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脳内達人の恐怖(裏)

 これは十年ほど前、私が実際に体験した話です。なお、細かい部分についてはいろいろ問題があるので明かせません。また、私の独断で実際に聞いた話とは、若干ではありますが異なる描写をしている部分もあります。




 当時、私はニートでふらふらしていました。当然ながら、両親はそんな私に腹を立てており、私に金など恵んではくれません。

 ある日、金に困った私は知り合いに相談しました。すると、知り合いは言います。


「働け」


 至極もっともな意見ですね。かくして私は、その知り合いである哲夫さん(仮名です)の仕事を手伝うようになりました。手伝うと言っても月に二回くらいでしたが、何とか収入は得ていたわけです。

 ちなみに、この哲夫さんは当時、便利屋を営んでいました。もっとも、その内容はというと……若干ではありますが、グレーゾーンに踏み込むような仕事をしていたのです。ヤバい仕事には私は関わっていませんが、いろいろと手広くやっていたのは確かなようですね。

 余談ですが、当時の便利屋の中には、グレーゾーンに足を踏み込む業者も少なくなかったそうです。中には、三十万円の報酬で死体の処理を引き受けた(ユンボで穴掘って埋めるだけですが)業者もいたとか。もちろん、根も葉もない噂かもしれませんが。


 そんなある日、私は哲夫さんに呼び出されました。どうやら仕事のようです。 何事だろうか、と思いながらも指定の場所に行ってみると、そこには哲夫さんと二十代くらいの若い女性が立っていました。二人とも、真剣な表情で何やら話し合っております。

 到着した私が聞かされた話は――


 この女性・A子さん(言うまでもなく仮名です)の話によると、彼女は一月ほど前にこの町に越して来ましたが……二週間ほど前から、変な男が近所をうろつくようになったのです。

 その男は年齢が五十代から六十代くらい。昼間から近所を徘徊し、時おり「アー!」と叫んだり、両手に一本ずつ缶ジュースを持ってゲラゲラ笑っているそうです。時には「おい○○! おい○○!」などと壁に向かい怒鳴ることもあったとか。あまりにも怖いので、何とかして欲しいとのことです。ちなみに警察には既に何度か通報したのですが、単なる変な人では取り締まることが出来ないと言われたとか。一応、自転車の警官が注意はしたそうですが。


 話を聞いていて、私は不安になりました。相手は完全におかしいようだが、哲夫さんはどうする気なのだろうか。もし、相手がノーマン・ベイツ(映画サイコに登場した殺人鬼)のごとき者だったとしたら?

 しかし、哲夫さんは平然として言いました。

「でしたら、まずは行ってみましょう」




 道のど真ん中に、その男は立っていました。

 身長はやや高め。メガネをかけていて、真っ白い頭と、濃い色の眉墨で無理やり書いたかのような眉毛が特徴的です。痩せてはいますが、妙にアグレッシブな雰囲気を漂わせている男でした。尋常ではない目付きで、周囲をキョロキョロ見回しながら一人で笑っています。

 そんな男に、哲夫さんは平然とした様子で近づいて行きます。私も、後ろから付いて行きました。

 哲夫さんは、にこやかな表情で話しかけます。

「すみません、ちょっといいですか?」

 すると、男は哲夫さんを睨み付けました。そして、こんな言葉を吐いたのです……。

「お前はデカイ。だが、素早く動けないだろう」

 ここで哲夫さんの外見を説明しますと、身長は百七十八センチで体重は八十五キロ。私を一回り大きくしたような体格です。見た目に比例した腕力の持ち主であり、若い頃はかなりの暴れん坊でした。かなりの強面で、大抵の人は初対面で怯んでしまうでしょう。

 しかし、男はよほどの自信があるのか、哲夫さんをじっと睨み付けています。

 私はビビりました。あの哲夫さんに怯まないとは。この男、おかしな薬でもやっているのかもしれない。あるいは、刃物を所持しているのかもしれない……私はビビりながらも、哲夫さんの横に立ちました。

 すると、男はこう言ったのです。

「お前らなんか怖くないぞ! 束になってかかって来い! オラ!」

 その後の光景は、あまりにも恐ろしいものでした。

 私と哲夫さんの前で、男はシャドーボクシングを始めたのです。まるで某新喜劇かコントの1シーンのような勢いで。

 しかも、その動きは見るも無惨なものでした。明らかな手打ちのパンチ、キレのない動き、力んでいるため遅いストレート……ド素人まるだしのシャドーボクシングです。もう一度書きますが、本当にコメディー映画の1シーンのような動きなんですよ。

 男は、唖然としている私たち二人の前でシャドーボクシングを十秒ほど続けました。しかし、疲れたのか不意に動きを止めました。ポケットからタバコを取り出し、吸い始めます。

 その姿を見た私は、ちょっとイラッときました。

「すみません、さっきから何してるんですか?」

 私は、男を睨みながら尋ねました。この時は恐怖よりも、男に対する苛立ちの方が勝っていましたね。

 すると、男は私にこう言ったのです。

「行け」

「はい?」

 私は聞き返しました。すると、男は私にはっきり言いました。

「いいから、もう行け」

 正直、この言葉にはカチンときました。その瞬間、私の表情が変化していたのでしょうか……男は、後方に飛び退きました。そして、またしてもボクシングのような構えで地面にしゃがみ、

「なんだあー!」

 と叫んだのです。私は混乱しました。男は、何故かしゃがみこんだ体勢でファイティングポーズをとり、下から私を睨み付けているのですから。

 すると、私の腕を誰かが掴みました。振り返ると哲夫さんです。

「赤井、もういいよ」

 言いながら、哲夫さんはチラチラと後方に視線を移します。つられて、私もそちらを見ました。

 すると、そこにはA子さんと数人の老人たちが立っていました。うち一人の老人が、私たちに手招きしています。

 私と哲夫さんは、その老人たちの所に行きました。


 老人たちから聞いた話は、意外なものでした。

 我々の前でシャドーボクシングをした男は、二十年ほど前にここに越して来たのです。もともとは、この辺りの大地主の息子であり、違う町に住んでいたのですが……二十年前に事業に失敗し、実家に転がりこんで来たそうです。

 以来、男はずっと自宅に引きこもっていたそうです。しかし、数年前から様子がおかしくなりました。公園で太極拳のような動きをしたり、奇声を発しながら近所をうろうろしたり、見知らぬ通行人に話しかけたりと、奇行が目立つようになりました。

 近所の人たちも困っていましたが、警察に通報しても何も出来なかったそうです。もっとも警察も、親には色々と言ったのですが……親は聞く耳もたなかったらしいです。

 そんな時、男は数人の不良中学生に喧嘩を売り、病院送りにされました……怪我が治った後も、そのまま精神病院に入院することとなりました。

 近所の住民たちは、ほっと胸を撫で下ろしたのですが、男は三ヶ月ほど前にまたしても実家に戻ってきたのです。

 それでも、初めはおとなしく生活していましたが……二週間ほど前から、またしても奇行が目立つようになってきました。

 困ったもんだ、と近所の人たちは頭を抱えていました。そんな中、何も事情を知らずに越してきたA子さんは男の姿や奇行を見て怖くなり、哲夫さんに依頼したのです。

 そして、男は私たち二人の前でシャドーボクシングを始め……それを見た近所の老人が、すぐに通報したのです。

「○○さんの息子さんが、通行人に殴りかかっています。すぐに病院に戻してください」


 要は、私たちの存在が男を病院へと逆戻りさせることとなったのです。

 ちなみに、哲夫さんとA子さんと老人たちは、しばらくの間その場で打ち合わせをしていました。いざとなったら哲夫さんが被害届を出すとか、A子さんは無関係のふりをするとか、老人たちの目撃証言についての口裏合わせなどなど……ここから先は、完全にグレーゾーンの話に突入してましたね。一応は、私も参加して話を聞いていましたが、唖然となってしまいました。

 ちなみに、私のその日の日当は一万円でした。拘束時間は約三時間弱なので、時給と解釈すれば高いのでしょう。ただ、色んな点やリスクを考慮すると……難しいところですね。

 もう一つおまけですが、哲夫さんはその後いろいろあってグレーゾーンの仕事とは縁を切り、今は静岡で解体屋をやっているそうです。







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