39※ユイカ視点1
前回に次は王弟視点と書いた気がするのですが、物語の進行上新キャラ視点にしてしまいました。
ですので、あとがきに王弟視点をオマケでいれてます。
ユイカはスマホの画面を見つめながら小さく舌打ちした。
どうやらある友人から無料通話アプリでブロックされているようだ。
(なによ、ちょっとカレシ借りただけじゃん)
その友人が恋人のことをあまりに楽しそうに語るので、そんなに良い男なのかと味見してみたのだ。
だが実際はその辺にどこでもいる面白味のない石ころのような男で実に落胆させられた。
容姿も並み、話術も普通、セックスは退屈。
これのどこに夢中になる要素があるのだろうか。
そもそも友人にしたって、まつエクとカラコンを付けてあの程度のレベルなのだから、二人はお似合いのカップルだ。
丁度いい不細工さで引き立て役に付き合ってあげていた子だったがもういらないなとSNSアプリを軽快にタップする。
————誤解を与えてしまった私が悪いよね。でも辛い、泣きそう。
————どした?
————なにかあった?
————話聞くよ。
意味深なメッセージに次々と反応が返ってくる。
ユイカはこれからスマホに打ち込むシナリオを頭の中で組み立てる。
友人の彼が勝手にユイカに惚れ言い寄ってきた。それを友人が嫉妬してユイカに敵対心を燃やしている。
そんな感じの内容を遠回しに推測させるような言葉を選べばいい。
実際彼女と別れるので付き合って欲しいと友人の彼は言ってきているので、丸っ切り嘘というわけでもない。
ユイカから発信された台詞は噂となって面白おかしく広まり、きっと明日には大学のゼミの中で友人は浮くだろう。
彼女には嫉妬に狂った悲しい敗者という立ち位置がお似合いだ。
腹の底から愉快さが疼き出し、鼻歌交じりにスマホ画面を操作する。
すっかり気がそちらへ向いていたユイカは、赤信号の交差点へと知らず踏み出す。
気付いた時には大型トラックが大音量のクラクションを鳴らして彼女へと突っ込んで来ていた。
何が起こっているのか分からず頭がついていかない。
周りの悲鳴も迫り来るトラックも手に持っていたスマホが落ちるのも全てスローモーションに感じる。
あ、死んだコレ。
そんな感想だけはすらっと出て来た。
その瞬間、周りが真っ白に発光。
死ぬ時ってこんな風になるのかと感心し、その光に関して疑問を感じなかった。
だが一拍おいてどこか可笑しいことに気付く。
辺りの景色が外から室内へと変化していたのだ。
立派な支柱が何本も立つホールのような広い空間。
なんだか西洋の絵画に出て来そうな場所に何度も瞬きを繰り返す。
————あれ? 私死んでない?
「勇者よ、突然の召喚、どうか許して欲しい」
自分一人だと思っていたので声をかけられ肩が大きく跳ねる。
見れば男が一人片膝をつき胸に手を当てている。
その男の容姿にユイカは唖然とした。
———イケメンきたぁぁぁ!
二十代後半くらいだろうか。
青い目と金髪。
左腕は肘から下が存在していないようだが、そのイレギュラーなどどうでも良くなるほど整った顔立ちをしている。
まるでハリウッドの主役をしていそうなイケメンが騎士の服を着こなしてユイカに喋りかける。
「貴女の窮地に居ても立っても居られず呼び寄せてしまった」
トラックに轢かれそうになって、でも何故か違う場所に立っていて、イケメンが居て。
これはつまり異世界トリップというやつで、ユイカは選ばれた特別な存在という証拠。
今からこのイケメンと恋をして、異世界の知識を活かして無双して、色んな人から崇め奉られるのだ。
いつも自分は他人とは違うと感じていたが、これでその考えは証明された。
ユイカは長年の願望が叶い優越に身体が蕩けそうだった。
だがこちらが状況を呑み込んだことを悟られてはいけない。
「え、ここはどこ? あなたは一体?」
ユイカに図太さや鋭さなどいらない。繊細で可愛くて少し天然の入った美少女でいなければ。
何故ならそれがユイカだからだ。
取り敢えずか弱さを演出するために怯えてみせる。
呼び寄せたこのイケメンは今にユイカを溺愛してくるだろう。他の男もわんさか言い寄って来るはず。
このイケメンをゲットした暁にはSNSに上げて友人全員に自慢したいが、異世界はネットなんて使えないよなと真剣に悩む。
「ここは貴女の居た場所とは違う世界。私は貴女を呼び寄せた召喚者だ」
彼の名前はヴァルというらしく、なんと王弟だった。
————いいね! 王妃とかになるのは面倒そうだけど、王弟だとそこそこ権力もあって好きに出来そう!
特別な力を持つユイカを魔法でこの世界からたまに見守っていたらしいのだが、彼女がトラックに轢かれそうになったことにより急遽召喚して助けてくれたらしい。
見守っていたのがキモい男ならば鳥肌ものだが、ヴァルに見られていたというのは悪い気はしない。
しかも召喚という何やら大変そうなことまでしてユイカを呼び寄せるということはもうヴァルは半分釣り上げているようなものだ。
ヴァルの説明によると特別な力を持つユイカは勇者と呼ばれるらしく、人間に有害な瘴気を浄化する力があるらしい。
その呼び方は巫女等では駄目なのだろうかと疑問に思うが、歴代の勇者は男性が多かったようで異世界人に敬意を込めて自然と根付いた名称とのことだ。
「貴女の危機を救う為私は全霊でこの世界へ貴女を呼び寄せた。これは運命かもしれない」
「……運命」
ヴァルの言葉に甘く酔いしれる。
「勇者よ、貴女に願いがある。私の婚約者を魔物から救い出す手助けをしてくれないか?」
「え? 婚約者? え?」
ヴァルはユイカの為に用意されたイケメンの筈なのに、婚約者とはどういうことか。
————まぁ問題ないか。
多少の戸惑いはあったがすぐに気を取り直す。
元来ユイカは他人のモノというのが大好物だ。
恋人を奪われた他人の悔しがる様は愉快爽快。
奪ったその瞬間、ユイカは奪われた人間より完全に上に位置される人間となれる。
その悦びというのは万金に値し、セックスなんかよりもずっと快感だ。
しかも今回はヴァルという極上の男。
それをどこかの女から奪ってやるというのは腹がよじれるほど面白いはず。
超絶イケメンで地位あるヴァルの婚約者とはどんな女なのだろうか。
きっとお金持ちでナイスバディで美人で教養もある、誰もが認めるいい女に違いない。
蝶よ花よと甘やかされて育ったお嬢様から大切な婚約者を奪ってやれば、その女はどんな反応をするのだろう。
————くふふ、ヨダレ出ちゃいそう。
ユイカはまだ見ぬヴァルの婚約者の悔しさにギリギリ歯噛みし発狂する様を想像し、うっとりと吐息を吐いた。
ヴァルは目の前に映る異世界の様々な光景から条件に合う者を目を血走らせながら探していた。
己の首にロープをかけようとしている者。
違う。
空腹に意識が遠のく者。
違う。
戦火の中、爆風に吹き飛ばされようとしている者。
違う。
もっと平穏で死から遠い存在でないと。
死が自分に迫るなどとは想像すらもしていない者。
出来るならば物事を深く考えず御し易い愚か者がいい。
ああ、丁度いいのがいた。
猛スピードで向かってくる鉄の塊の進路に居る少女。
小型の物体を必死に指で突くのに夢中で鉄の塊が迫り来るのにまったく気付いていない。
このままいけば肉は吹き飛びミンチになるだろう。
けたたましく響く鉄の塊の鳴き声で漸く己のピンチに少女も気付いたが、あまりの驚きで身体が固まったようで逃げる気配はない。
その際の間抜け面からもあまり知能が高くないことが察せられる。
これがいい。これにしよう。
映し出された映像に向かい練りに練った魔力を注ぎ込む。
そして、展開された魔法陣の上につい今しがた死にそうだった少女が元気な姿で現われた。
黒目に黒髪。
フゥディエと同じだ。年頃も一緒か。
だというのにまるで魅力がないのは何故だろうか。
あの邪悪でいて甘美な感情は一ミリも湧かない。
「勇者よ、突然の召喚、どうか許して欲しい。貴女の窮地に居ても立っても居られず呼び寄せてしまった」
「え、ここはどこ? あなたは一体?」
口元に手を当てオロオロとする様子は幼さが演出されているが、よくよく見れば少女は少女ではなかった。
フゥディエよりも五つは上だろうか。
幼いのは顔つきと仕草ばかりで歳はわりといっている。
気味が悪い。
幼く見えるのは何も考えず何も悩まず思うまま気ままに生きている証拠だろう。
やはり条件にピッタリの女だ。
「ここは貴女の居た場所とは違う世界。私は貴女を呼び寄せた召喚者だ」
頭の回転が良くなさそうな女にも分かるように丁寧且つ自分に都合のいい展開の会話を繰り広げる。
この女を利用しなんとしても魔の森の先へと進まねばならない。
進んだ先にある宝を憎き魔族の男から取り返し、今度こそ絶対に盗られぬように大切に大切に仕舞っておく必要がある。
その為ならばこんな女に愛想を振りまくなど容易いことだ。
仕舞い込んだフゥディエはどうしてやろうか。
やはり手脚を削ぎ、目と耳を塞ぐのは欠かせない。
自分が居ない時間は五感の全てをシャットアウトさせ、ヴァルという存在をフゥディエの胸の中に焼き付け一時も忘れないようにしてやる。
瞼を閉じれば常にヴァルの顔が浮かび、あのか細く小鳥のような声はヴァルの名前のみを紡ぎ、ヴァルの匂いがなければ不安で堪まらなくなるようなそんな存在になるように。
そうなってようやくヴァルのこの想いと釣り合うというものだ。
そんなフゥディエの姿を想像してにやけそうになる口元を引き締め女へと向き直す。
「というわけで貴女には私と共に魔の森へと旅に出て欲しいのだ」
魔の森の瘴気は人間にはどうしても毒となってしまうが、それを中和出来る人物が存在する。
それが異世界人。
その身に瘴気を取り込み人間に無害なモノへと変換する便利な空気清浄機だ。
瘴気の浸食が激しかったアスルート国などは度々こうして異世界人を呼び寄せ浸食の食い止めをしていた。
呼び寄せる際の条件として、攫われたと騒がれないよう異世界で死にかけていた人間が好ましいとされている。
「正直怖いです……でもヴァルさんが守ってくれるんですよね……」
「ああ、私が命をかけ貴女を守ろう」
ヴァルもこの死にかけていた女に恩を感じさせるように会話を進め、現に女はヴァルに感謝以上の感情を抱いたようだ。
あざとい上目遣いには熱が篭っている。
「焦ることはない。今は急なことで色々混乱もするだろう。ゆっくり状況を受け止めてからでいい。侍女に世話を任せる。身体を休めてくれ」
本当は焦燥で心が擦り切れそうだった。
腕の切断の治療に魔力を全て使い果たし、なんとか傷口が塞がった時にはフゥディエは遥か彼方。
これで焦らない方が可笑しい。
今すぐこの女を脅し魔の森へ向かいたい。
だが今はその時ではない。
まずはこの女の能力を育てねば。
早く早く、贄として相応しい力を得ろ。
黒い感情の渦巻く瞳を優しく細め、女を利用すべくヴァルは微笑んだ。




