『必殺からくり人・血風編』いろいろな意味で惜しい作品
今回は、かなりマニアックな作品について語ることとなります。また、この作品は中学校もしくは高校の時に再放送していたものを観たのですが……その時の記憶に頼っている部分もあります。もしかしたら、思い違いなどしている箇所もあるかもしれません。
また、ここに書かれているのは全て私の個人的な感想です。
さて、今回紹介する『必殺からくり人・血風編』ですが、必殺シリーズの第九作目の作品です。調べてみると、なんと一九七六年に制作された作品でした。恐らく、このエッセイを読んでいる人の大半が生まれていない年でしょうね。それはともかく、この作品は……実は、トラブルから生まれたものなんですよ。
この作品と同じ局、そして同じ時間帯に『新必殺仕置人』という作品が放送されるはずでした。しかし、いろいろと厄介事が起きたため(詳しく知りたい人は調べてみてください)放送開始が延期され、放送時間を埋めるために急遽作られたのが、『必殺からくり人・血風編』(以下・血風編と表記します)だったのです。
つまり『血風編』は穴埋めの作品なのです。並のクリエイターなら、単なるやっつけ仕事の時代劇となるでしょう。
しかし、そうはなりませんでした。
この『血風編』の主人公は、土左ヱ門という男です。ふざけた名前ですが、こいつは必殺シリーズ史上もっともヤバいキャラなんですよ。
ここで一応、必殺シリーズの基本的なストーリーをおさらいします。名も無き一般市民の依頼を受け、法で裁けぬ悪人たちを主人公が消していく……これが必殺シリーズの通常の流れです。
主人公と仲間たちは、普段は飾り職人だったり按摩だったり、中には役人だったりするケースもあります。そんな彼らが、夜になると殺し屋として人でなしを消す……そんなストーリーなのです。
ところが、『血風編』の主人公である土左ヱ門は……普段は町の遊び人ですが、夜になるとからくり人となります。ここまでは、他の者と同じです。
しかし、彼にはもう一つの顔があるのです。それが、官軍の密偵なのです。
そう、この『血風編』は……舞台となる時代が一八六八年です。元号が明治に変わろうとしている時代であり、歴史の波に流されゆく人々の姿が描かれているのですよ。
土左ヱ門は一応は密偵ですが、単なる情報収集だけでなく、人殺しにも手を染める男です。さしずめ、アメリカのドラマ『24』のジャック・バウアーのような男ですね。
そんな土左ヱ門が、なぜからくり人に入ったのか……それは、あくまで任務のためでした。からくり人の一員になっていれば、江戸の裏社会の情報が手に入ります。これは土左ヱ門にしてみれば、またとないチャンスです。土左ヱ門は、からくり人の元締であるおりくに自身の腕を売り込み、からくり人の一員となりました。
ちなみに土左ヱ門という名前は本名ではありません。あだ名のようなものでして、本名は最後まで明かされることがありません。
土左ヱ門の本業は、官軍のエージェントです。したがって、官軍の命令により様々な任務に就きます。
ある日、要人の暗殺指令が来ました。土左ヱ門はゴルゴ13のごとく、最新式銃を携え宿屋の二階に陣取ります。窓を少し開け、スナイパーのように銃を構えました。標的が通りかかり、今にも引き金を引こうとした、その時です。
「おい土左ヱ門、いるんだろ? こんな所で何やってんだよ?」
下から聞こえてきた声。次いで、階段を上がって来る足音。
それは、同じからくり人の直次郎でした。なんと、町で土左ヱ門の姿を偶然に見かけて、一緒に遊ぼうと誘いに来たのです……土左ヱ門は仕方なく銃を隠し、何事も無かったかのように直次郎の相手をします。
また別の日には、官軍が必要としている大量の新式銃を商人から買い付けることとなりました。土左ヱ門は単身、商人と話をつけて銃の取り引きを成功させました。
ところがです。取り引きが終わり、大量の銃が官軍に渡った後……なんと土左ヱ門は、商人とその場にいた者を全員殺してしまうのです。もちろん、口封じのために。
この時の土左ヱ門の殺し方は、見事としか言い様がありませんでした。数人の男たちを、一瞬で仕留めた腕前は……必殺シリーズの中でも屈指といえるでしょう。官軍という大義名分のために平気で人を殺す、それはまさに……普段、必殺シリーズで殺される側の悪党の考え方でした。
そんな殺しのプロ土左ヱ門が、からくり人として悪党を始末する時は……任務の時とはうって変わって、怒りに突き動かされて殺します。短刀でメッタ刺しにしたり、弾倉の弾丸が尽きるまで銃で撃ちまくったり……顔は無表情ですが、そこに秘められた怒りが、観ているこちらに伝わってくるんですよね。
この差は、いったい何なのでしょうか? それは土左ヱ門が本来持っていたはずの感情を爆発させられるのが、からくり人の仕事だった訳です。
官軍の仕事をやる上では、そこに感情を差し挟むわけにはいきません。善も悪もなく、ただ任務だけを淡々とこなし、時には何の感情もなく人を殺します。
ところが、からくり人の仕事では……土左ヱ門という男が感情を剥き出しに出来たんですよ。許せない奴は殺す、という思いのままに彼は動き、そして殺すのです。
ひょっとしたら、官軍に入る前の土左ヱ門は理想に燃える青年だったのでしょうか。ただ純粋に、世の中を良くしたい……強者に泣かされる弱者を助けるため、官軍に身を投じたのかもしれません。
ところが、官軍もまた大義のために弱者を殺す……そんな世界に染まりつつあった時にからくり人と出会い、忘れかけていた理想が甦ったのではないでしょうか。もちろん、私の妄想ですが。
この作品、ひょっとしたら必殺シリーズの枠を飛び越え、映画『インファナル・アフェア』のような作品になったのかもしれません。官軍の任務と、からくり人の仕事との狭間で悩む土左ヱ門。さらに、三つの顔を持つがゆえの緊張感の漂うストーリー……この部分を丁寧に作っていけば、ものすごい作品になったのかもしれません。
残念ながら、そうはなりませんでした。途中から、官軍の任務の描写が極端に減り、からくり人としての生活と仕事のシーンが多くなります。これは、土左ヱ門の心境の変化……官軍よりも、からくり人の方に重きを置いていることを表しているのかもしれません。ただ個人的には、非常に残念ですね。
この作品のもう一つ残念な点は……他のキャラがいまひとつ弱いんですよ。土左ヱ門のキャラがあまりにも濃すぎて、他のキャラが薄く感じますね。一応、からくり人の元締であるおりく、直次郎、土左ヱ門の三角関係の要素もあったりしますが……これも、ちょっと弱い気がします。
しょせん穴埋め作品であった『血風編』は、大した人気が出ることもなく、ひっそり幕を閉じます。必殺シリーズのファンの間でも評価が分かれる作品ですが、機会があったら観てみてください。ただ、両手を挙げてオススメします……とは言えない作品ですね。
ただ、この作品から学べることが一つあります。いくらキャラの設定が良かったとしても、それを活かしきれないストーリー展開では……評価されないということですね。なお、これはあくまで私の個人的な感想です。それを押しつけるつもりはありません。




