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牢の番人  作者: 真冬日
逃亡前
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6

「おいアンタ! いつまでそこに突っ立ってる気だ! 買わないのなら他所へ行ってくれ!」


ぬそっとやって来てパンの前でずっと動かないローブの怪しげなフゥディエを怒鳴り付けるパン屋の親父。

その声にようやく意識をはっきりとさせた彼女は、フードの下で羞恥に頬を染め安価な田舎パンを二つ三つ買うと慌てて店から飛び出した。

手にはその他にも今日買おうと思っていた食料のほとんどがあった。

どれだけ意識を飛ばしていたのかと己に呆れる。


しかし荷物の間にしっかりと草の束があることを確認すると、にへっと頬がだらし無く下がる。

道端で突っ立ったままニマニマ笑っているローブ人間を胡散臭そうに横目で見て通り過ぎる人々の中、とある人物がそれに声をかけた。


「もしかしてフゥディエか?」


唐突に自分の名を呼ばれ、やましい事は何もないのだがギクリとする。

おそるおそる振り返ると、そこにはスレンダーな美女を腕に絡めた一人の男が立っていた。


「なぁに? ショーンの知り合い?」


美女が甘い声で男に問いかける。

しかし声に反してフゥディエに向ける表情は険しい。

汚らしいという感情を隠しきれておらず、鼻に皺が寄っている。

彼女にはフゥディエは物乞いのように見えるらしい。


「ああ、悪いが今日は送っていけなくなった。今度また埋め合わせするから」

「えぇ!? 何よそれ!」


美女は大いに不満を漏らすが、男はゆっくりと彼女の髪を撫で、艶めかしく腰に手を這わし優しく宥める。

最終的には絡まっていた腕は引き離された。

その情熱的な恋人のワンシーンらしきものを見せつけられたフゥディエは顔を赤くし直視出来ずに視線を彷徨わせていた。


渋々引き払った美女を見送ると、男は改めてフゥディエと向かい合う。


「で、お前こんな所でなにしてんだ?」

「えっと、私は買い物に」


気軽に喋りかけてくる男に未だに羞恥心の消えないフゥディエは辿々しく答える。


「いや、私のことより今のヒトは?」

「何? 気になる?」


どこか明るく弾んだ口調の男の問いに神妙に頷く。


「私はてっきりショーンはミィナと恋人同士なのかと思ってたから……」


ショーンと呼ばれるこの男もまた、フゥディエやミィナと同じ孤児院出身だ。

ミィナと同い年でフゥディエの一つ年上のショーンは、数多くの孤児達の中でも飛び抜けた美貌を持っていた。

そしてフゥディエへの当たりが特に強く、いつも率先して誹謗中傷をぶつけてくるいじめっ子のガキ大将だった。

髪を引っ張ったりわざと転ばせるなどの軽い暴力も受けた記憶があり、あまり得意な相手ではない。


「なんだ、知ってたのかよ」


ミィナの名を出せば先程までの明るさはなりを潜めブスッと面白くなさそうに眉間に皺を作った。

こういうコロコロ変わる機嫌が読めないところも苦手要素の一つである。


「うん、ミィナが言ってたから」


ミィナが喋ることと言えば、フゥディエを馬鹿にすることと雑用を言いつけることと自慢話だけだ。

そして、その自慢話の中でもショーンの名は頻繁に登場する。

城勤めの他に、ショーンの恋人であることも彼女の誇りらしい。

しかしショーンの方はどうやらそうではないようだ。


「別にもうとっくの昔に別れたし」

「………そうなんだ」


とっくの昔とは具体的にどのくらい前であろうか。

先々週たまたま城の廊下で出くわした時にもショーンとのデートを自慢していた記憶があるフゥディエは困惑した。


「さっきの女もただの客だ」


ショーンは孤児院を卒業するとすぐさま城の騎士試験を受けた。

残念ながら結果は不合格で、彼は結局街の宝石店で売り子として働いている。

なかなか優秀なようで、見目のいい彼は女性客を捕まえ恋人のように振舞い高い宝石を買わせているらしい。

仕事とはいえいつも隣に女性を並べている彼への不満を吐くミィナの胸にもしっかりと宝石の付いたネックレスが光っていた。


「もうすぐテルーニだっていうのに、今フリーなんだよ。やってらんねーぜ」

「あ、うん……」


なんだか自分にはとても縁遠い話過ぎてどのような反応を示せばよいか分からずに曖昧な相槌を打つ。


「ああ、そうだ。お前俺のとこの宝石買えよ」


恋人が居ない話から突然飛ぶ会話。

良いことを思いついたとばかりに表情を綻ばせるショーンにフゥディエはジリジリ後ずさる。


「そんなお金ないよ」


よもや恐喝かと肝を冷やした。

無い袖は振れないのだが、運の悪いことに現在院長に渡された半月分の給金を持っている。

ショーンの店は貴族様御用達の高級店なのでそれで足りるとは思わないが、無条件で奪われる可能性だってある。

ショーンはいつだってフゥディエが手にした物は奪っていった。

しなりのいい小枝とか、丸く艶やかな小石とか、酸っぱい木の実とか。

誰にとってもガラクタだろうが、フゥディエにとってはどれも宝物だった。


「そんな脚でも城からまだ雇われてんだろ? なら金だってあるはずだよな」

「ないよ、ないったらない!」

「何ムキになってんだよ」


意地でも盗られまいと叫ぶフゥディエに面食らうショーン。

彼女はもう弱々しい子供ではない。


「それに宝石なんて私が買っても仕方ないでしょ」


その昔、好きだった人に見せたくて必死に手作りしたつぎはぎだらけのスカートを履いて以降、着飾るなんてしたことがない。


「だったらテルーニの贈り物として俺に寄越せよ」


余りにも厚かましいその言葉に絶句する。

テルーニの贈り物として宝石を選ぶのは、夫婦か結婚を考えている恋人くらいのものだ。

それを同じ孤児院出身の嫌われ者に要求するとは、紛れも無い強請りだ。

一度そんなことを許してしまえば、もしかしたらフゥディエは一生ショーンに金を搾取され続けるかもしれないと考え、ゾッとした。


「そ、そんなの嫌だよ。私急いでるからもう行くねっ」

「待てよ、取り敢えず見るだけでもいいから。店に寄ってけよ」


ショーンは慌ててこの場を去ろうとする彼女の腕を咄嗟に掴む。

その拍子に手に抱えていた枯草の束がバラバラと地面に散った。


「ああっ!」


悲鳴に近い声を上げたフゥディエは、ショーンに掴まれた手を強引に振りほどき急いで枯草を一本一本拾い集める。


「ナニその雑草? 何すんだよそんなの」


あまりに一生懸命なその様子を鼻で笑いながら尋ねると、ふと動きを止めたフゥディエは屈んだままゆっくりとショーンへと振り返った。


「ロキが、くれたんだよ」


ショーンを見上げてにへらっと笑うフゥディエ。

嬉しくて堪らないといった様子が彼にはどうにもお気に召さなかったようで、眉間に深い皺を作った。


「ロキってあの餓鬼か」

「うん、私がよく孤児院で摘んでたのを覚えてくれてたみたい」


本当は捨てろと言っていたのだが、そこは都合の良いように忘れることにした。


「ああ、そういやパンに混ぜるのにお前いつも摘んでたな。馬鹿じゃねぇのかあの餓鬼。枯れてちゃ意味ねぇだろ」

「そんなことないよ! 部屋に飾れば華やかに、なるかも……」


語尾が尻すぼみになるのは仕方のないことである。

枯草の束はフゥディエの酷くみすぼらしい部屋をより一層みすぼらしく見せてくれるだろう。

しかしそれでも一番目立つ所に飾ろうと考えている。


てっきり死ぬほど嫌われているのだと思っていた子からの贈り物だ。

思わず苦手なショーンに自慢してしまうほど舞い上がってしまうのも無理はない。

ロキのことは赤ん坊の頃から密かに弟のように思っていた。

成長するに従い蔑まれるようになっても、彼の存在が未だに大切なことに変わりない。

だからこの草の束をロキだと思い一生大切にしようと決めた。


「もしかしてそれってテルーニの贈り物か? 枯れ草が? しかも相手は餓鬼からだし。どんだけ惨めなテルーニだよ、ウケるんだけど」


ウケると言う割には全く笑っていない目。

顔を引きつらせ口端を無理に上げようとするショーンの表情は寧ろ怒っているように見える。



「それに喜んでるお前ってナニ? ショタ好きの変態かよ、気持ち悪ぃんだよ」


唾でも吐き掛けられそうなほど侮蔑と怒りに満ちた声色に、フゥディエは首を傾げる。

ショーンの怒りのツボの法則性を読めないのはいつものことだが、今日はいつにも増して怒っている。

そしてその内容もよく分からない。

ショタとはなんだろうか? 今まで聞いたことのない響きだ。

それに枯れ草がテルーニの贈り物だとは考えつかなかった。

ただ単に草を見てフゥディエを思い出し、集めてくれていたのだという認識だ。

最悪本当に捨てる場所として押し付けただけの可能性だってきちんと頭の隅に置いている。

しかしショーンのいう通りだとすれば、それは堪らなく嬉しい。

テルーニには恋人や“家族”への贈り物をするのだから。


「なんとか言えよ」

「もし本当にロキがテルーニの贈り物をくれたんだとしたら、私は惨めじゃなくて凄く凄く幸せだよ」


フゥディエの返答にショーンはとうとう下手な笑い顔を止め、怒りを露わにした。

こんな表情をする時のショーンは大抵怒鳴り付けたり突き飛ばしたりするものなので咄嗟に身構えたが、彼は無言のままフゥディエを見下ろすだけだった。

動こうとしないショーンに微かな不気味さを感じつつも、枯れ草を拾い集めるのを再開する。

なるべく手早く進めようやく残りは一本というところまで拾い集めた。

最後の一本はショーンのすぐ足元にあり、さぁ拾おうと手を伸ばしたフゥディエだったが、それが届く前にショーンによりヒョイと拾われてしまった。


「返して欲しかったら着いて来いよ」


そうぼそりと呟いたきり、枯れ草を手にスタスタと何処かへ向かい始めた。

そんなショーンを慌てて追いかける。

途中で返してくれと何度も言い募るがことごとく無視され、腕を掴んで静止させようとするが少しも止まらない。



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