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牢の番人  作者: 真冬日
閑話
27/40

27※ヴァル視点2

ちなみにこれは、ただのロリコンストーカーの話です

暫くの間この苛立ちは消えなかったが、数ヶ月もすると自分の異常な状態を客観的に見ることが出来るようになった。

あの黒目黒髪があまりに珍しく大きな衝撃を受け、そして同情していたのだろう。

その証拠に今ではすっかり普段の自分が戻ってきている。

フゥディエの顔も朝の目覚めと就寝前の一日に二度程度しか浮かばない。



そうして心穏やかに過ごしたのだが、慰問は一年に一度ある。

来たる日が近付いてくるに連れてまた落ち着かない自分が舞い戻ってしまった。

頭がおかしくなったのかと心配になるほど幼いあの子供の顔が何度も浮かぶ。

気付くと子供の好きそうな玩具を沢山買い漁っていた。

街へおりて一つ一つ吟味して選ぶ時間はとても有意義に感じる。

フゥディエが手に取り遊ぶ姿を思い浮かべると自然と口端が上がる。


これを渡せば馬達に向けたあの笑顔を私にも向けるだろうか。

また鈴を転がしたような声で私の名を呼ぶだろうか。

あの黒い瞳は私の魂を吸い込むだろうか。

そんなことが日々脳内を巡り妙に気分が高揚する。


それが最高潮に達した時、私達は再会した。

相変わらず美しく不吉な黒を纏ったフゥディエ。

一年経ったというのにあまりサイズは変わらない。鶏ガラのように痩せている。

黒色にばかり目が行って一年前は気づかなかったが、手首も足首も一掴みで折れそうなほどの細さだ。

玩具ではなく何か食糧を持参した方が良かったか。

だがここはあくまでも国が運営する施設。

子供達に食糧が渡らぬほど困窮しているとは考えにくい。

現に他の子は子供特有の多少の小汚さはあるものの健康そうだ。

フゥディエが特別肥えにくい体質なのだろうか。

だったら今日はフゥディエの好物を聞き出そうと楽しい目標を立てる。


そうして子供達の前に沢山の玩具を披露した。

子供達から歓声が響く。

輪の端にちょこんと座っていたフゥディエも嬉しそうだ。


大いに満足して玩具に群がる子供達を見守る。

全てフゥディエのことのみを考えて購入したものであるが、施設の玩具は共有らしい。

だったら他の子供達の手に渡ったとしても問題はないだろう。

だがしかし、思い思いの玩具を次々と手に取る子供達の隅でフゥディエは未だに一つも手に出来ていない。

元気な子供の壁に阻まれ一際チビのフゥディエはなかなか玩具の山まで辿り着けないのだ。

それでも懸命に壁の間を縫って伸ばした腕にとうとう一つの玩具を掴んだ。

その様子をハラハラと見守っていた私は安堵の溜息をつく。

フゥディエが手にしたのは小型の木剣で、子供達の群れから抜けるとまじまじとそれを眺め「うわぁ……」と声を漏らした。

そうして一頻り眺めるとその木剣を見よう見まねに振り回しては余程気に入ったのかニコニコ笑う。

その眩しい笑顔に心が満たされる。

そんな私達の前に憎き存在が現れた。


「おいフゥ! それ寄越せよ! それは俺が狙ってたんだぞ!」


確か前にフゥディエを突き飛ばしたのもこの餓鬼ではなかったか。


「……うん、どうぞ」


フゥディエはあれ程嬉しそうだった木剣をあっさりと少年に渡してしまった。

少年は木剣を取り上げるとさっさと引き上げてしまう。

暫くその背中を悲しげに眺めていたフゥディエ。

取り返しに少年を追いかけようかと迷ったが、それはフゥディエが別の方向へと向かった為に頓挫した。

部屋の片隅にある箱の前までやって来たフゥディエは、新品の玩具の山に群がる子供達を窺うように一瞥すると箱の中に手を突っ込む。


出てきたのは、ゴム動力の鳥の模型とクマのぬいぐるみ。ここに元々ある玩具だ。

まずはクマのぬいぐるみを顔の前に持っていき暫く見つめると「へへ」と照れたように笑いそれに頬ずりを始めた。

何度も顔に擦り付けるそのぬいぐるみは片目が取れ手垢で薄汚れた代物だった。

何故そんな物を大切そうにするのだ。

私が買ってきた玩具があるだろう。

靄がかかった私の心を知らずにフゥディエは次にゴム動力の鳥の先端の羽を回し始めた。

右翼の折れたそれは大して飛ぶこともなく情けなくポテリと地面に転げたが、フゥディエは夢中でそれを追いかけ再び翼を回す作業に没頭する。


何故何故何故、何故だ?

何故フゥディエは私からの贈り物を受け取らずそんなガラクタで遊ぶのだ。

今日一日、未だにその黒い瞳に私を写していない理由はなんだ。

子供のような癇癪が感情を支配する。


「……何故新品があるのに貴様はそのガラクタで遊ぶ」


堪らず声をかけるとフゥディエの小さな肩が跳ねた。


「あの、えっと」


去年出会って初めて会話した時と同じ反応を一瞬微笑ましく感じるが、未だに苛立ちの方が優っている為キツく睨んだままだ。


「あれは……みんなのものだから、です」


怯えたフゥディエは小さく震えながら答えた。


「このオモチャも本当はみんなのものだけど、今は新しいのがあるから、怒られないと思ったんです……でも、やっぱりダメですよね」


玩具を慌てて箱に仕舞うと、叱られるのを待つように唇を噛み締め微かに震えている。

今にも涙が零れ落ちそうな濡れた黒い瞳で見上げられると、背筋に感じたことのない甘い痺れが走った。


「ごめんなさい。もうオモチャにはさわりません、許してください」


そっとフゥディエの肩にかからないほどの長さの黒髪へと手を伸ばす。

毛先を触り、そのまま耳の後ろに指を入れる。指に黒髪を引っ掛け、サラサラと流れる感触を楽しむ。

その間フゥディエの黒い瞳はずっと私だけを捉え揺れていた。

そう、これだ。この満たされた感覚。

堪らない。堪らなく心地良い。


「私があの少年から木剣を取り返して来よう」


自分でも驚くほど穏やかな声が出た。

フゥディエも唖然としている。


「少し待っていろ」


最後に黒髪をもう一触りすると、急いであの少年を捜すために踵を返す。

年甲斐もなく踊る心。

あの餓鬼から取り返した木剣でフゥディエに剣術を教えよう。

それから好物を聞いて、一緒に出かけてみようか。

いや、それは時間がない……そうだ手紙だ。手紙のやり取りを二人で始めればいい。

先ずは手紙で交流を持ち、後々出かける約束を取り付ければいいのだ。

ここから城まではそう遠くない。

会いたいと書いてくれればいつでも駆けつけよう。


逸る気持ちを抑え見回すと、少年は他の子供達と共に居た。


フゥディエの玩具を盗っておいて、どこか憮然とした表情なのが気に食わない。

その手には……木剣が、ない。


「おい剣はどうした」


思わず少年の前に進み唐突に喋りかけると、少年よりもその周りの子供達が大きく反応を示す。


「去年のカッコイイ騎士様だ!」

「俺、去年より剣の腕上がったんですよ!」


去年と同じくわらわらと集まり始める子供達。

しかし私は少年から目を離さない。

少年は私の方をチラリと見上げ、不貞腐れたように唇を突き出したまま喋り始める。


「あの剣は別の騎士様に取り上げられました……ほら、あれ」


少年に促された先にあったものに、身体が瞬時に石のように固まる。


「おらよ坊主。取り返してやったぞ」

「で、でも……」

「お前が先に取ったのを俺は見てた。いいから受け取れ」

「は、はい……ありがとうございます」

「いいってことよワハハハ」


なんだ、あれは?

視線の先にあったのは、フゥディエが一人の男に黒髪を乱暴に撫でられている光景。

確かあの男は今年騎士見習いとして入ってきた平民の出の者だ。

なかなか筋がよいと話題になっていた。


「俺のなのに…なんだよ勝手に…騎士って、ずりぃ」


少年は仄暗い目をしてブツブツと呟いていたが、私はそれどころではなかった。


「しかしあっさり奪われるとは情けねぇぞ坊主。男なら自分のもんは戦って守ってみせろ」

「あの、でも、私は……」

「でももクソもあるか。ヨシ! 俺がお前を鍛えてやるよ」

「ええ!?」


男のガサツな声はよく通る。

黒目黒髪のフゥディエに対し何の躊躇もなく接する姿に眉をひそめる騎士も多いようだが、男は一切気にした素振りもなく強引に剣の指導を始めた。

そんな男に戸惑いながらもどこか楽しそうなフゥディエ。


「そう、構えはそんな感じだ。脇を締めるのを忘れるな」

「は、はい」


フゥディエの少し困ったような、しかしとても楽しそうな声が響く。

その声に、肺の中に粘つくヘドロが蠢いているような吐き気とむかつきを覚えた。

私が……それは私がしようとしていたことだ。なんだというのだあの男は。

フゥディエはっ! フゥディエは私が見つけたのだ! 私だけのっ………


「騎士様? どうかしたの?」


掛けられた声にハッと意識を取り戻す。

私は今、何を考えていた?

確かにフゥディエのことは特別に気になるし、同情もしている。

だったらあの騎士とフゥディエが親しくすることは良いことではないか。

なのに私は今、かつてないほど不快だ。

—————奪われた。盗られた。

そんな思いに支配される。


「すまん、気分が優れない。今日は早めに引き上げる」


近くの同僚に声をかけ、孤児院を背にする。

本来このような勝手な振る舞いは許されることではないがここに居る者らが私を止められるはずもない。

だからこそ普段ならば規律を乱すことは絶対にしないのだが、今は気分が悪くて仕方ない。

気を抜けばあの男に盗人だと責めたて殴りつけてしまいそうなほどだった。



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