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差し出された手を取ることはせず、だからと言って拒絶することも出来そうにないフゥディエ。
「あの、魔界には、私みたいなのも居ますか?」
「というと?」
「だからその、ツノとか羽とか尻尾とかが生えた人です。魔族も人間と変わらない容姿だと聞いていたのですが……」
「確かに外見は人間とそう変わらぬ者が多いな。普段は邪魔になるのでツノなども仕舞っていることが殆どだし」
「ええ!?」
突如リーオスの頭部から立派なツノが二本ニョキニョキと飛び出した。
フゥディエのものより立派で色も頭髪と同じ金色だが、それでも形がそっくりである。
「ほら、こうやるのだ」
フゥディエが驚愕するなかリーオスの頭のツノはどんどん小さくなっていく。
「消えた!?」
「ツノや羽がそのままというのは何かと不便だろう。普通ならばトイレトレーニングと共に親が教えるものだが……なに、フゥディエもすぐに出来るようになる」
少し不憫そうな顔をしたあと優しく笑うリーオス。
「それは一体どうやるのですか?」
「ツノに宿る魔力を身の内側に仕舞い込むのだ」
リーオスのアドバイスに目を輝かせたフゥディエは、さっそく内側、内側、と念じてみるも一向に変化はなさそうだ。
「焦ることはない。ゆっくり練習しなさい」
慰めるように頭に置かれた手の熱に、フゥディエの胸は段々と温まってくる。
「……本当に私は、魔族なのでしょうか?」
「ああ、どこからどう見ても立派な魔族だ」
「……本当に私は、あなたの家族なのでしょうか?」
「ああ、きみはリリト家の者で間違いない」
「私に、家族……」
こんなにもアッサリと夢が叶ってしまっていいものだろうか。
震える唇で呟いた言葉には自然と熱が篭った。
ダンが生きていて、アクスが魔界に戻れて、自分に家族が居た。
こんな幸せだらけで罰が当たらないか心配になる。
溢れる感情が涙となって零れ落ちる。
「ダンさん、私、一人じゃなかった。家族がいたんだよ」
隣に並ぶダンの腕を引き感激を訴える。
ダンは優しく笑い、そして良かったなと頷いた。
溢れる涙を拭い何度も頷き返すフゥディエはダンの寂しげな様子に気づけなかった。
「なぁフゥディエ。その男は誰だ?」
フゥディエが掴むダンの腕を凝視しながらアクスが不機嫌な声で問う。
「あ、ごめん。紹介が遅れたね。こちらはダンさん。私の昔からの知り合い」
「知り合い……」
「前に話したでしょ。テルーニの日の贈り物を受け取ってくれた人のこと。その人がダンさんだよ」
「っ!? その男が……」
照れながら語るフゥディエの言葉にアクスは目を見開いたまま固まった。
「ダンだ。よろしくな」
ダンが友好的に笑いかけるが、アクスは獣が威嚇するように小さく唸るだけだ。
「フゥディエ! 早く魔界に帰ろう! 我は魔力が今すぐにでも尽きてしまいそうだぞ!」
「え!? ど、どうしよう。苦しいの? 大丈夫?」
お腹を押さえて前屈みになるアクスに慌てて駆け寄る。
「リーオスさんカインさん、アクスがっ」
「心配すんなそれは魔力枯渇なんかじゃなくてただの嫉妬だ」
「違うっ! 我は本当に腹が痛いんだ! 仮病じゃない!」
「王子、魔力枯渇の症状で腹痛が出ることはありませんよ」
呆れた顔をするリーオスとカインだが、フゥディエは苦しそうに腹を押さえるアクスを放っては置けずに丸まった背中を撫でる。
「フゥディエ……早く一緒に魔界に帰りたい」
屈んだアクスはあざとい上目遣いでフゥディエに哀れっぽく訴える。
アクスに甘いフゥディエはその目に狼狽え、そしてダンに助けを求めるように振り返った。
「ダンさんどうしよう……私、どうしたらいいか……」
アクスと共に魔界に行くなど考えたこともなかった。
魔の森は人間が踏み入れることは出来ないが、もし自分が本当に淫魔族というものだとしたらそれも平気だということか。
「彼がフゥの親類だという話は本当だろう。ならばについて行くべきだな」
「そうですよね……」
当然の選択だ。
血縁者と共に暮らすのはずっとフゥディエが夢見ていたことである筈で、こんな姿のまま人間の世界で生き抜くのは厳しい。
だというのに、こんなにも胸に引っかかりを感じるのは先ほどのダンの言葉の為だろう。
見事にツノを消してみせたリーオスの姿に、ダンと暮らせるかもしれないと頭の片隅に希望が生まれていた。
だがいくらツノや羽や尻尾を消したところでフゥディエの髪や目は黒いし脚も上手く動かないままだ。
ダンのお荷物であることに違いはなく、ここに残りたいなどとは言えない。
「なぁあんた。姪だと言うなら間違いなくフゥディエを庇護してくれるんだろうな?」
「ふん、人間などに言われずともこの子は私が守る。余計な心配をするな」
「フゥディエは城に住めばいい。部屋なら沢山あるぞ」
「王子、フゥディエは我が家の一員ですのでそれは出来ません。我が屋敷にも部屋は沢山ありますのでお気遣いなく」
「リーオスもエンドルフもいつも仕事で城にいるだろ! フゥディエが昼間一人で留守番になって可哀想だ!」
「使用人も数多くおります」
腹痛のはずのアクスが元気に会話に割り込み、フゥディエの住処についてリーオスと口論している。
それはフゥディエが魔界に行く話が進んでいるということであり、同時にダンとの別れを示している。
なんとも言えない胸の締め付け。
ダンを見ると彼もまたどこか切なげな目をしてフゥディエを見つめていた。
「お前と一緒に暮らしたいしお前を守りながら生きたいという気持ちは変わらない。だがフゥからせっかく見つけた家族を奪うことはしたくない。どうか幸せでいてくれ」
「ダンさん……ダンさんもどうかお幸せに……」
ダンの広い胸の中に包まれその温もりに別れの苦しさを噛みしめる。
アクスが何か叫んでいたように感じるがこの時ばかりはそちらに意識は向かない。
「あのさ、感傷に浸ってる中悪いんだがお二人さんよ」
少し呆れた声が二人の間に割って入る。
「会いたくなればフゥディエから会いに行くことは可能だし、別に今生の別れってわけじゃないぞ」
「「え!?」」
ダンと抱き合ったまま二人でカインへと振り返る。
苦笑したカインは二人の前に透明で小さな石が付いたシンプルなブレスレットを差し出した。
「この石に魔力を混ぜれば位置が探知出来るようになる。ツノとか仕舞えるようになったら俺が人間界に連れてってやるからそんな悲しそうな顔すんなよ」
「ほ、本当ですか!?」
「余計なことをいうなカイン!」
「人間界などと野蛮な所に遊びに行かせる訳にはいかない」
すかさずカインへの文句が二人から飛び出すが、カインはやれやれと肩を竦めるだけで相手にしていない。
「ダンさん、また会いに来ていいですか?」
「もちろんだ。ずっと待っている」
もう一度強められた抱擁の力強さをじっくりと噛み締める。
「はいはいお二人さんには悪いが時間巻いてくぞ。フゥディエこれに魔力を注いでくれ」
ダンの熱を名残惜しく思いながら離れ、渡されたブレスレットを受け取る。
「これ、頂いてもいいのですか?」
「勿論。魔力を注ぐ前の空の石だし価値はそんなにねぇよ」
「ありがとうございます。でも私に魔力なんて注げるかな」
「とにかく石に触れてみな」
ツノを仕舞うことは出来なかったフゥディエだが、石に触れた途端に少しだけ力が抜けた感覚がした。
見ると石の色が黒に変わっているではないか。
これが魔力を操るということなのかと感激する。
「やった! 出来ました!」
「上出来だ。念じてみな。なんとなく自分の魔力の位置が分かるだろ」
意識をしてみれば確かに感じ取ることが出来た。
魔界では恋人同士で互いに交換した魔石を身に付けるという話だ。
「残念ながらこの兄ちゃんには魔力は殆どねぇから交換は無理なようだがな」
揶揄うようにニヤリと笑ったカインの台詞に赤面するフゥディエ。
気恥ずかしさを堪えながら、黒に染まった魔石のブレスレットをダンに差し出す。
「これ、貰って頂けますか?」
「ありがとな。絶対大切にする」
ダンは大事そうにブレスレットを受け取る。
「黒くて汚い色でスミマセン」
「俺はこの黒を世界一美しい色だと思っている。これでフゥディエをいつでも思い出せる」
石を撫でて愛おしそうに目を細めるダンとそれを見て頬を染めるフゥディエはどこからどう見ても恋人同士のようであった。
「じゃあ行くぞ」
すっかり臍を曲げてしまったアクスと、同様に面白くなさそうなリーオス。
それにダンとの暫しの別れに涙目のフゥディエ。
カインが全員を連れて一気に魔界に転移するらしい。
「さようならダンさん」
最後まで手を振り続けるフゥディエをダンは少しも見逃すまいと見つめる。
カインの身体が光り始めその光が最高潮に達した時、あまりの眩しさに目を閉じた一瞬の間に視界からフゥディエが消えてしまった。
「待っているぞ……」
フゥディエと同じ色をした愛おしい石を握り締め、誰もいない森でダンはひっそり呟いたのだった。
次回はヴァル(王弟)視点に切り替わります




