売人はつらいよ
芸能人が薬物で逮捕されたりすると、どこからともなく現れて来るのが犯罪ジャーナリストなる人たちです。彼らは薬物の怖さを語り、さらに薬物の背後にいる組織の恐ろしさについても語ります。
そうした人たちの中には、明らかに知識不足の人もいますね。人々の不安を煽る、そのためだけにコメントしているのではないか……と思われるような人も、中にはいるんですよね。
最近「世の中が不景気になると、普通の仕事では食べていけずに違法ドラッグの売人になる人間が出てくる。違法ドラッグの売買は非常に儲かるため、これからは増えてくるのではないか」と言っていたコメンテーターがいました。またネットでも、そんな意見を目にすることがあります。
確かに、ドラッグで儲けている人間はいるのでしょう。十キログラムの覚醒剤が末端価格で六億円などという報道を聞けば、さぞかし儲けているのだろう……などと思うのかもしれません。
しかし、私は断言します。ドラッグの売人のうち、九割くらいの人間は儲かりません。トータルで見れば、全く割りに合わない仕事です。今回は、そんなドラッグの売人の実態について語ります。なお、ここに書いた内容は全て友人や知人から聞いた話です。そいつらは覚醒剤の売人でしたので、ドラッグの種類によって多少の違いはあるかもしれませんが……大きな差はないでしょう。
いきなりですが、皆さんが違法ドラッグの売人になったとしたら、どうやって買い手を探しますか?
まさかネットで「ドラッグあるよ、安いよ」などと宣伝するわけにもいかないですよね。そんなことをすれば、通報される可能性が高いです。また、暇な人がイタズラ電話ならぬイタズラ注文をしてくる可能性もあります。
さらに、そんな買い手たちとどうやって取り引きするか……この時点で、一般人はギブアップでしょう。もちろん、私も無理です。買い手を見つける方法も、取り引きの手段も私は知りません。仮に手元に大量のドラッグがあっても、売れなければ宝の持ち腐れです……余談ですが、違法ドラッグにも消費期限があるそうです。つまり、仕入れたら消費期限前に売らないといけないわけです。
ちなみに、ドラッグの売人をしようという人間は……大抵の場合、少年院や少年刑務所さらには成人刑務所などで、買ってくれそうな者のリストをあらかじめ作っています。いわば人脈があるからこそ、どうにかやっていける訳ですね。
運に恵まれ、買い手を見つけたとしましょう。しかし、取り引きの時も様々な問題があります。
はっきり言いますが、ポン中はいい加減な人種です。決めた日時を守らないことなどしょっちゅうです。また注文しておきながら、土壇場になって「金がないから今回は貸しておいてくれ」などと言われることも珍しくないとか。
しかも、まともに働いている人間など、ほとんどいません。働いていなければ、金はありませんよね。仮に生活保護をもらっていたとしても、支給額を全てドラッグの購入に当てる訳にはいかないですから。生活保護なら、平均して月に三万から四万円分ほど買ってくれればいい方だとか。
かといって、まともな仕事に就いている人は……これまた問題があります。基本的に、ドラッグをやると仕事に支障が出るんですよ。これは全てのドラッグに共通する部分です。それゆえ、まとまった休みの時だけドラッグをやることになります。
そうなると、買い手としては良くないと言わざるを得ないですね。こちらもまた、平均して月に三万円分も買ってくれればマシな方でしょう。
つまり、ドラッグの売人という職業は儲からないんですよ。薄利多売で大勢の顧客を抱えているか、あるいは大物芸能人のような金持ちのお得意先がいるか……でなければ、やっていけないでしょうね。
また余談ですが、まともな仕事に就いていた人がドラッグにハマり、仕事をクビになるというケースも少なくありません。無職になれば、当然ながらドラッグは買えなくなります。必然的に、客のリストから外さざるを得なくなるわけですよ。
別の問題もあります。ヤク中は、ドラッグ欲しさに何をしてくるかわからないんですよ。いきなり電話で注文を受け、行ってみたら襲われた……こんな話、珍しいことではありません。
また、偽札で支払いをしようとした者もいたそうです。カラーコピーで印刷したような紙を封筒に入れ、渡してきたとか。
こうした問題が起きた時、サラリーマンをしていたような人間では対応できません。サラリーマンなら、トラブルが起きた場合は最終的に警察に訴えます。しかしドラッグの売人は、警察に訴えることが出来ません。つまり、自力で解決するしかないのですよ。
そうなると、暴力には暴力で対抗しなくてはなりません。具体的にはヤクザや、その類いの連中の後ろ楯が必要でしょう。そうした裏社会の人脈の無い、この前までサラリーマンをしてました……なんて人間が売人を始めたら、あっという間にポン中の食い物にされるでしょう。
しかも、悪い噂はすぐに広まります。「売人の赤井って奴だけどよ、あいつケツ持ちがいねえから襲っても大丈夫だぞ」などという噂が流れたら、売人を続けるのはまず無理ですね。
そして最大の問題が、買い手の誰かが逮捕された場合、そこから売人にたどり着くのは簡単だということです。
警察に取り調べられたら、ほとんどのヤク中は……誰から買ったかをベラベラと喋ります。普段はどんなに勇ましいことを言っていようが、いざ取り調べになると、自分の保身のために売人の名を喋ります。
しかも覚醒剤の使用と所持だけなら、執行猶予で済みます。ところが売買となると、執行猶予が付かない可能性もありますね。持っている量にもよりますが、初犯でも三年以上は食らうかと思います。
ちなみに……ヤク中は、ドラッグ代欲しさに大抵のことはやります。仕事をクビになると、ドラッグを買う金欲しさに安易に他の犯罪に手を染めます。ドラッグの使用所持だけでなく、他の犯罪で逮捕される可能性も高いですね。
私はドラッグの売人をやったことはありません。しかし、売人をやっていた友人知人から聞く限り、とても割に合う仕事とは思えません。少なくとも「不景気で仕事が無いから、売人やるか」などという感覚ではやらない方がいいでしょう……というより、絶対にやってはいけません。私なら、ドラッグの売人をやるくらいなら空き缶を拾いますね。
蛇足ですが、私のような人間ですら、この程度のことは知っています。なのに、それなりに情報網のあるはずのライターや作家さんがテレビ番組や雑誌などで「今は不景気だから、ドラッグの売人が増えてくる」などとコメントしているというのが不思議なんですよね。
ひょっとしたら大した取材もせず「十キロで末端価格六億円」などという報道を真に受け、「ドラッグの売買は儲かるから、不景気な時代には売人になる人間が増える」などと雑誌や本やブログなどに書いているのかもしれません。
さらに穿った見方をすれば、マスコミは「ドラッグの売人は暴利を貪るけしからん連中である。だから、売人の噂を聞いたら通報すべし」という意識を国民に植えつけようとしているのかもしれません。
そんなことをすれば、かえって「儲かるなら、いっちょやってみようか」などと射幸心を煽る結果になるような気がするのですが……。
いずれにせよ、ドラッグの売人など儲からないのは確かです。儲けているのは一部の上の人間だけです……これは、どの業界でも同じでしょうが。
最後に、私が直に出会った中で唯一リアルな数字を教えてくれた売人は、以前このエッセイにも登場した京極(『またしても、ちょっと怖い話』の章)です。彼はドラッグの売買で、月に三十万ほど稼いでいると言っておりました。
チンピラを相手にした駆け引き、狂ったヤク中に襲撃を受ける可能性、地元のヤクザとの付き合い、さらに逮捕されるリスク。そうした諸々の危険と、三十万という収入を計りにかけて割に合うかどうか……それは、考えるまでもないでしょう。
 




