悲しき前科者
以前から書いていますが、私は前科のある人とちょいちょい話をする機会があります。そこでは、印象深い話が幾つも聞けるのですが……今回は、そのうちの一つをこちらにて書かせていただきます。
その人の名は……石田さんとでもしておきましょうか。石田さんは以前、強盗という罪を犯し逮捕されました。その際、テレビや新聞などでも名前付きで報道されてしまったようです。石田さんは約六年ほど服役し、真面目に務め上げて出所しました。
その後、石田さんは中学時代の友人である小橋川さん(もちろん仮名です)と連絡を取り、たびたび会っていたそうです。小橋川さんはいい人で、前科者である石田さん相手にも分け隔てなく接してくれていたとか。
そんなある日、小橋川さんは引っ越しをすることとなりました。石田さんは小橋川さんのために、仕事を休んで引っ越しを手伝いました。
さらに、その数年後……小橋川さんは、またしても引っ越しをすることとなりました。しかも今度は、付き合っていた彼女と同居することとなったのです。前科者ではあるが気のいい石田さんは、小橋川さんと彼女の二人分の引っ越しを手伝いました。言うまでもなく、ただ働きです。しかも二軒ですから、ほぼ丸一日かかります。
引っ越しが終わると、新居にて石田さんと小橋川さんと彼女は、新居にてささやかながら仲間たちとパーティーを開き呑んだり食べたりしました。その際、小橋川さんと彼女は、いずれちゃんとした結婚式を挙げるので、その時は是非みんなにも来て欲しい……と宣言したのです。
しかし、その後の石田さんと小橋川さんは双方ともに仕事などが忙しく、連絡を取り合うことも少なくなっていったそうです。
さて、時は流れて数年後……石田さんは、小橋川さんが彼女と式を挙げたのを偶然の出来事から知ったそうです。言うまでもないことですが、石田さんは呼ばれていません。というよりも、小橋川さんはあえて石田さんを呼ばなかったのです。石田さんが前科者であることは、かなりの人間が知っていました。そんな人間を、めでたい席に呼ぶ訳にはいかない……そんな意識が働いたのでしょう。それは無理からぬ事かも知れません。
石田さんには気の毒な話ですが、これが前科者の現実です。特にテレビや新聞に載るような事件を起こしてしまった人間の場合、そのニュースはあっという間に元同級生や元同僚たちの間に広まります。また、ネットにもその記事は残ります。
石田さんのようなケースだと、かつて彼の同級生だった人間は皆、石田さんが罪を犯したことを知っています。したがって結婚式に顔を出そうものなら……「おいおい、あいつ強盗の石田だぜ」という陰口が広まることとなるわけです。下手すると「今度は御祝儀ドロでもやる気か?」みたいな陰口を叩かれることにもなりかねません。
結果、二人の新しい門出であるはずの結婚式はぶち壊しに……こんな事態になるのは容易に想像が出来ます。
ですから、石田さんを呼ばなかったという選択もまた、仕方ないと思える部分はありますね。
ただ……石田さんに数回の引っ越しを手伝わせ、挙げ句に「式の時は来てくれよな」などと言っていながら、用が済むと自分の付き合う人間のリストから外す……こういう小橋川さんの態度に、ゲスの極み的なものを感じてしまうのは私だけでしょうか。
ちなみに、私も一度だけ小橋川さんの引っ越しを手伝ったことがありました。もっとも、小橋川と私とは直接の関係はありません。顔を合わせたのも、その引っ越しの時が最初で最後です。
で、私の小橋川さんに対する率直な印象を言いますと……いかにもこすっからい感じでしたね。例えていうなら、『カイジ』の一番初めの話に登場した(船で限定ジャンケンをする話です)主人公カイジの手下である古畑そっくりなんですよ。見た目もさることながら……一見すると人畜無害なイイ人、だが実は自分の得になることばかりを考えている、そんなタイプに見えました。
しかも、それを無意識下で行なえるタイプの人間なんですよ……あくまでも、私の印象ですが。
ちなみに何故そんなことが分かったのかと言いますと、私は引っ越しが終わった後のパーティーらしきものにも参加していたからです。とはいっても、私は会話に参加せず、ひたすら飲み食いしながら人間観察をしていたのですが……そこでの言動や他人に対する態度の端々から、小橋川さんの人間性が垣間見えた気がしました。
ここまでを読んでいただければ、前科者の悲しさが少しは理解していただけたと思います。ドラマなどで、更生しようとしている前科者が警察に疑われて取り調べられたりしていますが……現実は、それよりもっと陰湿です。前科者は、かつての同級生が大勢集まるような席には絶対に呼ばれませんし、親戚一同が集合するような場にも顔を出せません。
しかも、前科は一生付いて回ります。石田さんが現在、どんなに真面目に生きていようが、同窓会に顔を出せば「うわ、強盗が来たよ……」と、場の雰囲気を一気に悪くします。何かの拍子に、勤めている会社にかつての同級生が訪れたら「お宅の会社、強盗なんか使ってるの?」なんて展開になる可能性もあります。
ほんの出来心で罪を犯した結果……それは、一生付いて回ります。どんな人生であれ、前科が付くことに比べればずっとマシです。皆さんも、くれぐれも気をつけてください。
さらに、世の中には小橋川さんのようなゲス野郎も少なからず潜んでいます。彼らは、自分より立場が下の人間を何のためらいもなく利用し、使い途が無くなったと見るや「付き合う人間のリスト」から外します。こうした手合いは、ある意味では粗暴なチンピラより始末に負えません。この小橋川さんに関しては、いずれまた詳しく書かせていただきます。この人、かなり酷い人間ですので。
蛇足になりますが……今回登場した石田さんは、拙作『格闘技、始めませんか?』の「ちょっとややこしい話」にも登場しています。端から見てると……不幸、としか言い様のない人ですね。自業自得、と言ってしまえばそれまでですが。




