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ちょっとだけ嫌な実話

 十年ほど前の話ですが、たまたま養護学校の教諭をされている人と話す機会がありました。その人、ヨマコ先生(言うまでもなく仮名です)は……当時、見た目の年齢が四十代後半から五十代前半でしたが(実年齢は知りません)、とにかくパワフルな女性でした。豪快な雰囲気であり、養護教諭というよりは女社長といった方がしっくりくるような方でしたね。

 さて、私はヨマコ先生から様々な話を聞きましたが……未だに忘れられないインパクトのある話があります。私は聞いた直後、いろいろと考えこんでしまいました。なので、是非みなさんにも知っていただきたいと思った次第であります。なお、あまり気分のいい話ではないので、そういう話が苦手な方はこの先を読まないことをオススメします……。


 ヨマコ先生がまだ二十代で教諭になったばかりの時、担任のクラスにA子(もちろん仮名です)という名の女の子がいました。A子は、他の生徒たちと違い知能は比較的高く、ある程度の学習能力はあったそうです。

 ところが……このA子はとにかく反抗的で、ヨマコ先生の指導に対し、ことごとく逆らうような言動をしていました。また他の子たちに対しても、明らかに馬鹿にするような態度で接していたそうです。人のちょっとした失敗をゲラゲラ笑い、自分が叱られると「馬鹿馬鹿しい」「あほくさ」などという言葉で応えたとか。

 まだ若かったヨマコ先生は、こんなA子の態度が許せず、たびたび衝突し、時には怒鳴りつけたとか……このヨマコ先生の、当時の指導は間違っていたのかもしれませんが、それを論ずるのはこのエッセイの目的ではありません。


 このA子が、何故にこのような態度であったか……もちろん、本人の生まれつきの性格もあるでしょう。さらに、なまじ他の子よりも知能が高いがために、ひねくれてしまった部分もあるのかもしれません。

 ただ……ヨマコ先生はこうも言っていました。

 実はA子の母親は、とある宗教の信者であると。


 この宗教を叩くのが目的ではないので、あえて名前は伏せます。まあ、オモイデ教とでもしておきましょう。ただ、A子は母親と共にオモイデ教の教えを信じ、熱心に活動していたようです。

 さて、オモイデ教の基本的な教えの一つが、「この世界はいつか滅び、神の王国が来る。だから、この世界の知識の修得にあまり一生懸命になる必要はない」というものだそうです。少し乱暴な解釈なのかもしれませんが、全くかけ離れている……という訳でもないようです。

 オモイデ教のその教えが、A子の心に歪んだ選民思想を植え付けてしまった……というのは考えすぎでしょうか。A子にとって、この世界は居心地のよくない場所です。そんな彼女にとって、この世界を否定するオモイデ教の教えを聞いた時……まさに救われたような気持ちになったのかもしれません。

 しかも、A子の場合は母親が既に入信しています。実の母親より、物心ついた時よりずっと聞かされてきたオモイデ教の教義……それはもはや、洗脳などというレベルではないでしょうね。私も同じ環境で育てば、迷わずオモイデ教の信者になっていたと思います。

 そんなA子にとって、養護学校の生徒やヨマコ先生は、旧世界の知識を信奉している愚かなる存在です。軽蔑こそすれ、尊敬の対象にはならないでしょう。

 こうしてA子は、学校では傍若無人に振る舞っていました……そして卒業するまで、ヨマコ先生と何度も衝突したそうです。ヨマコ先生は人として最低限の礼儀を教え、さらに様々な能力の開発をさせようとしましたが……それは無駄な努力に終わりました。

 A子は最後まで、自分は選ばれし者だという態度を崩さなかったそうです。


 ヨマコ先生は当時を振り返り、自分の未熟さを認めた上でこんな事を言っていました。


「オモイデ教には、最後までA子の面倒をみて欲しい……」


 このA子は今、どうしているのでしょうか。生きていれば、四十を過ぎている年齢です。

 今でもオモイデ教の教義を信じ、この世界のもの全てを拒絶して生きているのでしょうか。いつか来るはずの、神の王国を信じ続けているのでしょうか。

 それとも、信仰を捨て去ってしまったのでしょうか……だとしたら、それは良いことなのか悪いことなのかの判断は難しいですね。

 そして私は、運命というものについて考えてしまいます。もしA子の親が、ごく普通の無宗教の人間であったら……彼女はどのように育ち、どんな人生を送っていたのでしょう。それを考えると、避けようのない運命というものは確実に存在するのだな……と思います。






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