20
相変わらずどこもかしこも高級で清潔な部屋。
かつてフゥディエも整えていた大きなベッドの真ん中へと落とされる。
これから一体どうなるのか。
それを思うと恐怖で胸が押し潰されそうだ。
恐怖の根源であるヴァルの一挙一動を見つめどうにか脱出出来ないものかと思案していると、ヴァルはフゥディエがベッドの上に居ることに満足そうに一人頷く。
そして彼女に背中を向け窓際へ向かった。
今だ! と閃いたがベッドが広すぎる上に柔らか過ぎた。
ベッドの真ん中でもたもた足掻いているうちに、窓際の豪奢な飾り棚から小さな箱を取り出したヴァルはすぐに戻ってきてしまった。
「今日はテルーニだ」
どうやら日を跨いだようでそんなことを呟いたヴァル。
だからどうしたと言いたかったが、ベッドに乗り上げてきたものだからそれどころではなくなった。
「これをお前に贈ろう」
目の前に先程ヴァルが取り出した箱を見せられる。
この男が自分に何かものを与えよういうことが信じられず訝しく箱を見つめていると、そっと箱は開けられた。
中には大きな青い宝石が付いたネックレスが鎮座している。
そのネックレスには見覚えがあった。
ショーンが店で見せてきた、とある貴族から注文されたという品だ。
そうか、何か嫌な感じがすると思えばこの青い宝石はヴァルの瞳の色に瓜二つなのだ。
となれば注文した貴族というのはヴァルのことだろう。
しかしそれを何故自分に贈ろうとするのかさっぱり分からない。
「ああ、やはり似合う。お前の黒と白い肌にその青はよく合う」
戸惑うフゥディエをよそにヴァルはさっさと彼女の首にネックレスを装着させてしまう。
青い石以外にも沢山小さな宝石が散りばめられた目が潰れそうなほど豪華なネックレス。
あの時、デザインしたショーンを前にしては言えなかったが、短めのチェーンの部分は頑丈そうでどこか首輪を連想させあまり好きではなかった。
己の首に嵌められたそれを今すぐ取り去ってしまいたくてたまらないが、反対にヴァルはネックレスをうっとりご満悦な顔で撫でる。
「あの男もまさかフゥディエにコレが渡るとは思っていなかっただろう」
「え?」
「自分が丹精込めて作ったそれが私の隣でお前の首にあるのを見ればどのような反応をするか一度は目にしてみたい。昔から目障りだったあの男の間抜け面はさぞ見ものだ」
上機嫌で喉を鳴らして笑いながら語るヴァル。
あの男とは誰か。 丹精込めて作ったということはショーンのことだろうか。昔からとは一体彼らにどのような接点があるのか。
与えられた情報の整理が追いつかずに目を白黒させる。
「今後は肌身離さず着けておけ」
「こ、困ります! こんな高価な物!」
裏返った間抜けな声で叫ぶ。
正直ヴァルからの物というのを抜きにしてもこのネックレスは着けたくない。
フゥディエのような者がこんな凄いモノを持っていればトラブルの元だ。
きっとやってもいない窃盗の罪を行く先々で問われるに違いない。
それが狙いだとすれば馬鹿正直にこのまま受け取る訳にはいかない。
または今のトチ狂っているヴァルならば、本気でテルーニの贈り物として与えたという線も薄っすらと残っている。
そうだとすればそれはそれで絶対に受け取りたくはない。
急いでネックレスを外そうとしたが、それより早くヴァルはフゥディエの手を掴む。
「お前にそれを拒否する選択肢はない。一生外す事は許さぬ」
「そんな………」
困り果てたフゥディエは腕を掴むヴァルを困惑の目で見上げる。
ヴァルの口端がゆっくりと上がった。
「私のものという証だ。ようやくだ。ようやく私の…フゥディエ……」
この男はこの状況で、なぜこんなに幸せそうに笑うんだろう。
あまりに無邪気な笑顔に絶句する。
そんなフゥディエへと迫るヴァルは、伸し掛るとそのまま彼女をベッドへ縫い付ける。
「っ、いやっ!」
慌てて押し退けようとするが騎士団長を勤める男の下から逃げ出せる筈がない。
焦るフゥディエとは対称的に慎重な手つきで制服の胸のボタンが外される。
同時にスカートの裾に手が掛かった。
「やはり貧相だな」
そう言いながらホゥっと溜め息を吐きうっとりと目を細め、浮き出た鎖骨を指でなぞる。
「お前の歳ならもう少し肉付きのある方が良いだろう。これからはもっと肥えさせなければなぁ」
「ひっ!?」
ヴァルの大きな手が極々ささやかな胸を掴みゆっくりと揉みしだく。
もう片方の手は内腿をのっそりと這っていく。
今まで以上の不快感に思わず身体が固まった。
「なんて、柔らかい。なんて、温かい。ホンモノだ。ホンモノのフゥディエが今私の手にある」
興奮気味に呟きながら大きく固い手が好きにフゥディエの身体を這い回る。
「クク、いつ見ても禍々しく不吉な色だ。これでは誰しもが嫌う筈だ。きっと新しい男もお前が目新しいだけですぐに飽きるだろう」
黒い前髪を一節摘むと、ピチャッと音を立てながら耳朶を舐め上げ、言い聞かせるように低く甘く囁く。
「化物のお前は誰からも好かれはしない。永遠に独りで生きて行くんだ」
「………………」
アクスの存在がなければ、今この時ヴァルの言葉に打ち拉がれていたことだろう。
しかしフゥディエにはアクスがいる。
長い一生を蔑まれながら独りで生きていくよりも、一時でも大切な子に必要とされ好意を向けて貰える短い人生の方がずっといい。
フゥディエは魔界へ無事彼を送り届けた後のことはまったく考えていない。
待っているのは重犯罪者としてどこまでも終わらない逃亡生活だけだろう。
目立ち過ぎる容貌と不自由な脚ではあっさりと御用となるかもしれない。
それでもフゥディエはアクスの手を取ることを選んだ。
まさに死を覚悟した上での選択である。
だからこそこんなつまらない場所で果てることなど出来ない。
「っぅ……」
首を這うヴァルの舌に粟立つ肌。
奥歯を噛み締め必死にそれをやり過ごしながら、どうにか隙を突いて逃げられないか考えを巡らしていた。
「独りは怖いか? 寂しいか? だが、今からお前は私のモノ。私だけのモノだ。もう何も怖がる必要もなくなる、嬉しいだろ、嬉しいよなぁ。私もとても嬉しい」
とうとう上下共に服を剥ぎ取られてしまった。
「お前は日に焼けぬ質だと思っていたが、元の肌は更に透けるように白いのだな。益々黒が際立つ」
感心した声で自分の言葉に頷くヴァル。
「なんと醜く愛らしい」
“愛らしい”という単語に聞い間違いだろうかと耳を疑っていると、又しても先程と同じように唇が重なった。
「んぅぅう……」
舌が口内を這いずり回る。
身を捩り離そうとするがヴァルに身体を押さえつけられそんな抵抗は無いものに等しかった。
ヴァルの舌が、唾液が、フゥディエを浸食しているようで恐ろしい。
何よりこの背中に走るゾワゾワとした悪寒が堪らなく不快である。
「っ、んっ……」
一体いつになったら飽きるのだろうか。
永遠にこのままでいるつもりではないかと思うほど、もう随分と長い時間口付けられている。
その間、フゥディエは少しずつ体調に異変をきたしていた。
(な、に…これ……)
身体がどんどん熱くなっているのだ。
不快で仕方ないのに、まるで酒に酔ったかのように力が入らない。
長く口付けられる分だけ調子がおかしくなる。
強制的に身体の芯に注がれるナニか。
それは今まで絶対的に足りていなかった。
得たことにより初めて自身の中に凄まじい飢餓が潜んでいたことに気づいた。
(美味しい…美味しい……もっともっと欲しい。この男の、ナニかが)
心臓が煩くドクドク鳴っている。
頭が割れるように痛い。
(もっとして、唾液なんかじゃ足りない。ずっとお腹空いてたんだもん)
「はぁ……フゥディエ……」
ようやく口付けから解放された時、フゥディエは完全に自我を失っていた。
目の前の男が誰かなど、どうでもいい。
欲しい、欲しい、欲しい、欲しい。
濡れそぼった己の唇をペロリと舐める。
「ねぇ、もっとちょうだい?」
ヴァルの青い目が瞠目する。
目の前には、立派な角と揺らめく尾っぽ、蝙蝠のような羽根を広げ妖艶に微笑むフゥディエがいた。