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連れて来られたのはショーンが働いている宝石店だった。
商売のメインは貴族の屋敷への訪問販売なので店舗の規模は小さいのだが、建て構えからして立派でフゥディエなど足を踏み入れるのも躊躇してしまう。
城はこの店より更に豪奢なのだが、しみったれなフゥディエにはやはり場違いだった。
裏口から店へと入る背を眺め戸惑うが、ショーンは後ろを振り返り顎で中に入るように促した。
「今日は店休みで誰もいねぇから。来いよ」
店舗自体はオーナーが趣味で構えているだけのようで、気ままに休みになることがあるらしい。
テルーニが近く書き入れ時なのにと独り言を呟いたショーンは、所なさげなフゥディエに部屋の隅のソファを勧めた。
「おら、雑草」
あれほど返還要求を無視していた残り一本をポイと投げた。
慌ててキャッチしたフゥディエはそれを束に混ぜ、今度は落とさないようにと背負っている鞄へ枯れ草を仕舞いほっと一安心する。
そんなフゥディエを放ってショーンは店の奥へと向かった。
彼の姿が見えなくなると無人になる店内を露骨にならないよう控えめに見渡す。
壁に掛けられた古くて立派な時計の針が刻まれる音だけがカチカチと響く。
ショーケースにはカバーが掛けられており陳列された宝石は見えない。
しかしあのカバーの下にはフゥディエでは到底手にすることの出来ない値段の宝石達が存在するのだろう。
そう思うと一難去ってまた一難、今度はこのソファに座っている事に無性に不安を覚えた。
暫くして戻ってきたショーンは小さくなって座っているフゥディエの前に、小さな宝石の付いたアクセサリーを多数並べ始めた。
「えっと、これは……」
やはり売り付けに来たかと身を固くしたフゥディエにショーンは予想外の言葉を放つ。
「これ全部俺が考えたデザインの作品」
「ショーンが? 凄いね」
「別に……全部単純なデザインだ」
目を反らしたまま小さな声で答えるショーン。
単純というが、普段装飾品など触れる機会のないフゥディエにとってはとても美しく凝って見える。
目の前のアクセサリーを眺め頻りに感嘆の声を漏らした。
売り子として優秀なことはミィナの自慢話で知ってはいたが、職人のようなことまでしているとは思わなかった。
意地悪で粗暴なショーンからこのように繊細な物が生まれることに純粋に感心した。
目を丸くしてまじまじと自分のデザインした装飾品を見つめるフゥディエに、ショーンはどこか誇らしげな表情で胸を張る。
「ほらこれも見ろよ」
更に胸を張るべく、白い手袋をはめたショーンは金庫の奥底に仕舞われていた台座に乗ったネックレスまで取り出して来た。
「然るお貴族様の特別注文で明日納品予定なんだけどよ。このデザインも俺に任せられたんだぜ」
それは晴天の空を映した海の色の大きな宝石をメインに作られた、とても美しい代物であった。
宝石のことなど何も知らないフゥディエにだって、それがとんでもない値段がするだろうことは容易に想像がつくほど立派だ。
「貴族って?」
「さぁな。オーナーがある日この宝石を持ってきてよ。今年のテルーニまでに間に合わせるように作れっていうんだよ」
デザインの条件は“とにかく頑丈で壊れにくいもの”とだけ出されたらしい。
そのオーナー曰くとても大切な上客のようで、顔面蒼白になりながら死ぬ程丁寧に作り上げろと念を押されている。
そこまで大切な客ならば何故ショーンのような駆け出しに任せるのか理解出来ないが、それでも大きな仕事となれば張り切ってしまうものだ。
彼も珍しく長い時間をかけて真剣に取り組んだ。
「凄い……」
フゥディエの感嘆の呟きにそうだろうと大きく頷くが、彼女はその直ぐ後に、でも……と複雑そうに続けた。
「この宝石、綺麗過ぎてちょっと怖いね……」
「あ? 何言ってんだ。これ凄え希少価値の高い石で、この大きさなんてあり得ないんだぞ。まぁお前なんかに言っても分かんないよな」
それこそ屋敷一つくらい簡単に建つであろう宝石を前に警戒を見せるフゥディエ。
あまりの審美眼の無さにショーンは呆れた。
どこをどう見たってひたすら輝かしく美しい石ではないか。
「私はそれよりも、こっちの方が好きかな」
そう言ってショーンの作品の山の中から指差したのは、どこにでもある安価なストーンを使ったブレスレットであった。
濁りの強い赤いストーンはあまり人気とは言えず、練習用に作ったに過ぎない。
「こんなのがいいのか。お前センス悪いな」
「でも、可愛い色だよ」
最高傑作にはイマイチな様子のフゥディエが安物にばかり反応するのでムッとする。
そんなショーンに気付かないフゥディエは、うっとりとその石を眺めた。
三頭犬の瞳の色も丁度このような暗い赤なのだ。
「これはいくらするの?」
ショーンに気圧され買ってしまうなど絶対にしないと意気込んでいたが、フゥディエの心は揺れていた。
装飾品など猫に小判もいいところだが、見れば見る程彼等の瞳に思えて手に入れたくなる。
いつの間にやら不機嫌になっていたショーンがぶすくれながら提示したブレスレットの値段は安かった。
それでも普段の彼女ならばとても手は届かなかったが、今日は院長の受け取らなかった給金の半分を持っている。
しかしこれはテルーニの為に使うように言われている。
自分が欲しいものを買っていいはずはない。
“でも、テルーニの贈り物なんて、渡す相手も居ないし……私が差し出すものなんて誰も受け取ってくれないしなぁ”
心の中でぼやいてみると、ふと昔の記憶が蘇った。
かつて過去に一人だけフゥディエのテルーニの贈り物を受け取った人がいた。
それは甘く切ない幼い日の初恋の記憶だ。
あのような少女らしい大切な思い出をもう今後作ることが出来るとは思えないが、院長の後押しもあり今年はイベントに参加してみようという気が湧いてきた。
「ショーン、これ売ってくれないかな」
「別にいいけど……そんなんでいいのか? これとかも同じような値段だぞ」
「ううん、これがいい。だってこれ凄く素敵だよ」
フゥディエは贈り物を喜んで受け取ってくれる相手を思い出した。
丁度このブレスレットのような瞳を持つ彼ら———フゥディエの唯一無二の“仲間”だ。
彼らは確か雄だったので問題ないだろう。
勿論人間でない彼らに装飾品を贈ったところで喜びはしない。
自己満足であることは百も承知だが、それでもテルーニの贈り物を彼らにすることに決めた。
どれだけ彼らが大切な存在なのかということを形にして表したい。
給金の袋を開け提示された額を取り出そうと張り切るフゥディエを、ショーンは何やらそわそわと落ち着きなく見守る。
そうして、意を決したように真っ直ぐ彼女を見つめた。
「あのさぁ……それ、タダでいいぞ」
「え!?」
フゥディエは自分の耳を疑った。
昔馴染みの嫌われ者に自分の作品を押し売りしようと企んでいただろうショーンの、突拍子もない言葉が俄かには信じ難く逆に警戒心を抱いた。
このブレスレットを無料にして、もっともっと高い宝石を売りつける気かもしれない。
その位平然とやると思えるほど、フゥディエの中のショーンは株の低い男である。
「……いいよ、なんとかお金払える」
「そのブレスレットはやるって言ってんだよ!」
拒否されたのが面白くないのか、顔を真っ赤にして怒鳴るショーンにフゥディエは首を横に振る。
「テルーニの贈り物だから、ちゃんと自分のお金を払いたい」
「っ……!?」
フゥディエの言葉にショーンはとても長い時間固まっていた。
そしてその後、なんとも形容し難い崩れた表情で彼女を睨んだ。
「お前みたいな気味悪い奴の贈り物を受け取る男なんかいるわけねぇだろ! 鏡見ろよ! そんなもん渡してみろ、相手ショックで吐くぞ!」
唾でも吐きかけるように投げつけられる悪意ある言葉に内心うんざりしながら聞き流す。
「分かった嘘だろ。そんな相手なんか居ないくせに見栄張ってるんだ」
「お金ここ置くね」
何故か必死に認めようとしないショーンを無視してテーブルに金を置く。
ショーンに彼らのことを説明する気など到底起きない。
今更ショーンにどう思われようとどうでも良かった。
「っ、うぜぇ!お前なんか……お前なんか死ねっ! とっとと出てけ!」
テーブルに置かれた金を見たショーンは、ブレスレットをフゥディエへと投げつけた。
そのあまりに幼稚な行動に驚く。
取り損ねぬように慌ててキャッチした彼女は、彼の言葉通りにさっさと退散。
通常テルーニの贈り物は綺麗に包装されるものだが、彼らが気にするとも思えない。
相変わらず情緒不安定なショーンに気圧されながらも、手に入ったブレスレットを大切に握り締め店を後にした。