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エッセイ書いたんだよ!  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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とある企業で起きたこと

 今から書くことは、実際に私が体験した出来事です。ものすごくスケールの小さな話ですが、こんなことは今もあちこちで起きているのではないか……と思いまして。




 十年以上前、私はある物流関係の企業でアルバイトをしていました。とはいっても、一日二時間程度の勤務です。昼間の仕事が終わった後、小遣い稼ぎに週に三回ほど働いていました。

 しかし、その会社の労働環境はいいとは言えませんでしたね。汚い倉庫内で、社員がアルバイトに罵声を発し作業を指示する環境でした……日本語があまり通じない外国人も、少なからずいましたね。

 そんな中、私はウシオ(仮名です)さんという四十過ぎたアルバイトの人と仲良くなり、よく喋るようになっていました。ウシオさんは昔の特撮『怪傑! ライオン丸』の主演俳優のような顔立ちをしており、どちらかと言えば気の荒いタイプの人でした。もっとも、根は優しい人でしたが。




 さて、私とウシオさんのいたグループは、若い社員の指示で仕事をしていました。ところが、この若い社員がとにかく傲慢な態度でして……明らかに自分より歳上のアルバイトに「さっさとやれよバカ」「聞こえなかったのか? 早くしろよ!」などと、指示というよりは罵詈雑言を浴びせかける男でした。

 こう書くと、その社員はヤンキーっぽい外見の怖そうな奴なのでは……と思われるかもしれませんが、それが全く違うんですよ。例えるなら、アンガールズの田中さんを若くして背を縮めて脂肪を付けたような、そんな風貌だったと記憶しております。

 その田中(本名は違いますが便宜上そうしておきます)社員はある日、私とウシオさんに指示を出しました。

「おい、お前ら。この荷をボックスに詰めてAの15に運んどけ」

 我々はイラッとしながらも、荷物をボックス(檻のような形状の台車)に詰めこみました。

 荷物を詰めた我々は、Aの15(倉庫内の区画です)に向かいボックスを動かしていました。

 その時、後ろから怒鳴る声がしました。

「おい! どこ持ってってんだよ! Aの15は反対側だろ!」

 田中の声です。しかし、Aの15は間違いなく我々の進んでいる方角なのです。田中が間違えているとしか思えません。

 しかし、田中はさらに怒鳴ります。

「何やってんだよ! さっさと行け!」

 我々は仕方なく、田中の指示に従いました。ところが、やはり田中は間違っていました。彼に指示された場所は、Aの15ではなかったのです。

 それを知った時、ついにウシオさんがキレました。凄まじい形相で歩いていき、田中を睨みながら怒鳴ったのです。

「すいません! あのう、あなたに指示された場所はAの15じゃなかったんですけど!」

 ウシオさんは、この時点では敬語を使っていました。つまり、まだ本格的にブチギレていたわけではなかったのです。田中の対応次第では、事態は丸く収まったはずでした。

 しかし、田中はアホでした。ウシオさんの剣幕に、顔をひきつらせながらも偉そうな態度を崩さなかったのです。

「な、何言ってんだよ。Aの15は、あっちだろ!」

 この時、私はウシオさんのすぐ隣にいました。しかし、その言葉を聞いた時には、さすがに頭を抱えてしまいましたね。当然ながら、ウシオさんの怒りの炎にガソリンをかける結果にしかなりません。

「違うって言ってんだよ! Aの15はな、反対側なんだよ! てめえの指示が間違ってたんだよ! 何か言うことねえのか!」

 言うまでもなく、ウシオさんのこの態度には……誉めるべき要素は一つもありません。ただし、田中の指示が間違っていたのも事実です。

 そして私は、ウシオさんの手が出そうになったら止めようと思いつつも……「いいぞいいぞ、もっと言え」などと心の中で煽っていたのも確かです。これまた誉められたものではありません。

 しかし、田中の行動は私の予想を上回るものでした。田中はウシオさんの肩をポンポンと叩き、こう言ったのです。

「わかったわかった」

 アルバイトとはいえ、自分よりも遥かに歳上の人間に間違いを指摘され「わかったわかった」の一言で済ませる……まあ、会社に入れば珍しくもないことですが、状況を考えるとマズイ対応でしたね。

 案の定、ウシオさんはついに怒りました。

「てめえ! 何だその態度は!」

 喚きながら、田中の襟首を掴んだウシオさん。私は慌てて止めに入りました。すると田中は泣きそうな顔でこう言ったのです。

「ぼ、暴力はいけないだろ!」

 私は笑ってしまいました。この期に及んで、まだ田中は自分のスタイル……上からの物言いを崩さなかったのです。

 その時、山根さん(仮名ですが某コンビの山根には似てません)という社員の人が来て、ウシオさんに声をかけました。

「何があったの? 話を聞かせてくれないかな?」

 山根さんは穏やかな表情で話しかけます。年齢的にもウシオさんと同年代である山根さんに言われ、ウシオさんは苛立ちながらも山根さんにいきさつを話していました。

 その時、ちょうど終了時間になったので、私は山根さんに後を任せて帰りました。

 翌日、私が出社したところ……ウシオさんは、そのバイトを辞めていました。クビになった訳ではなく、あくまで自主的に辞めたのだそうです。

 私も嫌になり、翌月まで勤めた後に辞めました。


 今にして思えば、田中は高校卒業した後に某企業に就職し、いきなり歳上のアルバイトを使う立場になったのでしょう。で、「なめられたらいかん」という意識が働き、必要以上にチンピラのような荒い言葉遣いをしていたのかもしれません。少なくとも、当時の田中はかつてヤンキーだった者にありがちな雰囲気はまるきり感じられませんでしたから。

 あるいは先輩社員から「アルバイトから甘く見られないようにしろ」などとアドバイスを受けていた可能性もありますね。

 それが正解なのかどうか、私には分かりません。ただ、横暴な態度でアルバイトとトラブルを起こした田中と、それを止めた山根さんの温厚な姿勢は対照的でした。




 蛇足になりますが……数年後に何気なくワイドショーを見ていたら、某企業の名前が出てきました。なんと、倉庫にて殺人事件があったとのことです。しかも、アルバイトが社員を刺したという内容でした。

 報道によれば、被害者の社員は日頃から横暴な態度で加害者に接しており、加害者は恨みつらみを溜めこんでいたらしいのです。

 そして事件当日、加害者の怒りはついに一線を超えてしまいました。

 もちろん、刺した側が悪いのは言うまでもないですが……そうした事態に陥らないようにするのも、重要な能力ではないでしょうか?

 蛇足ついでに、刺されたのは田中ではありません。が、田中もいつ刺されてもおかしくはなかったでしょうね。ウシオさんに凄まれ、田中は泣きそうな顔で辺りを見回していましたが……アルバイトは皆、「いい気味だ」とでも言わんばかりの様子で、ヘラヘラ笑いながら遠巻きに見ていましたから。







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