ドラゴンランス戦記〜ろくでなしパーティーが世界を救うファンタジー
たまに他のユーザーさんの活動報告を見ると、オススメのファンタジー小説を書かれていることがあります。比較的、多く挙げられているのは『ロードス島戦記』でしょうか。後は『アルスラーン戦記』『隣り合わせの灰と青春』などでしょうかね。
そんな活動報告を見ているうちに、私の中に不思議な感情が湧いてきました。あの名作ファンタジーを挙げる人間が誰もいないのは、どういう訳だ! という無念の思いです。
そんな訳で今回は、『ドラゴンランス戦記』なるファンタジー小説を紹介させていただきます。アメリカにて大ヒットし、日本に入って来た作品だとか。
私がこの作品を初めて読んだのは、小学生から中学生になる頃であったように記憶しておりますが……明らかに大人向けのストーリーでした。ファンタジーでありながら、幼い私に大人の世界の厳しさを教えてくれた作品でしたね。
「俺たちは、英雄の器ではない」
主人公のパーティーを率いるタニスのセリフですが、この言葉が全てを物語っている気がします。という訳で、まずは主要な登場人物の紹介から。
◎タニス(ハーフエルフの男)
一行のリーダーであるハーフエルフです。ハーフエルフと聞くと、ラノベに登場するような細身の美形を思い浮かべるかもしれませんが……あいにく彼は顎髭を生やしています。
このタニスですが、まず出生からしてヤバいです。人間の男に強姦されたエルフの女から産まれ、エルフの国で蔑まれながら育ってきた、という生い立ちなのです。
やがて成長したタニスはエルフの国を飛び出し、人間たちの世界で暮らすようになります。そんな中で、後に登場するフリントや幼い頃のスタームやキャラモンやレイストリンといった面々と出会い、彼らと親交を育んでいきました。しかし成長するにつれ、彼らはそれぞれの道を歩み始めます。
時が流れ、タニスは逞しく成長したスタームたちと再会し(タニスは長命なエルフの血を引いているため外見は変わりません)、タニスを中心としたパーティーが出来上がる……というところから物語は始まっています。つまり、タニスはパーティーの面子にとって頼れる兄貴分な訳ですね。事実、パーティーの中では一番まともな常識人ではあります。
もっとも、タニスも色々な問題を抱えた人物ではあるんですよね。たとえば、彼はこんなことを聞かれます。
「ハーフマン(半人間)ではなくハーフエルフと呼ばれるのは、何故だ?」
この問いに、タニスはブチ切れそうになりながらも冷静に答えるのですが……こういったやり取りは、日本人作家には書きづらい部分がありますよね。人種問題に敏感なアメリカならでは、でしょうか。
また、タニスには恋人がいます。エルフのローラナという娘ですが……以前はキティアラという人間の女と付き合っていました。物語が進む中、タニスはある町でキティアラと再会します。感情の赴くまま、タニスはキティアラと数日の間ホテルのような場所にしけこみます。
姿を消したタニスを、仲間たちは心配していたのですが……タニスは「あ、いや、ちょっとね」などと嘘を吐きます。しかし、この嘘がバレた時「ああ、そうだよ! キティアラといたよ! ヤってたんだよ! 悪いかよ!」と仲間に逆ギレしてます(セリフはかなりデフォルメしていますが)。
こんな困った男ですが、一応はリーダーなのです。
◎スターム(人間の男)
このスタームは、ソラムニア騎士団という組織に所属する騎士です。剣の腕もなかなかのもので、戦いの際は頼りになります。
ただ、非常に面倒くさい男でもあります。例えば敵が迫ってきた時、無用な戦いは避けて逃げようと提案するタニスに「私は敵に背を向けたりしない!」などと言い出し、皆を困らせます。
また、仲間の一人が何気なく放った言葉に過敏に反応し「私はソラムニアの騎士だ。私のことを疑うというのか、ならば決闘だ!」などと言い出し、皆を慌てさせたりします。
要するに、冗談の通じない堅物なんですよね。それも、シャレにならないレベルの。
しかも、この人には重大な秘密があります。それが明かされた時は、読んでいて唖然となりましたね。ネタバレを避けるため、はっきりとは書けませんが、実はこの人は無茶苦茶カッコ悪い男なんですよ。もう、なんというか……私はこういう人、いっぱい見てきた気がしますね。
もっとも、この人は終盤にて美味しいところをかっさらっていきますので……それで帳消しかな、という感じでしょうか。
◎フリント(ドワーフの男)
曲者ぞろいのパーティーのメンバーの中でも、このフリントは比較的まともな方です。年老いてはいますが、いざとなれば斧を振るい戦います。ゴブリン程度なら片付けられるくらいの強さは維持しています。また、パーティー……特にタニスの良き助言者としても活躍していました。
ただ、あくまでも「比較的まとも」でして……このフリントは、老いの恐怖に怯えています。また思うようにならぬ自身の体に腹を立てたり、年寄りに特有の「愚痴を吐き続ける」という癖もあったりします。
ある時、パーティーは山の中を進んでいました。ところが、歩いている最中にフリントは延々と文句を言い続けました。頭に来たキャラモンは「奴を山から放り投げちまおうぜ」などとタニスに物騒なことを言っています。
また、船で旅をした時には……原因不明の病に悩まされ(ただの船酔いなのですが)、後に登場するタッスルに遺言を託そうとする始末です。
もっとも、基本的にこの老ドワーフはタッスルとの漫才コンビのごときやり取りで、シリアスな雰囲気を和らげる役目です。したがって、あまり重要な役割は担っていませんが、出番は多いですね。
◎タッスル(ケンダー族の少年)
このタッスルは、ケンダー族という特殊な種族の少年であり、かつ盗賊でもあります。
そもそもケンダー族は、存在自体が厄介者なのです。まず、ケンダー族には生まれついての万引き癖……いや、盗癖があります。何か気に入った物を見つけたりすると、無意識の内に手が動きポケットの中に入れてしまうのです。つまりケンダー族は、老若男女を問わず全てが泥棒な訳ですね。実際、こういう症状の心の病もあるそうですが。
タッスルの体に染みついたケンダー族特有の盗癖のせいで、パーティーが面倒に巻き込まれたこともあります。
そしてケンダー族のもう一つの特徴が、恐怖を感じにくいことです。作中でも、タッスルは何者も恐れません。ドラゴンだろうとアンデッドだろうと、平気で近づいて行きます。時には、彼の無謀とも思える行動が一行の危機を救ったこともありました。実はタッスルこそが、この物語におけるワイルドカードのごとき存在なのです。
事実、タッスルの死を覚悟した上での行動が、国家間の危機を回避したこともありました。
また、タッスルはベラベラと喋りまくるウザいキャラでもありますが、シリアスな作品の空気を和らげる役割をも担っております。私、このタッスルが2番目くらいに好きですね。
◎キャラモン(人間の男)
キャラモンは、身長百八十センチ・オーバーで体重は百キロを軽く超えているマッチョな戦士です。戦いの際には、もっとも頼りになる男ですね。
作中の描写は、髪が肩まで伸びた筋肉隆々なイケメンとして描かれています。例えるなら、映画『コナン・ザ・グレート』にてアーノルド・シュワルツェネッガーが演じたコナンでしょうか。古くてすみません。
このキャラモンは見た目同様に大食漢で、かつ爽やかな好青年なのですが……一つだけ不可解な点があります。なぜか、弟に異様なまでの愛情を注ぐのです。
キャラモンの弟であるレイストリンは、まあ異様なキャラでして……何を考えているのか分かりません。事実、タニスですら「このメンバーの中でもっとも信用できない者は、君の弟だ!」などと言っていますが……そんな時には、悲しげな表情でうつむいたりしています。
また、レイストリンが皆から裏切りの疑いをかけられたことがありました。その時、レイストリンは一行に向かい「僕が裏切り者だと思うなら、今すぐ殺せばいい。僕は止めませんよ」と言い放ちます。直後、キャラモンも「その時は、君たちは俺も殺さなくてならないぞ」と脅しともとれる言葉を吐きます。
爽やかなイケメン戦士でありながら、弟に向ける異常なまでの愛情ゆえにパーティー内で孤立することもある……それがキャラモンという男です。
念のため書いておきますが、彼はゲイではありません。ティカという彼女がいますし、後に結婚します。
◎レイストリン(人間の男)
レイストリンは若き天才魔術師なのですが、この男こそが、パーティーの中でも一番のトラブルメイカーであり、一番ミステリアスなキャラなのです。
まず異様なのは、その見た目です。タニスらとの久しぶりの再会の時、髪は白く肌は金属のような色、砂時計のような奇妙な形の瞳孔を持った姿で現れ皆をギョッとさせました。
しかも、このレイストリンは発言から行動に至るまで全く空気を読みませんし、チームワークなど完全に無視です。彼はひたすら、己の欲するままに動きます。ある時など、ドラゴンとの激戦の挙げ句に崩れそうになっている地下の遺跡で魔術の書を探し続け、タニスに「早くここから出ないと殺すぞ!」と言われ、しぶしぶ引き上げています。
また、旅の途中では……あるアイテムを手に入れるため、パーティーを全滅の危機に晒しました。そのことをタニスに咎められた時は「僕が何を知っているか、いちいちあなたに言う必要は無いでしょう」と言い放っています。
また、レイストリンの吐く言葉は皮肉に満ちたものです。タニスに「この戦いに希望は無いのか?」と問われると「希望とは現実の否定です。馬の鼻先に吊るして歩き続けさせるための人参です。そんな人参は取り除き、自分の頭で考え行動すべきでしょう」と答えました。レイストリンの性格が現れている言葉ですね。
そんなレイストリンは、ストーリーが進むにつれ魔力を増していきます。基本的に、このパーティーはみな弱いのですが……レイストリンはひたすらに力を追い求め、最終的に化け物じみた強さを手に入れることとなります。
彼がなぜ、力を求めるのか……その辺りも、断片的ではありますが作中にて描かれています。病弱な子供時代や、強く優しい兄に守られ惨めな思いをしていた少年時代を、レイストリンは皮肉たっぷりの言葉で語っています。レイストリンの、幼い頃から育まれた心の闇……ただ、そこには誰しもが共感してしまう部分があるのも確かですね。
このレイストリン、作品が発表された当時は一番人気があったそうです。ちなみに、私も一番好きなキャラですね。
他にも、リバーウィンド&ゴールドムーン夫妻やタニスの恋人であるエルフのローラナ、キャラモンの恋人であるティカなどがいます。彼らもまた、魅力的なキャラではありますが……上に挙げた面々と比べると、準レギュラー的な感じですね。まあ、ローラナなんかは後半で化けたりするのですが。逆にリバーウィンド&ゴールドムーン夫妻なんかは、後半になると出番がなかったりします。
あくまで個人的な意見ですが、この『ドラゴンランス戦記』の魅力の一つは、主人公たちの弱さにあると思うんですよね。
実は、主人公たちは雑魚キャラと大して変わらない強さなんですよ。メンバーの中で最強の戦士であるキャラモンですら、タイマン勝負ならオーガーやミノタウロス相手に苦戦します。
さらに、中ボスのポジションであるドラゴン卿(人間です)のベルミナァルドと戦った時には……ベルミナァルド一人を相手にパーティーは全滅寸前まで追い込まれてます。「俺たちは英雄の器ではない」との言葉は、キャラの強さという点からも頷けますね。
さらに、人間としての弱さもきちんと描かれています。特にレイストリンは、異様なまでに力を求めますが……それは、彼の弱さ故であったのではないかと思うんですよね。もっと時間をかけて、己の弱さときちんと向き合うことが出来たなら、レイストリンの人生はだいぶ違っていたと思うんですよね。
他にも、二つの種族の間で揺れ動くタニス、騎士としての生き方に疑問を感じるようになったスターム、エルフであるローラナの美しさに戸惑うレイストリンなどなど……人間の弱さや脆さが、これでもかとばかりに描かれているんですよね。
しかし、描かれているのは弱さばかりではありません。そこから立ち上がり戦いに挑んでいく強さも描かれています。弱いはずのキャラが、追い詰められた状況下で己を鼓舞し強敵に挑む心理描写は素晴らしいですね。特に、中盤から終盤にかけてのスタームの戦いぶりは……美味しいところをかっさらっていった感があります。
この作品、ラノベのファンタジーのような単純なカッコよさはありませんが、深みのある物語を楽しみたい方には、是非オススメします。実は今まで廃刊になったと思っていましたが、知らないうちに復刊していたようです。
余談ですが、この『ドラゴンランス戦記』には続編があります。レイストリンが神に挑む……という、とんでもない話になっております。こちらは廃刊のままなようですが、中古ならば手に入ります。気になった方は是非。




