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薬物を止める瞬間

 今回は、またしても薬物について語ります。前回、充分に語ったつもりではいたのですが……まだまだ足りない部分があることに気づかされましたので。




 不思議な話ですが、私の周りで薬物にハマっていた人間のほとんどが「俺は一生やめない」などと言っておりました。ところが、そう言っていた者たちは、数年後にはほぼ全員が止めています。

 例えばAさんは、かつては完璧なポン中でした。まともな仕事を辞めて、覚醒剤ばかり射っている生活を送っていたのです。

 ところが、今は完全に止めています(断言は出来ませんが)。止めたきっかけについて聞くと、こんな答えが返ってきました。


「昼間、シャブが切れて腹が減ったから下の台所に行ったんだ。そしたら当時、実家で飼っていた犬が、いかにも悲しそうな目でじっと俺を見ていたんだ。そしたら、なぜか涙が止まらなくなってさ……その時、俺はシャブを止めようと決意したんだよ」


 また、同じくポン中から足を洗ったBさんは、こんなことを言っていました。


「シャブの切れ目の時、たまたまテレビを点けたら『おかあさんといっしょ』がやってたんだよ。子供が無邪気に遊んでいる映像を観てたら、急に何もかもが嫌になって……」


 この二人の例は極端ではありますが、いずれも覚醒剤の効果が切れた時に、止めたいと思うきっかけに出会っています。

 かつて、覚醒剤使用の罪で刑務所に入っていたCさんはこう言っていました。


「シャブが切れた時は、強烈な鬱状態になるんだよ。俺なんか酷い時には、家の中で布団かぶってガタガタ震えることしか出来なかった。そんな事を繰り返しているうちに、つくづく嫌になってきたんだよ」


 面白いことに、例として挙げた三人は薬物専門の施設に通った訳ではありません。また、特別の医師の指導を受けた訳でもありません。にもかかわらず、彼らは薬物を断っています。

 そんな彼らから聞いた話について、私は自分なりに考えました。なぜ彼ら三人は、特別な教育や医師の指導を受けることなく覚醒剤を断つことが出来たのか? について、私なりに推理してみたわけです。

 で、結論ですが……人間は行き着く所まで行くと、あとは這い上がるしかないという、本能の奥底に眠る何かが働き出すのではないか、と思う訳です。

 薬物にハマる人間は、何のかんの言っても、自身の行為に対し罪悪感を抱いています。さらに、薬が切れた時の鬱状態……これは、我々の想像を遥かに超えるものだそうです。

 その上、ほとんどのポン中が言っているのですが……覚醒剤を射ち続けていくうちに、やがて射っても効き目が弱まり、ただひたすら悲しくなってくるとも言っていました。

 さらに刑務所に入ったり周りの人間から見放されたり……そんな経験を繰り返していくうちに、心の底から「もう薬は嫌だ」と思えるような、そんな瞬間が訪れるのだそうです。あたかも聖書に登場した聖パウロの回心のように。


 薬物にハマっている人間は皆、大なり小なり罪悪感を抱えています。漠然と「このままではいけない」と考えている訳です。また、薬物が切れた時の辛さも知っています。彼らは、薬物が快楽のみをもたらすものではないことを、骨身に染みて理解しています。

 初めのうちは、自らの心と体が壊れることなど全く意に介さず「俺は一生やめねえよ」とほざいたりします。事実、死ぬまで止めない人間もいますね。

 しかし、薬をやり続けていくうちに「このままではいけない」という事実に心底から気づく瞬間が訪れる……らしいのです。私には分からない話ですが、薬物を断った人間は皆、似たようなことを言っておりました。こればかりは、体験しないと分からない話なのでしょうね。

 テレビなどで、「薬物依存は専門の医師や施設の手助けが無ければ絶対に治らない」などと、したり顔でコメントする人もいます。しかし、このように自力で薬物依存を克服した人もいるのは確かです。


 誤解されては困るのですが、私は薬物を甘く見ている訳ではありません。上に挙げたような「気付き」の瞬間が訪れる前に死んでしまうケースもあります。また薬物欲しさに他の犯罪に手を染めてしまうケースや、薬物が他の犯罪のきっかけとなるケースもあります(これは非常に多いですね)。「気付き」の瞬間が訪れる前に、人は様々な物を失っていきます。それ以前に、「気付き」の瞬間が訪れることなく発狂したり自殺してしまうパターンも珍しくありませんが。

 また、苫米地英人さんが以前、テレビでコメントされていたのですが……アメリカの最近の研究によると、大麻を吸引すると統合失調症を発症しやすい遺伝的因子を持つ者が、数人に一人の割合で存在するそうなのです。他の人間に比べ、僅かな量の大麻で統合失調症を発症してしまう体質……ちょっと怖いですよね。

 この研究データが本当に正しいかどうか、私は知りません。ただ、覚醒剤をやっている人間にも当てはまるような気がするんですよね……あくまで私の経験に基づく意見なので、医学的な根拠は無いですが。

 例えば、以前に登場したゴステロ(『薬物の真の怖さ』参照)ですが……この男は体は丈夫でしたし、刑務所に入るまでは薬物の経験は無かったのです。ややケンカっぱやい所はありましたが、まともな人間ではありました。

 ところが、刑務所を出て覚醒剤を射ち始めたら……二年も経たないうちに、ゴステロの頭はおかしくなっていたのです。「床から攻撃される」「電波でストーカーされている」などといった電話やメールをよこすようになりました。

 もちろん、全てはゴステロの妄想です。覚醒剤を始めて、二年も経たないうちに頭がおかしくなってしまったゴステロ。一方、覚醒剤を何年も射ち続けてドン底を這い回っていたにも関わらず、自らの意思で薬物を断った人たち。これは正直、遺伝的因子の作用と考えた方がしっくりくるような気がしますね。


 薬物を断つのは、非常に大変です。一度は断ったとしても、また誘惑に負けてしまうケースもあるかもしれません。しかし、医師や施設の指導なしで薬物を断った人間がいるのも、また確かです。もちろん、気合いだの根性だのといった言葉を持ち出すのは論外ですが。

 とにかく、マスコミの恐怖や差別意識を煽り立てるかのような報道は、全くの嘘ではありません。しかし、全てが真実ではない、ということもまた知っておいていただきたいものです。


 蛇足になりますが、私は格闘技をやっています。その格闘技をやる理由の中に、未だに自分を高めたいという思いはありますね。

 しかし、別の理由もあります。ハードなトレーニングを終えると、脳内麻薬が分泌され非常に気分のいい状態になります(これは個人差があるようですが)。この状態を、もう一度味わいたい……その思いが、格闘技を続ける理由の一つになっているのも確かです。

 ですから、一歩間違うと私もそっちの道にハマる可能性はあったでしょうね。そうならなかったのは、ほんの僅かな差だったのかもしれません。







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