なヒーロー作品かと思い読み始めたのですが、読み終えた時、何か凄く複雑な気分になったのを覚えています。
本作品の主人公は、Kというロボットです。ロボットによる凶悪犯罪の増大に伴い、刑事として警視庁に配備されることとなりました。
彼はロボットでありながら服を着て帽子をかぶっているのですが、この着衣という部分には重要な意味があるんですよね。
Kは、芝という名のベテラン刑事と組むこととなるのですが、この芝刑事が口の悪い頑固親父でして……「マネキン人形」「ゼンマイ仕掛け」「ブリキ野郎」などと、Kを口汚く罵ります。まさに差別的思考の塊ですね。
こういうベテランとルーキーとの対立、というのは刑事ものの映画ではよくある展開です。ただし、この作品の場合はそれではすみません。
芝刑事はKに向かい、「服を脱げ」と命令することがあります。他の人間に、Kがロボットであることを見せるためです。
Kは、確かにロボットです。しかし、その内面は人間と全く同じなのです。むしろ人間よりもナイーブであり、傷つきやすい文学青年のような心の持ち主なんですよ。
そんな青年が、他の人間の見ている前で「服を脱げ」と命令される……これは、どれだけ屈辱的なことでしょうか。にもかかわらず、Kは黙って服を脱ぎます。ロボット特有の、特殊合金製の体を皆の前で晒すのです。彼には表情が無い分、内面の悲しみがより伝わってくるんですよね。
一応、物語の軸は『R・R・K・K』なる犯罪組織とKの対決に置かれているのですが……読んでいると、アクションシーンよりも孤独なKの内面の方についつい関心がいってしまいますね。先ほど文学青年と表現しましたが、実際にKは詩を書いたりもします。
天が泣く時、涙が雨になる
人間の詩人は、そううたう
そんなはず、ないのに――
美しい言葉で真実を隠すのが、人間らしさなのだろうか?
冷たい言葉で優しさを隠すのが、人間らしさなのだろうか?
僕には、何も分からない
心に雪の降る日がある
心に雨の降る日もある
でも、心に太陽の輝く日もあるんだ
僕の身体は機械でも、心は人間と変わらない
この二つの詩は、Kが作品の中で書いたものです。皮肉にも、人間と変わらない心を持つがゆえに、Kは苦しむことになるのですが……。
人間と全く同じ心を持ちながら、外見はロボット……このあたりは、『フランケンシュタイン』の怪物にも通じる部分があるでしょうね。
事実、Kは徹底的に差別されます。
「あなたは、人間じゃないひとなんですからね」
これは、芝刑事の娘である由美がKに言い放った言葉です。しかしKは、無言のまま受け止めるしかありません。
念のため言っておきますが、由美は悪役として描かれてはいません。むしろ、Kに優しく接し彼に懐いている人間として描かれています。しかし、姉である奈美の方に惹かれているKの気持ちを敏感に感じとり、上のセリフを吐くのです。
もっとも由美にとっては、飼っているペットが自分より他人に懐いているから意地悪した……その程度の感覚なのでしょうね。
ちなみに、この由美というキャラはなかなかの曲者なんですよ。Kに向かい、たびたび傷つけるようなセリフを吐きます。が、それら全てが悪気のない無邪気なものです。無意識の差別……それこそが、石ノ森先生の描きたかった要素の一つかもしれません。
こうした普通の人間から発せられる言葉が、Kの心を追いつめ傷つけていきます。このあたり、石ノ森先生は全く容赦がありません。後半になり、芝刑事がかろうじてKの味方のような存在になりますが、それでも完全に理解し合えたとは言えないでしょうね。
さらにKは、自身の創造主であるマザーからも酷い言葉を投げられます。
「お前なんか創るんじゃなかった!」
これは我々人間が、実の母親に「お前なんか産むんじゃなかった」と言われるのと一緒なんですよね。創造主から否定される……この仕打ちに、Kは涙を流すのです。そんな機能は付いていないはずなのに。
そんなKですが、後半になると盲目の少女と知り合いになり「また来てくださいね」と声をかけられます。その時のKは……「イヤッホウ!」と叫びながら、町中を飛び跳ねつつ帰って行きます(実際に飛び跳ねてます)。芝刑事には「あいつ、ついに狂ったか?」とまで言われる始末でした。この作品において、唯一ともいえるコミカルなシーンです。しかし、石ノ森先生はこの作品に関しては、本当に一切の容赦がありません。この出会いもまた、さらなる悲劇のための序章でしかないのです。
Kの敵は『R・R・K・K』という秘密結社のはずでした。しかしKにとって最大の敵は、ロボットでありながら人間のようにありたいと思うがゆえの苦悩なのかもしれません。
話が進むにつれ、敵組織である『R・R・K・K』の正体が明らかになります……ここでは敢えて明かしませんが、それを知ったKはさらに苦しむこととなります。
自分は、いったい何のために創られたのか? それすら分からず、Kは自分の戦う理由を見失おうとしていました。
そんなKを、芝刑事は怒鳴りつけます。
「バカ野郎! K、男にはな……こうと決めたら、どんなに辛くても悲しくても、やり遂げなくてはならんことというのがある。親が死のうと子が死のうと、やりかけた仕事は放り出せん! それが男の仕事というものなんだ!」
昨今のブラック企業も真っ青なセリフですが、その点はひとまず置きましょう。この後、芝刑事は家に戻るのですが、娘二人が『R・R・K・K』により誘拐されたことを知ります。
その途端、芝刑事は一瞬にして青ざめ、呆然とした表情を浮かべるのです。Kに向かい「親が死のうと子が死のうと、やりかけた仕事は放り出せん!」などと言ってのけた男が、いざ自分の娘に害が及ぶと……弱々しい老人の顔を見せるのです。
ことあるごとにKを怒鳴り付け、ベテラン刑事としての姿を見せてきた芝刑事。しかし今の芝刑事は、娘を拐われ途方に暮れる無力な老人でしかありません。
そんな中で、Kはついに覚醒しました。芝刑事の娘を助けるため、衣服を脱ぎ捨て単独で敵の本拠地へと乗り込んでいきます。芝刑事に向かい「付いて来ないでください。かえって足手まといですから」と言いながら。
当然のごとく、彼は待ち伏せをされていました。しかし、Kは凄まじい戦闘力で次々と敵を撃破します。こんなセリフを吐きながら――
「僕はこれまで、出来るだけ人間に近づこうと思っていた。だから、機械らしい戦い方はしたくなかった……」
言葉の通り、今までのKはピストル型の光線銃だけで戦っていました。警官がピストルで凶暴な犯人を撃つように、Kもまた手にした光線銃のみで戦っていたのです。しかも、衣服を着た姿で。
「だが、もういいんだ!」
ところが、今のKは衣服を脱ぎ捨て、全身からミサイルを発射し敵を破壊しているのです。完璧なる戦闘マシンとして戦っていました。
「確かに人間は、機械より遥かに優れた部分を持っている。でも、弱い部分も……遥かに悪い部分も、たくさんあることが分かったんだ」
今のKには、衣服は必要ありませんでした。人間として生きたいという気持ちを、衣服と共に捨てたのです。
「僕は、人間として生きることはやめた。機械として、機械の誇りを持って、機械らしく生きることに決めたんだ!」
そう言いながら、Kは行く手を遮るロボットを次々と破壊していきます。そして、決定的な言葉を口にします――
「今まで、一番憧れていた……人間の持つ感情と戦うために! 精神が生み出す……悪と戦うために!」
この時、Kはようやく人間と対等になったのではないでしょうか。人間に憧れ、人間になりたいと願い、しかし人間によって傷つけられ、人間の持つ欠陥を知る……その過程を経て、Kはやっと自身の生きる意味を見いだしたのです。
戦闘マシンとして、人間の精神の弱さが生み出した悪と戦うことを。
この後の展開は、正直言って拍子抜けするくらい呆気ないものです。ただ、私は思うんですよ。石ノ森先生にとって、Kと犯罪組織の戦い及び決着などというものは、実は蛇足だったのではないだろうか、と。
この作品のクライマックスは、Kが人間への憧れを捨て去り、戦闘マシンとして生きる決意をした……そこだったのではないでしょうか。
創作物の中には、戦闘マシンとして生きてきた主人公が人間の優しさに触れ、やがて人間らしさに目覚めていく……といったタイプのものがあります。
しかし、その真逆ともいえる「人間らしさに憧れながらも、戦闘マシンとして生きることに幸せを見いだす」というパターンの作品はなかなか無いのではないかと。
さらに、人間と同じ心を持ちながらも、異形の姿を持つがゆえに破滅した『フラケンシュタイン』の怪物に比べ(フラケンシュタインという作品を否定しているわけではありません)、Kは最後には己の生きる意味を見いだせました。そう考えると、この『ロボット刑事』は名作だな……と思います。
もし、この作品を知らない人がいるなら、ぜひ一度は手に取って欲しいです。特に、様々な理由で生きづらさに悩んでいる人は、Kのこの言葉を思い出してください。
「僕は、人間として生きることはやめた。機械として、機械の誇りを持って、機械らしく生きることに決めたんだ!」
機械として生きる、それもまた一つの立派な生き方ではないでしょうか。本当に、今こそ『ロボット刑事』をリメイクして欲しいものです。ただし、コミカライズ版に忠実な内容で。




