冤罪の怖い話
今回は専門用語が多めですので、分かりにくい部分があるかもしれません。
今回のテーマは、冤罪についてですが……皆さんはどのような印象をお持ちでしょうか。
はっきり言ってしまえば、ほとんどの人が自分とは無関係だと思っているのではないでしょうか。事実、ほとんどの人には全く関係ないものと思われます。世の中の九割以上の人は、一度も逮捕されることのないまま生涯を終える……という話を聞いたこともありますし。
ただ、知っておいていただきたいのは……冤罪というのは、誰の身にも起こりうるということです。さらに、冤罪に陥るにはそれなりの理由がありまして、その理由だけでも知っておいていただきたい……との思いから、今回の話を書こうと決めた次第です。まあ正直いいますと、知ったからと言って対処するのは非常に難しいのですが……。
人は罪を犯す……もしくは犯したとみなされると、警察官に逮捕されます。
さて、仮にですが……あなたがパチンコや競馬などのギャンブルで数万円を負けたとしましょう。そして、かなりムシャクシャしながら歩いていたとします。
すると、財布が落ちていました。あなたはその財布を拾います。交番に届けるか、あるいは中身を拝借するか(犯罪ですのでやめましょう)……いずれにせよ、あなたは財布をポケットに入れ歩き出します。
すると今度は、道路で寝ている人がいます。そこは車道であり、ほっといたら轢かれる可能性があります。また、車にとって甚だ迷惑な存在でもあります。
あなたは、その男に声をかけました。すると、
「るせえんだよ、この野郎……」
などと言いながら、男は乱暴な態度であなたを押しのけようとします。明らかに酔っ払っている様子……あなたはイラッときて、つい声を荒げます。さらに、車道から力ずくで無理やり退かそうとしました。
すると、そこに自転車の警官が現れました。
「すみません、何をやってるんですか?」
あなたは、この人が車道で寝ていることを説明しました。すると、警官は言います。
「誰かが大声を上げながら暴力を振るっている、という通報があったんですよ。詳しい話を聞かせてください」
あなたはムッとします。当然ですね。あなたは何も悪くないのですから……しかし、警官はしつこく聞いてきます。余談ですが、警官は時と場合によっては物凄くしつこくなります。下手に逆らうと、ロクなことになりません。
根負けしたあなたは、事情を説明します。と、その時……寝ていた酔っ払いが騒ぎ始めました。
「おい、俺の財布がないぞ!」
正直、負のご都合主義……としか言い様のない展開で恐縮ですが、強引に話を進めていきます。
警官は、あなたに疑いの目を剥けます。一方、あなたは財布を拾ったことを思い出し、財布を酔っ払いに見せます。
すると、酔っ払いはまたしても騒ぎだしました。
「お前が盗んだな!」 当然、あなたは盗んでいません。反論することでしょう……しかし、警官はこう言います。
「すみません、ちょっとお話を聞かせてもらいたいので……署まで来てもらえませんか?」
これは、いわゆる任意同行です。断ることも可能です……建前は。ただし断ると、警官はなぜ断るのかについて、しつこく聞いてくるケースもあります。相当しつこいそうです。下手すると、「転び公妨」なる技を使う事もあるとか……まあ、このケースはそこまでいかないですが。
ともあれ、あなたは警官のしつこさに根負けし、取り調べに応じることにします。何せ、あなたは悪いことはしていません……なのに、泥棒のような扱いを受けています。ならば、堂々と潔白を証明しようではないか! と、あなたは警察署に乗り込みます。
余談ですが、酔って寝ている人から財布を盗む手口を仮睡盗というらしいです。
さて、あなたは警察署で取り調べを受けることとなりましたが……この時点で、あなたは後悔することとなります。
取り調べを担当する刑事さんにも、色々なタイプがいます。居丈高に怒鳴るタイプ、逆に優しく語りかけてくるタイプ、理詰めで攻めてくるタイプなど色々いるそうですが、共通しているのは知人いわく「堅気ともヤクザとも違う、独特の据わった目をしている」らしいです。ちなみに知人が一番怖かったのは……ほとんど喋らない刑事に取り調べを受けた時だったそうです。
それはともかく、あなたは狭い部屋で刑事に取り調べを受けることとなりました。
あなたは、正直に全てを話します。
すると、刑事は妙な点に食い付きました。
「お前はギャンブルで負けて、ムシャクシャしてたんだな?」
あなたは頷きました。すると、刑事はあなたを睨み付け――
「本当に財布を拾ったのか? ギャンブルの負けを取り返そうと、寝てる男から盗んだんじゃないのか?」
もちろん、あなたは否定します。しかし、刑事はなおも聞いてきます。
「あんたの言っていることは変だよ。あんたは被害者のAさんの財布をポケットに入れたまま、寝ているAさんのそばに居た。しかも警官に言われてから、やっと財布を出した……こんなの、おかしいだろうが?」
ここから先は、自白の強要とも思える取り調べが続きます。はっきり言って、普通の勤め人ではひとたまりもないでしょう(少なくとも私は無理です)。人にプレッシャーを与える狭い取り調べ室、自白させるための様々なテクニックを知っている刑事(しかも数人が入れ替わりで来ます)、圧倒的に不利な状況証拠……この環境では、最後まで無実を主張するのは非常に難しいでしょうね。
ここで映画やドラマの真似をして「弁護士を呼んでくれ」などと言ったところで、弁護士はすぐに来る訳ではありません。しかも、弁護士を呼ばれたからといって、刑事の取り調べのキツさには変化はないとのことです。むしろ「弁護士、上等だよ!」と、かえって攻撃的な態度になる刑事もいるとか。
少なくとも、あなたが金持ちで普段からやり手の弁護士と仲良くしてる……という人間でない限り、そのセリフはあまり意味を持たないようです。ただ、それでも弁護士は呼んでもらった方がいいでしょう。
警察の取り調べに関しては……もっと詳しく扱っている書籍があるので、そちらを見てもらった方がいいでしょう。実のところ、このエッセイのテーマはここからです。かつて刑務所に行っていた知人らから聞いた話を基に書いていますが……聞いた直後、なんじゃそりゃあと思ってしまいました。
さて、あなたは無実の罪で自白を強要され、起訴されてしまいました。しかし、あなたは一念発起します……こうなったら、裁判で無罪判決を勝ち取ろうと決意します。ついでに、酷い取り調べをした刑事に謝罪させてやる、とも決意しました。
ところが、これはとても厳しいイバラの道なのです……。
裁判までの間、あなたは留置場もしくは拘置所で過ごすこととなります。言うまでもなく、どちらも非常に居心地が悪いです。周りは犯罪者と留置係の警官もしくは高圧的な拘置所の職員だけ。娯楽はせいぜい本だけです。
しかも、雑居房に行くと犯罪者との共同生活を余儀なくされます。これは非常にキツいらしいです。中には、この共同生活だけで心をやられてしまう人もいるとか。
かといって独居に行くと……これはこれでキツいらしいです。周りに一切話し相手がなく、一日じっとしていなくてはならないのですから(東京拘置所では、昼間から許可なく寝ていると怒られるそうです)。
裁判の日まで、そんなキツい日々に耐えなくてはならない……はっきり言って厳しいです。
しかも状況証拠は全て、あなたを犯罪者であると言っています。その上、仮に一審にて無罪判決が出たとしても、検事控訴されるケースもあるそうです。検事控訴されると、高等裁判所にてまたしても裁判をすることとなるのです。またまた余談ですが、某ドラマに登場する国民的グループのメンバーが演じたような検事など、ただの一人もいません。東京地検の検事は冷酷でプライドが高く、事務的に事件を処理していくような人がほとんどだそうです。言うまでもないこととは思いますが、念のため。
別の誘惑もあります。この事件の場合ですと、窃盗でしょうからせいぜい一年から二年でしょう。初犯でしたら、ほぼ執行猶予が付くラインでしょう……普通ならば。
ただ問題なのは、裁判官の心証はよくないだろう……という点です。
裁判官にしてみれば、あなたは素直に罪を認めずに否認し続けた嘘つき野郎となります。初犯なら、一年や二年の刑はたいてい執行猶予が付きますが……あなたの場合、付かない可能性もあります。そうなると、あなたは刑務所に一年から二年入らなくてはなりません。
またしても余談ですが、刑事の中には取り調べの際、その事実を武器の一つとして用いる者もいたという話を聞きました。つまり、「お前の場合、いさぎよく罪を認めれば執行猶予が付くんだよ。ただし、否認したら執行猶予は付かないかもしれないぞ」という言葉を脅し文句の一つとして用いるわけです。
この脅し文句は、嘘ではありません。それだけに、余計に始末が悪いです。冤罪を争う被告は、常にこの問題と向き合う訳です。罪を認めて執行猶予でさっさと終わらせるか、あるいは最後まで争うか。
無罪を主張し最後まで戦う……そう決めたとしても、今度は別の問題があります。
仮にあなたが最高裁まで争い、しかし敗れて実刑判決を受けてしまった場合……非常に困ったことになります。
仮に、刑が二年だったとしましょう。初犯の場合、本来ならば仮釈放が貰えます。二年の場合、だいたい四ヶ月から六ヶ月ほど貰えるそうです。つまり、約一年半で出所できます。
しかし、無罪を主張し最高裁まで争った人間の場合……仮釈放は貰えないそうなのです。
これはあくまで、刑務所にいた人間から聞いた話ですが……基本的に無罪を主張している人間は、心証が悪いそうです。仮釈放を決める委員会もまた、無罪を主張していた人間に対しては非常に厳しく、「反省する気がない」と見なされて仮釈放が貰えないそうなのです。百パーセントかどうかは不明ですが、実際に仮釈放を貰えない人間を何人も見てきた、と刑務所に行った知人は言っておりました。
つまり……裁判で無罪を主張し最後まで争うと、敗れた場合は本当に悲惨な目に遭う訳です。さっさと罪を認めて反省しているふりをすれば、執行猶予で終わるはずなのに……無罪を主張したばかりに、まるまる二年もの間刑務所に行くこととなるのです。
しかも、それだけではありません。通常、懲役刑には被告だった時の日数が引かれます。
例えば裁判まで半年かかり、二年の刑だったとします。この場合、その二年から……だいたい三ヶ月ほどが引かれるそうです(もちろん日数はケースバイケースですが)。つまり、一年と九ヶ月の刑になるわけです。
さらに、そこから仮釈放が貰えると……約一年と三ヶ月ほどで出所できるわけです。大して変わらねえじゃねえか、と思うかもしれませんが、その差は大きいらしいです。
ところが、無罪を主張して敗れたら……裁判までかかった日数はほとんど引かれないそうです。つまり裁判まで半年かかり、二年の刑を受けた場合……そこから丸二年、刑務所に入るわけです。もちろん仮釈放はもらえません。
こんな話を、留置場などでベテランの犯罪者から聞かされた場合……それでも無罪を争い戦い続けることが出来るでしょうか。
しかも、裁判の間にかかる費用も馬鹿にはなりません。家族の負担などを考えると……さっさと罪を認めて、執行猶予で出ようと考えたとしても不思議ではありません。
結果、無実の罪で有罪判決を受け、執行猶予で出てくる……こんな人、実は少なくないそうです。
ただ、一つ言わせていただくと……犯罪者には、基本的に嘘つきが多いです。中には覚醒剤の使用と所持で逮捕されたのに「俺は無実だ。警察にハメられた」などと主張し罪を認めず、最高裁まで争った者もいたそうです。
その男は自宅から覚醒剤の小袋が発見され、尿検査でも覚醒剤の反応が出ているのに、それでもボクはやってない……と言い続けた訳です。もはや、自分の嘘を信じてしまっているのでしょうか。ちなみに、その人も仮釈放が貰えず刑を満期まで務め上げたそうです。
また、同じ覚醒剤でも「俺は精神科医から処方された薬を飲んだら記憶が飛んだ。気がついたら、家に覚醒剤があったんだ。心神喪失状態での使用と所持だから無罪だ」などと言った人もいたそうです。実際、心神喪失を理由に無罪を主張する人も少なくないとか。
こんな輩ばかりを相手にしていると……無罪を主張する人への風当たりが強くなるのも仕方ないのかもしれません。結局のところ、こうした多くの嘘つきの存在が冤罪を生み出す一因になっている部分はあるでしょうね。
最後に、念のため書いておきますが……仮に執行猶予で出られたとしても前科は付いています。いったん前科が付いてしまうと、大なり小なり人生に影響を及ぼします。それは確実に、いい影響ではありません。