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牢の番人  作者: 真冬日
閑話
26/40

26※ヴァル視点1

少しだけ別視点を続けてから新しい章に入ります



出会いは私がまだ十代半ば、騎士団へ入団した年であった。

甥に当たる王太子殿下の存在。

それが余計な争いを生まぬよう私を騎士団に自ら志願させた。

この国の王族が騎士団に所属することには深い意味がある。

法として取り決めがある訳ではないのだが、剣に生涯を捧げた王族は実質王位継承権の放棄が暗黙のルールとされている。

己以外の王族が全て死亡でもしない限り王位は回って来ず、騎士団に入隊した王族が王位を得たという事例は建国以来一度もない。王位継承権が最下位に回るのだと言い直してもいいかもしれない。


騎士とは一生涯、国に忠誠を誓うもの。

それは建前であり実際には辛い職務に耐えられずに辞めていく輩も多いが、王族だけはそれを許されていない。

その代わりに入団した時から騎士団長の座を約束される。

それがただのお飾りとなるかは王族本人次第だろう。

ただ上に立つ者が無能では国は簡単に崩れる。

団長となり得る可能性がある王族が誕生した場合保険をかけておく。

対象となる王族が幼少より適正なしと判断されれば、現団長が予め後継者となる人物を育てあげる。


そうして無能な王族を影から支えるのだが、それは私には堪らなく屈辱に思えた。

よって影など作らせぬよう王弟として生まれたその日から鍛錬を重ねてきた。

勿論、兄上に何かあった時のスペアとしての帝王学も学ばなくてはならない。

幼い頃より誰よりも己を磨く為に日々を邁進していたと胸を張って言えよう。


そうして満を持しての入団と相成った。

初めの三年間は見習いとしてどんな人間も等しく上官に扱かれる。

温室で何もせずにぬくぬくと育った人間はこの段階で篩に掛けられたように自ら去って行く。

それに耐え抜いた人間だけが正式に騎士を名乗れるのだ。


そんな見習い期間には、一年に一度国が運営する孤児院へと慰問をする機会がある。

先の戦争で国民の信頼を失いかけている王族の威信を取り戻す為に建てられたその施設。

赤ん坊から13歳の成人前の親を失った子供達が集められている。



そこで出会ったのが、不吉な黒目黒髪を持つ子供だった。



国の花形職である騎士団が訪問するのは、施設をきちんと慮っているのだというアピールだ。

重要な任務の一つではあるが、いまいち身が入らないのは私が子供という存在があまり好きではないからだろう。

孤児院の前の広場に集まった沢山の子供達が目を輝かせ騎士達を囲む光景を少し離れた場所から見守る。

子供達はそんな私が気になるのかチラチラと目を向けてくるが、他の騎士達にするように気軽に話し掛けたりはしない。


私が近付きがたい雰囲気を出してるのもあるかもしれないが、周りの大人達の対応の為であろう。

施設の人間は勿論のこと騎士達さえ私を畏れている。

王弟という立場ということ以上に、訓練において私はいささかやり過ぎたらしい。

怪我を負わせてはいけないとでも思ったか、それとも何らかの打算があるのか、訓練で組み合っても全く力の入っていない輩が殆どだった。

それがどうにも気に入らず、怪我人が続出するほど本気で奴らを打ちのめした。

それ以来打ち合いで手を抜く者は居なくなったが、別の意味で近付きがたい存在となってしまったようだ。

とはいえ馴れ合いを求めて入団した訳ではないので別段問題もない。

今もこうして離れたところで傍観出来るのはありがたかった。



騎士は子供達相手に剣の指導をしたり簡単な遊びを教えたりと各々交流を図っている。

子供達はそれは楽しそうに騎士達に懐いているのだが、その中に一人だけ少し離れた場所にポツンと佇む子供がいた。


目を引いたのはその子供の髪色だ。

夜を纏ったような黒。

濃い茶髪は居るが黒髪など今まで見たことがない。

黒は魔を惹きつけると忌諱され、極力避けられる不吉な色だ。

これでは生きにくかろうと同情する。


だがそれ以上に、黒とは思いの外美しいものだったのだなと感心した。

そんなことを口にしようものなら正気を疑われそうだが、それが素直な感想だ。


黒によって子供の肌の白さや頬や唇の薄紅色が強調されている。

それがまた普通の髪色の人間よりもその子供を神秘的に見せた。

私の視線に何かを感じたらしい子供がふとこちらに振り向く。


————パチリ


黒い睫毛に縁取られた目が瞬きを一つする。

髪だけでなく瞳も吸い込まれそうな黒だった。


不思議そうにこちらを見つめる子供の視線に心の奥底から何かが滲み出る。

子供が首を傾げながら瞬きをする度にじわりじわりと溢れ出す心の中の何かの水嵩が増えていく。

自分の変化に戸惑う脳を無視して、身体は子供の前へと進んでいた。


「お前、名はなんと言う」


近くで見る子供の黒は、本当に美しい。

子供の黒に見惚れて半ば無意識に零した言葉に、子供は目を見開いた。


「えっと、あの」


予想通り子供特有の鈴のように高い声は耳に心地いいが、キョロキョロと彷徨う黒い瞳には少し苛立つ。

何故目を反らすのだ。

その黒はずっと私を写しておくべきであるのに。


「名は?」


苛立ちを隠さず再び尋ねれば子供の肩が大きく跳ねる。

それに苛立ちが引き不思議な満足感が心を満たす。


「フゥ、フゥディエ、です」

「フゥディエ……変わっているが、良い名だ」


微笑を浮かべながら頷くと、途端にフゥディエの顔が明るくなる。

つい先ほどまでの満足感とはまた違うじんわりした温かさが胸に広がる。

なんだと言うのだ、この感情の目まぐるしい変化は。


「きし様のおなまえはなんですか?」

「私の名はヴァルだ」


子供の舌足らずな口調に、次は温かさの他に癖になるような痺れがプラスされた。


「ヴァル様、ヴァル様……おぼえました! ヴァル様」


このように無邪気に名を呼ばれたことは未だかつてない。

楽しそうに連呼される己の名に誘われるように、手が艶やかな黒髪へ、輝く黒い瞳へと伸びようとした時だ。


「おい! フゥディエのくせに騎士様と口をきくなんて生意気だぞ!」

「わっ!」


一人の少年がフゥディエを思いきり突き飛ばした。

急いで駆け寄ろうとしたが、それより先に大量の子供達が雪崩れ込み私を囲む。


「騎士様! 僕と遊んで下さい!」

「剣の指導お願いします!」

「私の摘んだお花受けとって下さい!」


チラチラと様子見していた子供達は私がフゥディエと接する姿を見て近寄って来たらしく、餌を求める雛のように煩くピーピーと騒ぐ。

肝心のフゥディエはどうしているかと子供達の隙間から窺えば、痛そうに尻もちを付いていた。


「いたたた……」


顔を歪めながら小さく呟くと、起き上がって服に付いた泥を手で払う。

そうして私の方へと目を向けた。

フゥディエがこちらへ足を向ければ、大丈夫かと尋ねて手を差し出そう。突き飛ばした少年を叱り、静かになれる場所でフゥディエと会話をしてみよう。

そんな予定を脳内で素早く決めてフゥディエを待った。

だがフゥディエはこちらへ来なかった。

眉を下げ小さく背中を丸め私から離れて行ったのだ。


予想していなかった行動に一瞬脳の動きが停止した。

その間にもフゥディエは誰か相手をしてくれそうな騎士を探すようにキョロキョロと辺りを見回し、自分の黒髪を見る騎士達の目に気付いたのか再び眉を下げると諦めたように悲しげに俯いた。

そうしてふと一つの方向へ視線が止まる。


そこに居たのは騎乗してきた馬達。

休息中の馬達にそろそろと近寄ると地面へと腰を下ろし、その様子を楽しそうに眺め始めてしまった。

暫くすると、与えられた餌をのんびりと食べていた馬へと恐る恐る手が伸びる。

フゥディエは柔らかい鼻に感動したようで、目を輝かせて何度も撫でる。

食事を邪魔され少し鬱陶しそうなものの、よく訓練された賢い馬達はじっと受け入れる。

余程それが嬉しかったのかフゥディエは一人ずっとニコニコしていた。

そんな時、広場に大きな声が響く。


「おーい子供たち! これからオニごっこをするから参加したい奴は集まれー!」


声に反応したフゥディエが馬からパッと顔を上げる。

声の主である騎士の方へとぞくぞくと子供が集まるのを、焦った様子で馬と見比べる。

私を囲っている邪魔な子供達は一人も居なくならないというのに、フゥディエは迷った末にそちらへ向かった。


「俺が最初はオニをするからお前達は逃げろよ。範囲はこの広場の中だけな。タッチされた奴が次のオニだ」


子供達を集めた騎士はテキパキとルールを提示する。フゥディエは集まった子供達の端の方で素直にうんうんと頷いている。


「じゃあスタート!」


合図と同時に一斉に逃げる子供達。

フゥディエも嬉しそうに駆け出す。

意外なことにフゥディエは思いの他脚が速かった。

その小さな身体のどこにそんな力を溜め込んでいたのかと思われる脚力で広場を駆けて行く。

オニが近づく度に楽しそうな叫び声を上げ、バビュンッと音がしそうなほど速く逃げ出す。

その姿はまるで御伽噺の風の妖精のように軽やかで、今までで一番輝いていた。


だが、暫くすると気付く。

オニとなった子供達は誰もフゥディエを追いかけていない。

たまたま向かった方向に居たフゥディエが一人で逃げているだけだ。

騎士がオニを交代した時でも、フゥディエを追いかけてやろうとはしない。

フゥディエとて、それに気付かないはずはない。

たまに立ち止まっては、実は参加出来ていないオニごっこをぼんやりと眺める。

だがすぐにまた一人で楽しそうに広場を駆け巡る。

思わず孤独な背を追いかけようとする私の足元を周りの子供達が阻む。

フゥディエ、私はここだ。

思わず出掛かった言葉を呑み込む。

私は、何故あの子をこのように気にしているのだろう。


結局最後まで私の元へ来ることなく、オニの居ないオニごっこを繰り広げ、慰問の時間を一人で過ごして終わったフゥディエ。

帰り際も私に目を向けることなく、馬と傾く夕日を見ていた。

何故私を見ないのか。

無性に腹立たしく、ともすればフゥディエの肩を掴んで強引に問いただしたくなる。

腹に存在する何かがグルグルと暴れ今にも全身を支配しそうなソレを抑えて帰路についた。

私は一体どうしてしまったのだろうか。



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