色物扱い
昔の話ですが、とある芸能人が薬物で逮捕された時のことです。某ワイドショーに、過去に薬物で逮捕された経験のある元タレントが出ていました。
この元タレントは、自身の辛い経験を語っていましたが……明らかに色物扱いといいましょうか、どこか「薬物のせいで落ちぶれてしまった元タレントの今」という空気が漂っているような気がしましたね。また、その空気を作り出しているのは……他ならぬ制作側の方であるようにも思いました。私の気のせいかもしれませんが。
芸能人が薬物絡みで逮捕されたりすると、必ずと言っていいほど医者が出てきて「薬物は脳に影響を〜」「薬物は内臓に害を〜」などと、医学的な見地から薬物の害について語ります。さらには、薬物により精神病院に入院させられた人の映像なども放映されたりしています。
もちろん、それが悪いとは言いません。薬物を続けていくうちに、精神を病んでしまった人間は確実に存在するのですから。肉体や精神を破壊していく……薬物には、そういった怖さもあります。
ただ、薬物の一番の怖さはそこではない……と私は思っています。はっきり言いますが、映像に登場する薬物依存の患者は皆「最悪の地点に行き着いてしまった」人間たちです。つまり、あまりにも極端な例なんですよね。
たとえて言うなら、アルコール依存症のため精神に異常をきたしてしまった人の映像を見せて「酒を飲むとこうなりますよ」と主張するのと同じです。
ところがワイドショーなどでは、そんな誤った主張がまかり通っていたりします。時には医療関係者でさえも、誤解しているケースもありますからね……まあ、確かに閉鎖病棟にいる入院患者のインパクトは強烈ではありますが。
しかし、薬物の真の怖さはそこではありません。以前にも書きましたが、今回は別のタイプを書かせていただきます。
覚醒剤の依存症……俗にいう「ポン中」は本当に始末に負えません。彼らは、平気で人を裏切ります。それが二十年来の親友であろうと、大恋愛の末に結ばれた嫁さんだろうと同じことです。
また、ポン中は時にとんでもない行動を起こします。二十歳の時のことですが、マコ(もちろん仮名です)という友人がいました。マコは無職で、おまけにポン中だったのです。働きもせず、実家でブラブラしているような男でした。
ある日、私はマコの家に呼ばれました。家といっても、狭いアパートの一室です。仕切りもなく、すぐそこにマコの母親がいるような状態でした。
マコの母親は、明らかに私を歓迎していない様子です。まあ、それも無理からぬ話でしょう。狭いアパートにて、ニートの息子が友だちを呼んだ……家の住人としては、あまりいい気分ではないでしょうね。
私もその空気を感じ取り、ちょっと嫌な気分になっていました。しかし、そんな空気など一瞬で吹き飛ばす事態が起きます。
マコは、母親の方をちらりと見ました。母親は、居間の方でテレビを見ながら掃除か何かをしていた……ように記憶しております。はっきりとは覚えていませんが。ただ、我々二人との距離は、ほんの二〜三メートルほどだったのは確かです。
するとマコは、隠しておいた注射器を取り出しました。そして、自身の肘の静脈に突き立てたのです。
その行為が何であるか、説明するまでもないでしょう。マコはすぐそばに母親がいる状況であるにもかかわらず、覚醒剤を射っていたのです。
もう一度書きますが、そこには仕切りがありません。マコは一応、本棚か何かの陰にいましたが……母親が何かの拍子にふっと覗きこんだら、マコが何をやっているかは一目瞭然です。
そんな状況で、マコは覚醒剤を射ちました。もはや、気が狂っているとしか言い様がありません。恐らく、覚醒剤が射ちたいとなったら我慢できないのでしょう。
さて、覚醒剤を射った直後、マコは上機嫌であちこちに電話をかけ始めました……そして、一人の友人宅へと出かけます。私はビビりながらも、仕方なく付いて行きました。この男が外で何かやらかしたら止めよう、と思いましたので。
もっとも、今だったら適当な理由を付けて一人で帰ります。こういう人間に情けをかけても、確実に本人のためになりませんから。
余談ですが、ほとんどの薬物依存症の人間は、薬物が効いている間は外に出ようとしません。言うまでもなく他人の目を恐れてのことです。まあ、別の理由もありますが。
しかし、中にはやたら活動的になり、外に出たがる者もいます。これは非常に危険なタイプですね。薬物の摂取が日常化し、警戒心が消え失せてしまっているのです。
ここで言う「警戒心」とは、己に対する警戒も含まれます。今は薬物が効いている。だから外の出来事に対し、思わぬ反応をしてしまうかもしれない……そういった不安から、彼らは室内にこもります。つまり、薬物をやれば自分自身をコントロール出来なくなる、という自覚がある訳です。
ところが、外に出たがる連中にはその自覚がありません。彼らは薬物を長くやり続けてきたせいで、薬物を完璧にコントロール出来ると信じています。こうなると、もはや末期的としか言い様がありません。挙げ句の果てには、外でとんでもないことをやらかして逮捕されたりします。
こんな例は、他にも腐るほどありますが……きりが無いので、このへんにしておきます。今回言いたいのは、テレビでは医者などの医療関係者が「薬物をやると精神が壊れ廃人になる」「内臓がやられ、オーバードーズで死ぬ」などと言っています。もちろん、それは間違いではありません。
ですが、その意見はあくまで一面的なものでしかありません。はっきり言いますが、薬物の末路が百パーセントの確率でオーバードーズになったり、精神を病んでしまうということは有りません。むしろ、百パーセントの確率でオーバードーズになったり、精神を病んでしまうのであるなら、薬物をやる人間は今よりも確実に減っているでしょうね。
実際の話、大麻や覚醒剤といった、ある意味メジャーな違法薬物に限っていうと……日本人であるなら、それらを「悪いもの」として認識しているはずなのです。
では、何故その悪いはずのものに手を出してしまうのか……そのあたりのやり取りをきちんと知らないことには、いくら薬物の害を訴えたところで無意味でしょうね。
今の時代は、情報に溢れています。薬物が体や心に悪いことなど、知らない人間はいません。にもかかわらず、何故始めてしまったのか。どうすれば止められるのか。そこを詳しく研究し、対策を考えなければ何もなりません。
そして我々は医療関係者の言葉だけでなく、薬物にハマって地獄を見てきた人達の言葉にも、もっと真剣に耳を傾けなくてはならないと思うんですよ。
今のワイドショーなどでは、ダルクの関係者や薬物で逮捕された元タレントのような人は、色物として扱われている印象ですが……薬物の真の怖さを知っているのは、こういう人達ではないでしょうか。
とにかく、声高に薬物の害と怖さだけを訴えるという今のやり方では、薬物を撲滅することなど不可能でしょう。ただ個人的は、薬物と人間との戦いに終わりはないと思っていますが……。




