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薬物の真の怖さ

 いきなりで恐縮ですが、私の周囲には薬物をやっていた人間がかなりの数いました。逮捕され、刑務所に入った者も数人おります。

 私はそんな連中のおかげで、大小さまざまな迷惑を被ってきました。まともだったはずの人間が、薬物で狂っていく過程も間近で見ています。

 ですので、薬物の真の怖さは普通の人よりは知っているつもりです。正直、ほとんどの人は薬物の怖さに対し誤ったイメージを持っているように思われますし、さらに言うと「薬物にハマる奴なんかバカだ」という一言で切り捨てているような気もしますね。なので、この場をお借りして薬物の真の怖さについて出来るだけ詳しく語ります。もっとも、私の拙い文章力で伝わるかどうかは不安ですが……。


 芸能人などが逮捕されると、医者や学者などがワイドショーなどに登場して薬物の効果や害などを延々と語ります。何処の神経に作用するとか、脳や内臓に与えるダメージ、さらには裏社会との繋がりなどについて様々なデータを元に語ります。確かにそれらは深刻な問題であるのは間違いありません。

 ただ、そういった学者さんたちは見逃している点があります。それこそが、薬物の真の怖さです。私が、これまで会った薬物依存性の人間から聞いてきた話……それは、世間のイメージとは異なるものでした。




 薬物について、皆さんはどのようなイメージをお持ちでしょうか。大半の人が、涎を垂らしながら笑顔で車の運転席から引きずり出されていた映像や、やつれた表情で警察に逮捕された芸能人の姿などを思い浮かべるのではないかと思います。

 あるいは、おかしな事を叫びながら刃物を振り回す姿や「ダメ、絶対」と書かれたポスターではないでしょうか。


「俺もそう思ってた。でも違ってたんだよ。覚醒剤を射ったからって、涎を垂らしたり刃物を振り回したりしなかったんだよ」


 中学生の時に覚醒剤を射ち始めたエイジ(仮名です)さんは、私にそう言いました。あれは結局のところ、作られたイメージであると。薬物の怖さを知らしめるために、あえて大げさな映像やデータを選んで放送しているのだと。

 事の真偽はともかく、基本的に薬物をやるようなタイプの人間は嘘に対し敏感です。また、恵まれない家庭で育った人間も多く、世間一般の常識や法律というものを信用していない部分があります。

 彼らは思春期に、大人たちの嘘によって散々に傷ついてきました。そのため、一般的な大人たちの言葉(テレビや本なども含めて)など信用していません。それよりも、周囲の友人や先輩たちの言うことを信用します。

 その友人や先輩たちが、目の前で薬物を摂取している……見たところ、確かに異様な雰囲気ではある。しかし、ヨダレを垂らしたりブツブツ呟いたりはしていない。ならば、問題ないのではないか。何より、この状況で自分だけやらないとは言いづらい……。

 こうして、薬物を始める若者が誕生します。


 さて、薬物の真の怖さですが……先ほども書いた通り、脳や内臓へのダメージではないと私は考えています。もちろん、それらは無視できるものではありません。

 しかし、さらに恐ろしい症状があるのです。それは……脳や内臓へのダメージを承知の上で、それよりも薬物のもたらす快楽を優先してしまう点です。

 聞いた話ですが、かつて覚醒剤撲滅キャンペーンにて「覚醒剤やめますか? それとも……人間やめますか?」というキャッチコピーのCMが作られたそうです。なかなか強烈な言葉だな、と私などは思うのですが、本格的なポン中(覚醒剤の依存性の人間を指すスラングです)にとっては何の効力もない、とエイジさんは言っておりました。


「シャブやめるくらいなら人間やめる、それがポン中だよ。俺だって、シャブは一生やめないと思ってた」


 そう、ポン中にとって……人間をやめる事など、屁とも思いません。脳に影響が出る、内臓が損壊する、精神が崩壊する、などといった情報すら、彼らを止める役には立たないのです。

 それこそが、薬物の真の怖さです。ポン中の頭の中を占めているのは薬物への欲求だけで、それ以外のものなど意に介しません。

 そんな人間たちのため、私は随分と迷惑を被ってきました。ポン中という人種は、とにかく疑り深いです。さらにいい加減で、人との約束など平気ですっぽかします。

 その上、自宅に上げることが出来ません。何故なら、金目の物があれば勝手に持ち出していくからです。友人や恋人や家族などといった存在ですら、彼らは平気で裏切ります。それも罪悪感を感じずに。


 かつて、私の友人にゴステロ(もちろん仮名です)という男がいました。ゴステロは喧嘩早い男ですが、気のいい奴でした。しかし、絡まれたのがきっかけで相手をぶちのめしてしまい、傷害で訴えられて一年ほど刑務所に行っておりました。

 ところが、刑務所から出て来たゴステロは変わっていました。最初のうちこそ、トラックのドライバーなんかをやっていたようでしたが……やがて仕事を辞め、得体の知れないことで金を稼ぐようになりました。

 それからです、ゴステロが変わってしまったのは……奇怪なメールがたびたび来るようになりました。


「床から、誰かが俺の悪口を言ってるのが聞こえるんだよ」


「赤井、芸能人の○○だけどな……あいつシャブやってるぞ。俺には分かる」


「誰かが、俺の家に電波を飛ばしてストーカーしてるんだよ」


 言うまでもなく、覚醒剤による妄想です。私の知る限り、この男は刑務所に行くまで薬物とは無縁の生活をしておりました。ところが、刑務所に僅か一年いた間に覚醒剤の密売人と出会い……出所後の彼は、立派なポン中になってしまったのです。

 しかし、これは珍しいことではありません。刑務所という場所は、言うまでもなく犯罪者を収容する施設です。大勢の犯罪者の中に真っ当な人間を入れれば、多かれ少なかれ影響は受けるでしょう。かつて学園ドラマで「俺は腐ったミカンじゃねえ!」と怒鳴った不良生徒がいたそうですが、刑務所はまともなミカンですら腐らせる場所です。少なくとも、私はそう聞きました。

 たまに芸能人などが覚醒剤で逮捕された時「反省させるため刑務所に入れろ」などと言う人がいますが……こういったケースもある、という事は知っておくべきですね。もっとも刑務所について批判するのは本来の目的ではないので、この辺にしておきます。


 やがてゴステロは、私に対し訳の分からないことを言ってくるようになりました。「ストーカーを退治してくれ。でなければ金を返してくれ」と……。

 もちろん、私は彼から金を借りた覚えなどありません。ストーカーを退治する話も知りません。全ては、彼の妄想です。付き合いきれなくなった私は、ゴステロと縁を切りました。今、何をしているのかは不明です。


 さらに……私の中学の同級生が一人、高校の同級生が一人、薬物のせいで亡くなっています。

 中学の同級生は、食事も睡眠も摂らないままで覚醒剤を射ち続けた挙げ句に、体が限界を迎えて死んでしまいました。

 高校の同級生は、いい歳になってからも覚醒剤を射ち続けた挙げ句、何かに追われるように駅で電車の前に飛び込んだそうです。結局、彼は死んでからも大勢の人間に迷惑をかけました……。


 もし、皆さんの周囲に薬物をやっている人間がいたとしたら……とるべき手段は一つです。絶対に関わらないでください。なまじ情けをかけ、友だちを助けようなどという思いで行動しても……薬物をやっている人間には、その思いは伝わりません。

 エイジさんはこう言っていました。


「覚醒剤をやり続けた結果、俺は逮捕されて刑務所に行った。仕事も失ったし、彼女も友だちも家族もみんな愛想を尽かしていなくなった。でも、やめなかったんだ。やめられたのは……どん底まで落ち、『このままじゃいけない』という事に自分で気づけたからだ」


 自分で気づく、これは非常に大事です。他人がいくら言ったところで、聞く耳は持ちません。薬物にハマっている状態の人に、理屈など通じないからです。下手をすると、刺されたりする危険性があります。薬物をやっている人間は、おしなべて精神が不安定なために、本当にキレやすいですね。心のブレーキが効かないため、怒りのギアがいきなりトップに入ってしまい……結果、ちょっとしたことで刃物を持ち出したりします。

 ドン底にまで落ち、薬物を絶ちたい……心底からそう思えるようになるまで、放っておくのが一番です。


 ここまで読んできた方なら理解していただけたと思いますが、薬物は初めに手を出さないことこそが大事です。しかし、「ダメ、絶対」「覚醒剤射つよりホームラン打とう」などという子供騙しのキャッチコピーは、今の時代には確実に通用しないでしょう。かといって、脳や内臓にダメージがある……などといった本やネットなどで得られる知識を述べたてても、あまり効果があるようには思えません。

 ですので……結局は幼い頃からの教育、ということになるのでしょうか。それも、薬物の真の怖さをきちんと理解させるような教育こそが、今は必要なのかもしれません。

 薬物は本当に怖いものです。しかしテレビなどでは、未だにその怖さを正確には伝えていないように思いますね。ただ、怖さを大げさに煽りたてているだけ……薬物をやるような若者たちには、そんな子供騙しは通用しません。せせら笑うだけです。「薬物にハマる奴はバカだ」という認識は我々一般人の心の奥底にありますが、逆に薬物をやっている若者たちの心には「やった事もない癖に、偉そうに語ってんじゃねえよバカ共が」という思いがあります。両者が理解し合うことは難しいでしょうね。

 ですから、薬物の怖さを正確に伝えた上で……いかにして薬物に手を出さないような人格を作り上げていくか、という教育こそが必要なのかもしれません。


 最後に、私は薬物はこの世界から消えて欲しいと思っています。しかし、薬物がこの世界から無くなることはないでしょう。人間に心の闇がある限り、薬物もまた存在し続けます。人間と薬物との戦いは、永遠に終わらないのでしょう。






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― 新着の感想 ―
[一言] なるほど…薬物で精神を病んだり、死を迎えてしまう人もいるのですね 見えないものが見えたり、聞こえたり… そう考えるとと怖いですね スティーブ・ジョブズはマリファナだったかな、神秘体験をして、…
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