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牢の番人  作者: 真冬日
閑話
28/40

28※ヴァル視点3

今年もまたやって来てしまったこの季節。

惨めに奪われ敗者として逃げ帰った苦いあの思い出から一年経ったということだ。

あの男はこの一年事あるごとに私の視界にチラチラと入ってきた。


大らかでどんな人物も受け入れる大きな懐。

品のない態度と十代とは思えないむさ苦しい巨体で、一部貴族出身の騎士と淑女からは嫌煙されているが慕う人間はその非ではない。

そんな奴が鬱陶しくてならない。

王弟としての権力と鍛錬を積んだ剣を振るってしまいそうになる度、その短小さに嫌気がさす。

聖人君子だとは言わないが今までの人生、決して後ろ指差されるようなことはしていない。

常に己を磨き律し滅してきた。

誰に恥じることもなくその心の内を晒せると胸を張って言えたのだが。

今のこの無様な心はなんだ。

暗く醜悪で粘着質で、とても披露出来ない黒さ。

私はこんな人間ではない、こんな人間ではなかったはずだ。

この時の私はまだ自分の弱さを認めることが出来なかった。

悪いのは私ではなく、あの男だ。あの男と、そして……ここまで考え、ハッと正気に戻る。

私は一体何を考えているんだ。

もう何度目か分からない凶悪な感情の訪れに自嘲する。

馬鹿なことを思うものではない。

フゥディエのせいでおかしくなるなどと、言いがかりもいいところだろう。


どうかしているなと小さく首を振り、孤児院への道すがら馬の手綱を強く握り直す。

慰問は見習い期間である三年間だけ、つまり今年で最後だ。

今年こそはフゥディエの近くへ、その決意は固い。

不吉な黒を纏っただけの子供に何故こうも拘るのか、そんなことは最早どうでも良かった。

この醜く無様なこの心はただただあの子を求めた。


「「「ようこそ騎士様っ!!」」」


子供達の恒例の挨拶に大してなんの感想も浮かばず、なかなか見当たらないフゥディエを捜すのに集中する。

どこだ? あの黒髪を私が見落とすはずはないのだが。

沢山用意させた菓子を早くフゥディエに見せたい。

どうやら慰問の会場となっている孤児院の前の広場にはまだあの子は居ないらしい。

予め決められた段取り通り、広場に置かれた簡易的なテーブルの上に並べられた菓子の数々はフゥディエを待つことなく子供達に披露される。


「うわぁこんなに大きなケーキ初めて見た!」

「チョコレートもこんなにたっくさん!」

「綺麗な色のキャンディねぇ」

「凄い凄い!」


興奮した様子の子供達に情けなくも叫びたなる。

違う。これはお前達に用意したものではない。全てフゥディエのものだ。


そんな大人気無い私の心情を無視して今回の土産のメインであるケーキが切り分けられ始めた。


「先生っお掃除終わりました!」


どんどん小さくなるあの子のケーキをハラハラと見守っていると、ようやく懐かしい声が耳に届く。


「あら随分と早かったわね。まさか手を抜いてはいないでしょうね?」

「いいえ先生。きちんとトイレ掃除まで終わってます。今日はいつもよりうんと早起きしてお掃除したので」


随分と口調が大人っぽくなったものだ。

孤児院の職員と会話しているらしいフゥディエの方を逸る気持ちで振り向き、その姿に驚愕する。


「っ……」


年配の女性職員と会話するフゥディエは、なんとスカートを穿いていたのだ。

幸い私の様子に気付いたものは居なかったが、思わず喉から格好の悪い悲鳴のようなものが飛び出しそうになった。


草臥れ大分色褪せてはいるものの、膝丈でふわりと揺れるスカート。

相変わらず鶏ガラのように細いその身体に身につけられたそれに、私は世界の常識がひっくり返ったかのように愕然させられた。

フゥディエは、少女だったのか……。


通常たとえ幼くても女児は髪を伸ばしスカートを身につけるのがこの国では一般的であるのだが、去年までのあの子の髪は肩までしかなくズボンを着用していた筈だ。

髪の短さは色が関係していることが予想出来るが、何故少女がズボンを履く必要があったのか。

そのせいで彼女を男児と思い込んでいたではないか……いや、正直なところ性別など意識したことはない。

フゥディエはフゥディエという不思議な生き物であると認識していた。

そうか、あの子は女だったか……


内心で何度もその事実を咀嚼すると、何故か堪らなく胸が踊った。

まるで何か道が開かれ希望の光に輝いているかのような、そんな夢のような心地がする。


「よろしい。だったらみんなのところでケーキを食べる許可を出しましょう」

「はいっありがとうございます!」


尊大な態度で言い放った職員の言葉にフゥディエは花が咲いたような笑みを浮かべる。

今まで気がつかなかったのが不思議だ。その愛らしさは少女にしか見えないではないか。


「おや、フゥディエ居たのかい。残念だがケーキは均等に分けてしまってもうないよ」


ケーキのテーブルまで軽やかに駆けていったフゥディエを待っていたのは、給仕をしていた男性職員の冷たい言葉。

張り切って持ってきた空の皿を手に彼女は悲しげに眉を下げる。

その反応が面白かったらしいその職員は、デップリとした腹を揺らして笑う。


「まぁそんなに落ち込むな。ほらよ、これでも食べときな」


ケーキのあった場所にこびりついていた生クリームと僅かに残るスポンジの小さい欠片を掻き集め、笑いながらフゥディエの皿にべチャリと乗せた職員。

その様子を目にし、頭に血が昇る。

なんだその残りカスは。

本来フゥディエが食べるべきはこんな残飯のようなクリームの寄せ集めではなく、季節の熟れたフルーツがたんまりと乗った美しいケーキの筈なのに。

菓子は全て彼女に用意したもので、ケーキはホールごと彼女のものなのだ。

あまりに意地の悪い職員を衝動的に怒鳴りつけようとした時である。


「うわぁぁ! クリーム! やったぁ!」


フゥディエは屈辱的な代物に歓喜の声をあげた。

嗚呼、どうしてこの子はいつもこうなのか。


手にあるものだけを全力で喜び、奪われても直ぐに諦めてしまう。

それは謙虚を通り越して死に急いでいるようにしか見えない。

だからフゥディエから目が離せない。


「センセー酷いっ! そのケーキの端っこはボクにくれる約束でしょ! なんでフゥなんかにやるんだよぉ!」

「おう、そうだったウッカリしていたよ。ほらフゥディエ返せ」


緩んだ顔で手元の皿を眺めていたフゥディエから、職員はヒョイとそれを取り上げてしまった。

その皿はフゥディエより少し低い背丈の少年へと渡った。


「あっ………!」

「なんだ不服そうだな。年下には優しくするのがここのルールだ。そんなこともわからん奴はここには要らんぞ」

「……はい。ごめんなさい」


激しく肩を落としたフゥディエは俯いたままその場を去った。


「おい貴様」


ニヤニヤとフゥディエの背を眺める職員の男へと声を掛ける。

私を確認したその男は小さな目を見開き狼狽えた後に、先程までとは違う遜った笑みを浮かべる。


「な、なんでしょうか騎士様」

「何故ケーキの数を確認しなかった。あの子供だけケーキが行き渡っていないではないか」

「ああ。それなら良いのです。あの子は少々輪を乱すきらいがありまして。協調性を身に付けさせる意味であの子の分は数に入れていないのです」

「……ケーキを与えないことがどのように協調性に繋がるのか理解出来ぬのだが」

「協調性を欠くということは、つまりは皆が平等に与えられるモノも自分には与えられないということ。厳しいようですがそれを分からせる為の教育の一環なのですよ」


さも高尚な台詞を語っているかのような満足気な顔に苛立ちしか湧かない。


「あの少女の具体的な問題はなんなのだ?」

「先程も申し上げました通り、あの子は輪に入ろうとしないのです。この院ではグループを作らせ行動することが殆どですが、いつでも一人自分勝手にしています」

「………………」

「その為本来グループ数人でする掃除や洗濯、調理なんかの当番制の雑用も、どうやら目立ちたい一心に全て一人でやってしまいます。当然仕事が他のグループより極端に遅く、多くの子供達が迷惑を被っているのに意地になっているのでしょう。困ったものです」


どう考えてもフゥディエが仲間外れにされ仕事を一人で押し付けられているだけだろう。

目の前のヘラヘラと卑しい笑みを見ながら、孤児院の責任者並び職員総入れ替えを決意した。

フゥディエの反応を見れば、如何に虐げられて来たかが分かるというのに、何故自分はすぐに気付いてやれなかったのかと後悔の念が浮かぶ。

もし仮に本当にあの子が普段から自分本位な行動をしているとしても、あんなに嬉しそうにしていた物を取り上げていい訳がない。

孤児院の連中のフゥディエに対する今までの扱いを調べ上げ、彼女と同じ目に合わせてみるのも一興かもしれない。

少しはその醜い身体も引き締まるだろう。


孤児院を担当する管轄に伝令役の者を走らせ即行動するように命令を下す。

無闇矢鱈に権力を振り翳すのは好きではない。

今まで斬れ味の良過ぎる刃を恐れ厳重に鞘に仕舞っていたが、フゥディエにかかわることならば迷うことなく振り回せる。

そこには一欠片の後悔もなかった。




そんな諸々の行動を起こしている間にフゥディエの姿を見失ってしまった。

ガリガリの身体からは考えられないほど素早いあの子は、気づくとすぐに居なくなる。

慌てて探し当てた茂みの奥を目にして思わず身体が固まる。


あの男とフゥディエが人目をしのぶように会っていた。

何故今年もまたあの男がフゥディエの隣にいるのだ。

並ぶ二人に不愉快な胸のむかつきが発生するが、それでも声の届く位置まで移動し身を隠して聞き耳を立ててしまう。


「フゥディエ、お前女だったのか?」

「……はい。今まで黙っていてごめんなさい」

「あー、言われてみれば俺が勝手に勘違いしてただけだわ。悪かったな」


気まずそうに頭を掻く男に対してフゥディエは微笑みながら首を横に振る。


「しかしなんで今までズボンなんて履いてたんだ?」

「孤児院に贈られてくる寄付の服は男の子用の方が多いんです。スカートの数は少なくて……だからコレ、今日の為に余った布で作ったんです」

「作ったって、フゥディエが?」

「はい、どうですか? 変じゃないですか?」


スカートの裾を摘まみ上げて隅々まで気にするフゥディエ。

言われてみればスカートというにはお粗末なつぎはぎだらけの腰巻だ。

だが彼女の年齢を考えるとかなり立派な作品だろう。


「いや、良く出来てる。可愛いぞ」


瞬間、ウフゥディエの嬉しくてたまらないとばかりに染まる真っ赤な頬を見た私は、胸のむかつきがピークに達し吐き気を催す。

目の前の不快な光景がぐるぐると歪むのに、血が上った頭は鮮明すぎるほど鮮明だ。


「しかし女の子なら剣の鍛練とか嫌だろ。もしかして先月も無理してたのか?」


…………先月?


「とんでもないっ! 剣はとっても楽しいです! ダンさんが指導してくれる月に一度の日が一番の楽しみなんです」 


月に一度っ……この男は月に一度もフゥディエに会いに行っていたのかっ!


「そうかそうか。フゥは筋が良いからな。教え甲斐がある」


グシャグシャとフゥディエの髪を乱しながら愉快そうに笑う男と、それに対し嬉しそうに目を細めるフゥディエ。

ハラワタが煮えくり返るとはこういうことを言うのだな。

この時の私はまるで酷い不正を発見した心地だった。

私は一年に一度しか会う機会がないというのに、この男ときたら、なんと卑怯な。

この卑怯者を許してはおけない。




————ぐ〜〜


意気込んで踏み出そうとした一歩は、間抜けに響いた音により踏み止まる。


「なんだフゥ、腹減ってんのか。菓子は食べてないのか?」


恥ずかしそうに腹を抑えるフゥディエに男は怪訝そうな顔で尋ねる。


「行ったらもう残ってなくて」

「お前足は速ぇがチビだからなぁ。何か持ってなかったか……お、あった。ほらこれでも食え」


差し出された包みを見たフゥディエの目が輝く。


「こんなんで悪いが、干し葡萄は携帯食として栄養価も高い優れもんだ。それに甘くて美味いぞ。まぁ今日並んでいた菓子には勝てねぇがな」

「ケーキよりもチョコレートよりも、私はこっちの方ずっとずっと嬉しいっ! ありがとうダンさん!」


……私が用意した菓子よりも、お前は、そんな携帯食が良いというのか?

足元から崩れてしまいそうで立っているのがやっとなほど呆然とする。

キラキラ輝く笑顔は男にしか向かない。

私には、絶対に向かない。








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