自動車について
恥ずかしい話ですが……実は私、いい歳をしていながら、車の免許を持っていません。当然ながら、車の運転は出来ませんし、したこともありません。
これは何故かと言いますと、都内は電車やバスなどの公共交通機関がくまなく張り巡らされており、車を運転する必要がないから、というのが表向きの理由です。
しかし、実際には別の理由があるのです。私は幼い頃、三度も交通事故に遭いました。三度とも乗用車に跳ねられたのですが、二度目の時などは完全に意識が飛びましたね。
「あれ、俺なにやってんだ?」
気が付いたら、アスファルトに覆われた地面に倒れていました。跳ねられた記憶が、ほんの一瞬ではありますが、頭から消えていたんですよね。
その後、病院にて精密検査をしましたが、脳に異常は無かったそうです。
当時の私は、三度も交通事故に遭ったという事実を、大したことだとは思っていませんでした。むしろ「俺って頑丈じゃん」などと、バカなことを考えていたのです。
しかし成長してから、自分の事故について振り返ってみると……本当にゾッとしましたね。
当時の私は、バカな上に注意力散漫でした。交通事故は全て、私の不注意による飛び出しが原因です。むしろ運転していた人が、安全運転をしていたからこそ、大したケガもなく無事でいることが出来ました。つまり事故は、百パーセント……とまではいかないにしろ、九十パーセントくらいは私が悪かったのです。
にもかかわらず、運転していた人たちは私に対し、真っ青な顔で謝ってきました。仮に、私が事故で死んでいたなら……運転していた人たちの心に、人を轢き殺したという傷を負わせることにもなっていたのでしょう。ひょっとしたら、交通刑務所に送られていたのかもしれません。
成長し、その事実に気づいた時、私は決意しました。車の運転は止めておこう、と。人を殺してしまうかもしれないような道具を扱えるほど、自分が思慮深い人間ではないことは、これまでの人生で理解していましたので。さらに、私が車を運転していたら……幼い日の私のような、バカな子供が飛び出して来ないとも限りません。
もう一つ、別の理由もあります。 私の父の友人は、かつてトラックの運転手をしておりました。ところが、いきなり飛び出して来た子供を跳ねてしまったそうです。結果、その子供は亡くなりました。
詳しい事情はよく知りませんが、私が父から聞いた話によれば……父の友人は交通刑務所に行ったそうです。そして出所後は、車の運転が出来なくなったそうです。人の命を奪うかもしれないものに関わりたくない、と言っていたとか。
私は、自分がいい加減な人間であることを知っています。車の運転中によそ見をする確率は、普通の人より高いです。さらに、車は凶器です。考えようによっては、ナイフや拳銃より殺傷能力はあるでしょう。「ついうっかり」ブレーキとアクセルを踏み間違えただけで、何人もの人間を殺すことが出来るのですから。
しかも、その罪の重さはといえば……殺人罪に比べれば遥かに軽いです。今でこそ、危険運転致死傷罪により飲酒運転などの危険な運転には懲役十五年以下の刑が課せられるようになりましたが、それでも死刑になるわけではありません。しかも、昔は懲役五年で済んでいたそうですから。
仮に、殺したい相手が外を歩いていた時、わき見をしたふりをして車で轢き殺し、五年以下の懲役で済ませた……そんなケースが、昔はあったのかもしれません。実際、裏社会の人間の用いる殺害方法の中には、事故に見せかけ殺すという手口もあると聞きました。あくまでも噂ですが。
まあ噂はともかく、車を運転されている方は……くれぐれも注意してください。自分が気を付けていても、バカな子供は飛び出してきますので。
ここからは完全に余談ですが……なろうでは一時期、トラックに跳ねられた主人公が転生し、異世界に行くというストーリーの作品が多く投稿されていました。今はどうなのか知りませんが、完全に0になった訳ではないようですね。
正直そういったシーンを読むと、私はいい気分はしません。作者さんの頭には、轢いてしまったドライバーの苦しみや、その後どのような罰を受けるか……などという事実は、どうでもいいこととして片付けられているようです。
まあ、なろうの異世界ものは全てフィクションです。フィクションにいちいち目くじらを立てていては、話にならないのも確かですね。
ただ、そうした作品の主人公たちは、トラックのドライバーの人生を犠牲にしてチート能力を得て、挙げ句に異世界でハーレムなんかを作ってウホウホ言っている訳ですよね。まるで『ベルセルク』のベヘリットを使用した使徒のように(ベルセルクを知らない方、すみません)。
事故のため、残りの人生を悲観し自殺したトラックドライバーがチート能力を得て、復讐のため異世界に乗り込んでいく……というようなストーリーの作品は無いのでしょうか。まあ、有ってもウケないかもしれませんが。




