職業訓練
日本の刑務所には、職業訓練という制度があります。半年から一年ほど、さまざまなスキルを学ばせて資格を取らせるというものです。ただ単純に刑務所内にて隔離しておくだけでなく、手に職を付けさせ、社会に出た後は罪を犯すことなく真面目に働ける真人間へと更生させる……というのが、この制度の目的なのでしょう。
もっともな話ではあります。犯罪者という人種は、基本的に何の技能も資格も持っていません。したがって、刑務所にいる時間を無駄にせず、様々な技能を身に付けさせる……これは、理想的な過ごし方と言えるでしょう。
ただし、その実態は……聞いた限りにおいては、あまり機能していないようです。
まず、職業訓練においては……IQが八十以上というのが条件の一つだそうです。もっとも、この条件のないものもあったそうですが。
まあ、この八十という数字は普通の人間なら問題なくクリアでしょう。しかし以前にも書きました通り、犯罪者という人種は中卒がほとんどです。したがって、自身のIQの数値などほとんど把握していません。そもそも、IQ八十がどの程度のものなのか、それすら理解していない者も少なくないのです。
事実、刑務所にいた知人は職業訓練の募集の紙を見て「俺、IQが八十あるのかな……」などと呟いている受刑者を見たそうです。自身のIQが八十あるかどうか分からず、結果として職業訓練を受けるのに二の足を踏む……そういうケースはあるそうです。
仮にIQの問題をクリアしたとしましょう。そこから、さらに厄介な問題があるのです。
職業訓練には審査というものがあります。募集に対し応募してきた受刑者のデータを調べ、念入りに審査するらしいのです。が、この審査の基準というものが今ひとつ不明だそうです。一つ言えるのは、この一次審査で九割くらいが落とされるとか。
仮に一次審査をパスしたとしても、今度は二次審査が待っています。ここでは、残りの一割もほとんどが落とされます。
その二回の審査をパスし、職業訓練に行ける者は……基本的には、高卒以上で身元がはっきりしており帰る場所がある人間。さらには、きちんとした職業経験があり家庭もある人間が多いとのことです……あくまでも知人の情報ですが。
これが何を意味するかと言いますと、本当の意味で職業訓練が必要な人間は、そもそも審査をパスできないということなんですよ。 中卒で身元もはっきりせず、職の経験もない……結果、犯罪をやるくらいしか稼ぐ方法がない。そんな人間にこそ、どんどん職業訓練をさせるべきなんですよね。ところが、そういったタイプは審査の時点でハネられます。
審査をパスするのは、最初から職業訓練などしなくても社会復帰が可能な人間ばかりなんですよね。
もっとも、刑務所の側の事情を考えると仕方ないかな……という気もします。公の金を遣い訓練をさせる以上、資格を取ってもらわないと困るわけですよ。そのため、少しでも優秀な人間を選びたい……という思いがあるのは当然です。
ただ、そういった事情のせいで、受刑者の間にも教育格差のような現象が起きてしまうですね。
このエッセイにてたびたび登場しているスミスですが、彼は六年の懲役生活の間、職業訓練に二十回近く応募したそうですが、一回も審査をパスしなかったそうです。
しかも不思議なことに、同じ人間が三度も職業訓練にパスする……そんな現象を目にしたそうです。もちろん種類は全て別ですが、同じ人が情報処理から溶接そして電気工事といった具合に、審査を全てパスし資格を取得していったらしいのです。
つまり、優秀な人間は刑務所内でも優遇され職業訓練を優先的に受けられます。しかし頭が悪くて社会経験にも乏しい人間は、刑務所の中でも底辺を這い回り職業訓練すら受けさせてもらえないという訳なんですよ。
個人的には、これは刑務所側の「我々は受刑者に、きちんと更生のチャンスを与えています。今回は、これだけの人間に資格を取得させました」というアピールのためにのみ使われている気がしますね。
本来の意味での更生というものとは、違うようにも思います。本当なら、罪を犯す以外に生きる術を知らない人たちに対する、社会復帰のための措置であるべきではないでしょうか。
もっとも、これはあくまでも知人たちから聞いた話です。実際のところはどうなのかは分かりません。そもそも刑務所側から「現場を知らないくせに、偉そうに言うな」と言われればそれまでですが。
ちなみに黒羽刑務所は初犯の人間が行く刑務所ですが、重機やフォークリフトの免許が取れるそうです。そんなもの刑務所内で運転させたら、脱獄に使われそうで怖いですが……などと書いていたら、某刑務所にて脱獄があったそうですね。しかも、まだ逮捕されていないとか(二〇一八年四月の時点では。いずれは、この脱獄についても語ろうと思っていますので。




