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牢の番人  作者: 真冬日
閑話
29/40

29※ヴァル視点4

騎士の見習い期間が終わり二年が過ぎた。

孤児院への慰問は見習い期間のみであり、あれからフゥディエとは一度も会っていない。


その間に元々適性のあった魔力の量が格段に増え、それに伴う魔術訓練も始まり毎日を忙しく過ごしていた。

今では恐らく国一番の魔力を持っている。

王弟であるが故、運良く免れたが本来ならば強制的に魔術師としての道を歩まねばならなかっただろう。

私には魔法などという不確かであやふやなモノよりも武術や戦略を練るほうが性に合っている。

それでも膨大な魔力を持った以上は訓練からは逃げられない。

騎士団としての仕事に加えてのそれは殺人的な目まぐるしさだった。


しかしこの二年間の忙しさがなければ発狂していたかもしれない。

フゥディエに会いたい。

だが……あのような惨めな感情をもう一度味わうのは怖い。

情けないが私はあの少女に恐怖し、対面することも出来ないのだ。

そして更に情けないことに、彼女と会えないことで日に日に飢餓感が高まっている。

通常、時間が経てば経つほど記憶は薄れるというのに、脳内に浮かぶフゥディエの顔は日を追うごとにクッキリとしてくる。

会いたい……会いたくてたまらない。


二年も経っていれば、彼女もそれはもう成長していることだろう。

私の息のかかった者で固めたあの孤児院には定期的に報告が来る。

子供達全体の様子の他に彼女個人のことも事細かく記載されている。

報告書が届くといつも一字も見逃さずにジックリ噛み締めるように目を通す。

その中のフゥディエは相変わらず孤児院の中で爪弾きにされていた。

元凶の者達が居なくなったとしても幼い頃からフゥディエは自分達より劣る人間だと教えられ続けた子供達から蔑みという感情はなかなか消せるものではない。


報告書に目を通し何度も読み返す度、何故か安心した。

あの時、フゥディエを邪険にする職員に殺意さえ抱いたというのに。

あの騎士のような存在を二度と作って欲しくない。

私の心にフゥディエしかいないのだ。

彼女の心にだって誰もあってはいけない。


あの男は見習い期間を終えるとすぐに僻地へやった。

忌々しいことに男の実力は確かだったので、長年小競り合いの続く隣国との境の砦への配置は不自然ではなかった。

あそこは実力者しか送り込まれない。

もうこれで二度とフゥディエに会えないだろうと思えば、幾ばくか心が軽くなる。


ちなみに当時の孤児院の職員達の再就職の機会は、ことごとく潰しておいた。

家族や恋人、友人から見捨てられ精神的に追い詰められ、全員残さず道端に転がる末路を辿ったと報告を受けて監視を打ち切った。

仕出かした罪の重さを考えれば当然の報いである。




隣国との関係は悪化の一途を辿り、とうとう本格的な戦が始まる。

今回の戦に指揮官として自ら志願したのは、全てフゥディエの為。

戦に負けて一番に影響があるのは孤児であろう。

彼女を路頭に迷わせるわけにはいかない。

ただただ、その一心である。


本来王族とは国の為にあるべき存在だ。

だが私は彼女と出会ってからそのことをしばしば忘れそうになっている。

最早権力を私利私欲に使うことにもう一欠片の戸惑いもない。

彼女のこととなれば、国さえ裏切ってしまうかもしれない。


出立直前、フゥディエの顔を直接この目に焼き付けておきたくなった。

どうしても彼女に会いたい。

命懸けの戦いの前にそう願うことは悪いことではないだろう。

今回の戦で負ければ私は自死する覚悟がある。

敵の捕虜として王弟が囚われるなど有ってはならない。人質として隣国にこれ以上ないほどの交渉材料を与え、戦を長引かせたり国を貧困に追い込む訳にはいかないんだ。


だからこそ彼女に会わずに戦には向かえない。

一目成長した姿を目にしたい。

一度そんなことを考えてしまえばもう止まらない。

ああ、フゥディエ。会いたい。

二年間直接会えなかった苦悩は命をかけた戦を前に綺麗に消え去る。

会いたい、会って、そして……


馬を走らせ孤児院へ急ぐ。

緊張と恐怖と期待で胸が弾けそうだ。

なんの前触れもなく現れた私に大層驚く孤児院の者達。

迷わず嘗て私の乳母であった院長の元へ行きフゥディエの居場所を尋ねると、彼女は訳知り顔で一つ頷く。

そしてフゥディエは一人近くの森へ遊びに出掛けたという情報をくれた。



———居た


森の奥深くまで探し回り、泉のほとりで佇む人影を漸く見つける。

顔を認識出来ないほど距離があるが、あれはフゥディエに違いないと直感を感じる。

一歩近づく度に息を飲んだ。

相変わらず短髪にズボンを履いていたが、もうどこからどう見ても男には見えない。

少女の殻を破ろうとし始めたばかりの成長途中の身体はとても華奢ですらりと伸びる白い四肢に背徳の香りが漂っている。

美しいなんてものではない。

成長したフゥディエは美の女神も裸足で逃げ出すほどの威力を以てして私をあっさりと虜にした。

黒い髪は森の木漏れ日により濡れたように光り輝き、禍々しくも神々しい。

長く黒い睫毛に縁取られた目は手元に注視しているようだ。

あの吸い込まれるような黒い瞳で見つめられ、可憐な桃色の唇であの時のように「ヴァル様」と囁かれれば、どうにかなってしまいそうだ。

あまりの衝撃に足元が少しふらつき彼女の元へ一歩踏み出した時である。


「おいフゥディエ、お前またこんなところに居やがったのか」


私とは別方向から響いた男の声。

ハッと正気に戻りフゥディエへと向かおうとした身体が止まる。

フゥディエも手元を見つめていた視線を声の方へとやっていた。


「ショーン……」


フゥディエにショーンと呼ばれた者を改めて見ると、どこか既視感のようなものを覚える。


「いい歳してこんな所で一人遊びかよダセー」


完全に見下したものいいと小馬鹿にした笑い顔でこの青年が誰だったかを思い出した。

こいつは見るたびにフゥディエに嫌がらせをしていたあのクソガキだ。

随分と成長したものだ。

甘いマスクとナンパな雰囲気、あと数年すれば数多の女性が騒ぎ出しそうだ。

しかし未だにフゥディエに付きまとっているのは許しがたい。

報告書には彼女に積極的な嫌がらせをしているのは奴一人で、他は寧ろ近づけないよう牽制しているとあった。

その為に奴自身も彼女と大きな隔たりが出来ているというのだから笑える。

実に都合の良い存在なので放っておいたのだが、そろそろ考え直すべきなのかもしれない。


「なんだその不恰好なガラクタ」


フゥディエの手元を覗き込んだ奴は、またしても小馬鹿にしたように鼻で笑う。

彼女の手には穴を開けた木の実や石に糸で繋げた物がある。

奴の言葉にフゥディエは肩を落とした。


「やっぱりガラクタに見えるよね」

「……貸してみろよ。この石の隣にこの大きさの木の実を並べるからバランスが悪いんだ。ここはほら、小さいのを繋げた方が見栄えがいい」

「うわ、ホントだ。さっきと全然違う! 凄い、凄いよショーン」

「ど、どうってことねぇよこんなの。お前のセンスが悪いんだろ」

「それもあるのかもだけど、ショーンが器用なんだよ。凄いなぁ」


褒められた奴は滑稽なほど顔を真っ赤にさせて動揺しているが、フゥディエは手元を見つめてそれに気付いていない。

実に不愉快な光景だ。


「出来た」


奴からの野次や口出しを相手にしながらもせっせと手を動かして手作りのブレスレットを作り上げた。

それを眺め柔らかく微笑む様はとても美しく見惚れていたが、ふとその顔が陰りを見せた。


「……もうすぐ、戦が始まるね」


隣にというよりも、どこか遠くに語りかけているようなフゥディエの声は悄然としている。


「どうか戦に向かう人達が、無事に帰って来てくれますように」


今作ったばかりのブレスレットを額に押し付け必死に願掛けするフゥディエ。

戦の行方を憂う少女のあまりの健気さに胸が締め付けられる。

そして自分はまだこの少女の前に姿を現わすべきではないと悟った。

この国を守り抜き彼女の憂いを取り払った時、彼女を迎えに行こう。

それまでは絶対に死ねない。

必ず勝利を、彼女をこの手にしてみせる。

それまで待っていてくれ。


私は燃えるように熱い決意を胸に秘め、彼女に声をかけることなくこの場をそっと立ち去った。





戦況は芳しい結果だった。

私の魔術は敵を翻弄するのに大いに役立ち敵は壊滅寸前。

どうやら私の魔術に対応出来る魔術師は相手には居らず、自分の圧倒的な力量に自分で驚いたほどだ。

しかしそんな気の緩みが、窮鼠に噛まれてしまうこととなった。

それは野営の奇襲だ。

隠密に長けた少数でしかけられたそれは明らかに私を標的としていた。

暗闇の中で暗躍する敵にこちらも焦りが募る。

部下達に目を瞑るよう指示し完成した光の魔術を放つ。

急激な光に目が眩んだ敵を部下達が次々と捕獲する中で、私はたまたま見てしまった。


「なぜ……」


目に映るのはあの男。

フゥディエと私の邪魔ばかりする憎い男が遠くの方で敵と応戦している。


「……なぜお前がそれをっ」


男の腕にはあの時フゥディエが作っていた手作りのブレスレットが嵌っている。

我が国の騎士が戦場において身に付ける装飾品は一つだけ。

別に規則として定められている訳ではないが、“最も大切な人間”と関連のある物を一つだけ身に付ける風習がある。

その者と再び会うことが出来るよう願掛けのようなものだ。

大体恋人や伴侶からのテルーニの贈り物であることが多い。

かく言う私もフゥディエと何か関連のある物をと思い急いであの時のブレスレットに似せたものを作らせた。

出来上がったのは金や宝石を削って作り上げた実物とはかけ離れた物でガッカリさせられたが、時間がなかったのでそれで妥協したというのに。

なのに、何故お前が本物を持っているっ!


遠くに追いやり安堵したのも束の間、毎週のように手紙でやり取りしているという報告を受けどれほど心を掻き乱されたかしれない。

だったらと思い、そうとは分からぬよう裏の裏から手を回して似合いの婚約者まで用意してやったというのに。

なぜフゥディエのブレスレットをっ!


敵を追いかけ拓けた野営から離れ森へ入る男の背を追ったのはほとんど無意識だ。

放った光から遠ざかり闇が濃くなる中、私は息を潜め極力音を立てぬよう注意深く走る。

敵を見失ったのだろう男が立ち止まり辺りを見回しているのを発見し、私は腰の剣に手をかけた。

この世で一番憎い男。その存在を看過することは出来ない。

背後から男を激情のまま斬りつけた。


「っ!?」


斬りつけられた男は呻き声をあげるでもなく驚きに息を呑み、そしてこちらを振り返る。

私を視界に捉えた男は驚愕に目を見開いたが、直ぐにドシャリと崩れ落ちた。

私は肩で息をしていた。


お前が、お前が悪いんだ。お前が私からフゥディエを奪うようなことをするからっ!


言い訳めいたことが頭をグルグルと巡るが、それでも喜びと安堵の感情の方が遥かに勝った。


これでもう大丈夫。あの子は私の物。私だけの物に出来る。

倒れた男の腕からフゥディエのブレスレットを取り外す。

これは本来私が受け取るべきだったものをこの男が盗んだのだ。

だから取り返して当然。


地面にうつ伏せに倒れた男の背からは血が大量に溢れ出ている。

微かに息があるのが分かるが、もう呻き声もあげることが出来ないほどに弱っている。

一度斬りつけた血塗れの剣先を男の首筋へと当てる。

トドメを刺そうと思ったが、ふと気が変わった。

人間はこの量の血を失っては生きてはいられない。

この男の命はあと数分といったところか。

だったらわざわざここで楽にしてやることもない。


「誰よりも苦しみ死を味わえ」


憎悪と共に吐き捨てた言葉を残しその場を去る。

さて、残党を狩りに行かなくてはな。

取り返したブレスレットに口付けると、自然と口端が上がる。


待っていてくれフゥディエ……今、帰るぞ。




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