表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/266

ほんの、ちょっとした差

 これは、十年近く前の話です。

 当時、私はニートから足を洗い、アルバイトなんぞを始めておりました。言うまでもなく、生活は楽ではありませんでしたが……それでも、何とかやっていけている状態でした。

 そんな時、一本の電話がかかって来たのです。


 相手は、なんとヤクザでした。とはいっても、チンピラに毛の生えたような存在です。昔、知り合いの知り合いという形で番号を交換したのですが、それきり連絡は途絶えていました。しかし、何故か突然に電話をかけてきたのです。

 私は正直、困ってしまいました。私のような人間がヤクザなんかと関わっても、百害あって一利あるかないか。しかも、相手はチンピラに毛の生えたような存在です。九割方、ロクでもない展開になるでしょう。

 しかし、私はケータイに出てしまいました。暇だったせいもありますが、根が小心者の私は、下手に無視して相手の機嫌を損ねたくないという気持ちもあったのです。

 すると、ヤクザの小英(もちろん仮名です)はこんなことを言ってきました。

 一つ一万で、口座を売ってくれ、と。


 振り込め詐欺が始まったのは、かれこれ二十年近く前でしょうか。振り込め詐欺には当然ながら、振り込む口座が必要となる訳ですね。ところが、口座が振り込め詐欺に使われたことが判明すると、当然ながら警察は口座を凍結します。そして口座の持ち主に事情聴取し、場合によっては逮捕します。

 そんな訳でして、口座は当時、売買されていたのです。


 当然ながら、私は売りませんでした。たかが一万で逮捕されたらシャレになりません。

 すると、小英はこう言いました。警察に事情を聞かれたら、通帳と印鑑とカードをまとめて落としたと言い張れ。それで大丈夫だから、と。

 しかし、私は売りませんでした。通帳と印鑑とカード、その三つをまとめて落とす……それは言い訳としては、ちょっと厳しいのではないだろうかと。

 それ以前の問題として、当時の私には銀行口座が無かったのが一番大きな理由ですが。当時、私は某信用金庫の口座しか持っておりませんでした。もし余分な口座などあれば、売っていたかもしれませんが……。 で、私は小英にその事を話しました。銀行口座が無いから売れません、と。

 すると小英は、そいつは残念だ……気が変わったら連絡をくれ、と言って電話を切りました。


 その後しばらくして、私はとある知り合い(刑務所を出てる人です)と電話で話しました。その時に、小英との会話について語ったところ――


「お前、一万は安すぎるだろ。出所直後、俺は六万で売ったぜ。もっと高い値で取り引きしてる連中もいるらしいぞ」


 何じゃそりゃあ、と私は思いました。小英という男に対し、軽い嫌悪感を抱きましたね。まあ、もともと好感は抱いていなかったのも確かですが。


 それから、三か月ほど経った日のことです。またしても、小英から電話がかかってきました。今度はだいぶ切羽詰まった口調で、こんなことを言ってきました。


「赤井、今ちょっと口座が必要になってな。今回は二万払うから売ってくれ」


 しかし私は断りました。知り合いの話を聞いていなかったら、もしかしたら売っていたかもしれません。しかし、好き好んで利用されてやるのは御免でしたので。

 小英はブツブツ言っていましたが、さすがに無理に作らせる訳にもいかなかったのでしょう。気が変わったら連絡しろ、と言って電話を切りました。




 さて、時は流れて数年後のことです。私はそんな話をすっかり忘れておりました。で、たまたまテレビを観ていた時のことです。

 確かNHKのドキュメンタリー番組だったと記憶しておりますが、こんな言葉が聞こえてきました。


「今回の振り込め詐欺に使われていた口座を売っていた人間は、これまでに十数人逮捕されています――」


 私は愕然となり、テレビに視線を移しました。


 その番組によると、一般サラリーマンや主婦、派遣社員といった人たちが芋づる式に逮捕されていったそうなのです。しかも番組の情報によれば、彼らは口座を一つ五千円で売っていたとのことでした。

 当然、一つ五千円では大した儲けにはなりません。そこで彼らは複数の口座を作り、そして売り、挙げ句に逮捕されてしまったのです。何とも割りに合わないというか、聞いていて悲しくなる話です。一つ六万……いや、それ以上の額で取り引きされていたかもしれない物を五千円で売り、挙げ句に逮捕されてしまったのですから。

 当時の正直な気持ちを言いますが、私も知り合いの話を聞いていなかったら、小英からの二度目の電話が来た時点で口座を作っていたかもしれません。そして、売っていたかもしれません。

 その結果、私も逮捕された側として報道されていたかもしれないのです。

 ですから、逮捕された人たちと逮捕されなかった私を分けたものは、ほんのちょっとした差だったのですね。ただ人生というのは、そのちょっとした差が明暗を分けます。

 私は逮捕された人たちに比べ、頭が良かった訳でも人格的に優れていた訳でもありません。ただ、ほんのちょっとした偶然に救われた……それだけです。人生とは、何が幸いし何が災いとなるか分かりません。

 ただ、これだけは言えます。小英のように、一般人を利用しようとするヤクザはどこにでもいます。今のご時世、ヤクザと付き合っても百害あって一利なしです。ヤクザとの付き合いが有ることを自慢する若者もいますが、大概は利用されてるだけです。皆さんは関わらない方が賢明でしょうね。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 一般的な社会的地位を持つ人ならば、5千円どころか数百万でも犯罪行為に関わるリスクには見合ってませんよね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ