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武勇伝を語る男

 いきなりですが、突然こんな話を聞かされたら、あなたはどう思いますか?


「会社の人間がヤクザと揉めたので相手の組長に直談判したら、幹部にしてやるから来ないか、とスカウトされた」


「外国に行った時、空港でAK四七で撃たれたことがある」


「鹿に襲われ、素手で殴り殺したことがある。また、熊にも襲われたことがある。さすがに熊には素手では勝てないから、車で轢き殺した」


 まともな人間なら、その話を疑うものと思います。ちなみに私なら、目の前にいる人間の正気を疑うことでしょう。虚言癖なのではないか、と。

 ところが、そんな話を聞かされて信じてしまう人がいます。信じる者は救われる、という言葉がありますが……こんな話を信じてしまうのは、本当に純真無垢で人を疑うことを知らない善人なのでしょう。


 ・・・


 さて、かつて私の知り合いに、与太郎(もちろん仮名です)という男がいました。与太郎は私の先輩に当たる男で、本当にどうしようもない奴でした。さほど仲が良い訳でもないのですが、ヘタレであるという噂は耳にしていました。それでも、後輩である私の前では横柄な態度をしていましたが……。

 そんな与太郎は、ある日いきなり逮捕されました。罪名はよく覚えていませんが、確か恐喝や暴行といったものだったと記憶しています。それが、十五年ほど前の話でした。

 それから四年ほど経った日、与太郎から私の家に電話がかかってきました。当時の私はニートで、携帯電話など持っておりません。そんな私に、何の用があるというのでしょうか……私は首を傾げながら、受話器を取りました。


(おう赤井、やっと出てきたぜ……なあ、今から会わないか?)


 面倒くさ、と私は思いました。

 しかし同時に、好奇心が刺激されたのも確かです。刑務所の中の生活とは、果たしてどんなものなのか……聞いてみたいという気持ちはあります。私は会ってみました。


 数時間後、私は会ったことを後悔していました。

 与太郎の語った内容を簡単に説明すると――


「刑務所の中はひどいところだった。ヤクザと外国人マフィアとバカガキが三つどもえの争いをしており、喧嘩は日常茶飯事だった。ホモも大勢いて、何人もの男が犯されていた。だが、俺はそんな場所で生き抜いてきた。お陰で、ヤクザや外国人マフィアの大物とも知り合いになれた。今の俺は、一声かければ百人近いヤクザが動く」


 車の中で、こんな俺スゲー話を延々と聞かされたのです。私は仕方なく「凄いですね」を連呼していましたが……。

 余談ですが、与太郎が行ったのは初犯の人間が行く刑務所であり、そこにはヤクザはいないそうです。後になって知りました。


 しかし、当時の私はそんなことは知りません。正直に言うなら、半信半疑でした。与太郎がヘタレであることは知っていましたが、彼が刑務所に約四年ほど行っていたのも確かです。その間に、与太郎が変わっていたのだとしたら……。

 根が小心者である私は、どうすればいいのか分からぬまま車に乗っていました……。


 やがて、与太郎はこんなことを言い出しました。


「赤井、暇だったら俺の仕事を手伝ってくれよ。いい金になるぜ」


 まともな人間なら、こんな話には歯牙もかけないでしょう。しかし、当時の私は完璧なニートでした。収入がないため、ケータイすら無い状態だったのです。そんな時に、一攫千金の話が来た……私は、はいと返事をしました。貧すれば鈍すという言葉がありますが、まさにそのものですね。 ところが、それから一週間……私はずっと軟禁状態でした。前橋に連れて行かれ、訳わからんアパートの一室に押し込められ、ずっとテレビを観ているような状態でした。仕事らしきものは何もせず、ただただ部屋でボーッとしていたのです。

 私は内心、これは何なんだろうと思っていました。当時はニートで現金は持っておらず、出来る事と言えばテレビを観るだけ。仕事らしきものは何もせず、夕方に顔を出す与太郎と飯を食べるのが、唯一の他人との接触です。

 もし金を持っていて相手が与太郎でなければ、私は嫌気がさして逃げていたでしょう。ですが、私には金がありません。小銭を数百円持っているだけ……これでは、前橋から東京に帰ることは出来ません。

 しかも、与太郎は私にこう言っていました。


「俺はヤクザに顔が利く。もし、お前が俺を裏切ったらヤクザに探させるからな。徹底的に追い込みかけるぞ」


 正直に言いますが、私はこの言葉にビビっていたのは間違いありません。そのため、大人しくアパートの一室にいました。そして、いつ仕事が来るのかを待っていたのです。

 もっとも、与太郎は恐怖のみにて私を支配していた訳ではありませんでした。初めのうちは、「俺に付いて来れば大金が手に入る」という意味の言葉を連呼していたのです。飴と鞭、とでもいいましょうか。いい話と怖い話、その両方を聞かせていたのです。

 しかし日が経つにつれ、だんだん私は付き合いきれないものを感じるようになってきました。何より、仕事とやらが何時まで経っても始まらないのです。これでは、話になりません。

 数日後、私は面倒くさくなり東京の実家に帰りました。前橋から数百円で、どうやって東京に帰ったのか……それは、ご想像にお任せします。

 実家に帰った時、私はホッとしました。やっと、あの馬鹿から逃れられた、と。しかし、実は大変なことになっていたのです。

 実家に戻って来た私に、数人の知人から電話がかかってきました。


「赤井……与太郎から連絡あってよ、お前がヤクザに拉致られたから金貸してくれとか言ってたぞ」


 そうなのです。与太郎はケータイの無い私に目を付け、一時的に他者と連絡が取れない状態にしました。その上で「赤井がヤクザと揉めて拉致られた。申し訳ないがカンパしてくれ」などと言い、皆から金を集めようとしていたのです。中には、百万だしてくれと言われた者もいたとか。

 ただ、何とも悲しい話ですが……その嘘により集まった金額は、数万円だったそうです。私が本当にヤクザに拉致されていたら、数万円では何も出来ないでしょう。この時ばかりは、己の人望の無さを痛感しましたね。

 今から思うに、与太郎は後輩でニートだった私を忠実な手下にしようとしていたものと思われます。私は人相が悪く、与太郎の「ヤクザが百人動く」という自身のイメージ作りには向いていたのではないかと……他の人間にカンパを頼んだのは、そのついでではないか、とも思っています。もちろん、全ては想像でしかありませんが。

 ただ、当時の私はそんなことは分かりません。それより、騙されて金を渡した人たちに申し訳なく思いましたね。


 その後、与太郎は他の人間たちも別の手口で騙していた事実が発覚し、警察に逮捕されました。そして刑務所へ……と、ここで終われば、まだ笑い話で済んだ部分はあったのです。お金を騙し盗られた人からしてみれば笑えないですが。

 しかし、この後……与太郎はとんでもない事をしでかしました。

 

 三年ほど経ち、与太郎は刑務所から出所しました。ところが、この男は全く懲りていなかったのです。

 やがて与太郎は、とある人と知り合いました。仮にAさんとしておきましょう。与太郎はAさんに対し、例の如くさんざん嘘を吐きました。


「俺は裏社会の大物で、喧嘩も強くてヤクザにも顔が利く」


 私はAさんとは全く交流がないため、Aさんがどのような人かは知りませんが、恐らくは悪い事などしたこともない、真面目に働いていた人ではないかと推測しています。

 そのため、Aさんは与太郎の嘘を信じてしまったのです。

 ただ、与太郎の嘘は武勇伝だけでは止まりませんでした。


「いいか、裏の世界の人間がお前を狙っている。放っておけば、家族にまで迷惑がかかることになる。俺がそいつらを押さえておくから金を払え」


 馬鹿馬鹿しい、とあなたは言うかもしれません。俺なら、こんなのに引っ掛からないよ、と思うかもしれません。

 しかし、Aさんは自身の口座から数百万円を引き出し、与太郎に支払ってしまいました。私の予想ですが、恐らく与太郎はAさんを監禁に近い状態にしたのではないかと思います。外界からの情報を出来るだけ遮断し、ひたすら嘘を吐き続ける……そんな、某カルト宗教の洗脳の手口を用いたのではないかと。今となっては、確かめる術はありませんが。

 Aさんは金のみならず、高価なアクセサリーや車などといった物まで脅し取られました。しかし、与太郎の要求は止まりません。与太郎はなおも金品を要求し続けました。

 結果、Aさんは耐えきれなくなり自殺してしまったのです。遺書には、与太郎の要求のことが書かれていたそうです。


 私は前に、ヤンキーもしくは元ヤンキーの嘘に騙されないで下さい、と書きました。それは、与太郎の手口を知っているからです。与太郎は、一般人を前にすると必ず武勇伝を語ります。まず自身の喧嘩の強さを語り、次いでヤクザと関わった話などを延々と。

 そして、武勇伝に食い付いて来た人間を食い物にするのです。事実、与太郎の被害者となったのはAさん以外にも多数います。

 ですから私は、安易に武勇伝を語る人間を信用していません。また、信用してはいけないとも思っています。そんなものを信じるくらいなら、なろうの異世界転生チートハーレムな作品を読む方が数万倍マシでしょうね。

 以前、私はとあるユーザー様に「人間、嘘をついちゃう時もあるかもしれませんね……本当はわかっていても、受け入れてあげるのも強さかもしれませんよ。人の弱さを探したり責めたりしないのも優しさかと。私はそんな風に思ってます」と、やんわり注意されたことがあります。

 しかし、そんな風に注意された今も、私は嘘吐きは受け入れることが出来ません。特に、嘘の武勇伝を語る人間は大嫌いですね。その理由はというと……この与太郎にあるのだろうと思います。はっきり言いますが、聞かれもしないのに自身の武勇伝を連呼する人間(真実か嘘かはさておき)には、大なり小なりこの与太郎と根底で同じ部分があるでしょうね。これは断言できます。


 蛇足かもしれませんが、与太郎は人を死に追いやったにもかかわらず、数年の刑で済んだそうです。そして今(二〇一六年)、自由の身になっているらしいとのことです。皆さんの人生に、この男が関わらない事を祈ります。







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― 新着の感想 ―
[一言] 読み返して思ったが、とある漫画の料理好きな若頭の父親にソックリだわ……赤井さんも野口さん(若頭の名前)の若い頃みたいに使われる寸前だったんだな……独り言ですいません。
[一言] なんだか急に与太郎氏の話を思い出して、読み返しました。 赤井さんが武勇伝を語る人間を嫌うのは、ちゃんと理由があるんだなと思いました。 嘘をつくという行為そのものは、保身のためだったり、危険…
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