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牢の番人  作者: 真冬日
逃亡前
18/40

18

仮眠を取った後は予定通り薬草の採集に繰り出した。

夜中の森は驚くほど闇が深い。

手元の小さなランタンの光のみで地面を照らし這いつくばって珍しい薬草を探した。


「ふぅ、これくらいでいいかな」


這いつくばって探したとは思えない程の成果に満足し、そろそろ引き返そうとランタンを持ち立ち上がった時だ。



ガサリ、ガザ、ガザ―――


枯れ草を踏みつける乾いた音が静かな森の中に響いた。

森の動物ではない。

小動物は住んでいるが、ここはあくまで城の敷地内にある小さな森。このように大きな足音を鳴らせる動物なんていないはず。

これは間違いなく人間だ。

しかも悪いことに段々と響く足音が大きくなっている。

一体誰が何の目的でこんな真夜中に森へ来たのか。

関わっては逃亡が台無しになるおそれがある。

急いでランタンの灯りを消し息を潜めた。


ガザ、ガザ、ガザ―――


段々と近くなる足音に心臓がドクドクと嫌な音を立てる。


ガザ、ガザ、ガザ―――


足音は間違いなくこちらへ真っ直ぐと向かって来る。

足音の正体は一体何者か。

とてつもなく嫌な予感がフゥディエの背筋を凍らせる。

不思議と、今近づいているのは自分にとって悪いモノだと確信があった。


―――ガザッ


ついに足音はすぐ近くまで迫ってきた。

まるでそれは自分に向かって来ているかのようだ。

逃げろ———本能がそう叫ぶ。

それに従うように思わず駆け出した。

……自分の脚が動かないのをすっかり忘れて。


「あっ!!?」


ズシャ――――


上半身と動く方の脚だけが前に進み、置いていかれたもう一方の脚。

当然前のめりになり無様に地面に転げた。


「やはりお前には脚は必要なかったようだ」


クツクツと喉を鳴らした笑い声が頭上から響く。

見上げるとそこには凍るように冷たい目をした男がこちらを見て機嫌良さそうに笑っている。


「…………ヴァル様」


やはりそうか。

そんな感想が自然と浮かんだ。


「このような夜更けに除草作業とは随分と仕事熱心だな」

「………………」

「しかもここ数日毎晩ときてる」

「っ!」


見つからないように慎重を期していた筈の採集だったが、全てヴァルは把握しているらしい。

凍てつくような目でこちらを射抜く男に薄ら寒いものを感じて身震いする。


「これは何か褒美を与えなくてはならないな、なぁフゥディエ?」


転んだ際に地面にバラけてしまっていた薬草がヴァルによりズリズリと踏み躙られていく。


「どんな褒美がいいんだ? 背の皮がめくれるほどの鞭打ちか? それとも指を一本一本ゆっくり削っていくのも捨てがたい」


実に愉しげに語るヴァルは少しずつフゥディエへと迫ってくる。

その異様なヴァルの様子に震えながらも尻もちをついたまま後ずさる。


「まぁそう怯えるな。理由次第では酌量を認めるかもしれん。このようなことをした訳を話せ」

「……里の親が重い病にかかりまして。どうしてもお金が入用だったのです! 申し訳ございません! どうか、どうかお許しをっ!」


真っ赤な嘘は口から自然と溢れでていた。

このまま窃盗の罪で拷問にかけられてはアクスを逃す計画は崩れてしまう。

もうこの際、拷問でも死刑でもなんでもいい。

ただそれはアクスを魔界に帰してからでないといけない。

今一時だけでもこの窮地から脱することが出来ればいいのだ。


「そうか、それで突然辞職届を提出したという訳だな」

「っ!? は、はい! そうなのです!」


一介の下働きの離職など王弟の耳に入る筈がないのだが、それを把握するヴァルの不気味さに恐れ戦きながらも大きく頷く。


「嘘を吐くな」


口元に弧を描き不気味な微笑みを携えていたヴァルは、みるみる内に形相を鬼のように変化させていった。


「う、嘘などでは……」

「いいや、お前には両親など居らぬ。生まれた時から天涯孤独の筈だ」


まるで知っているのがさも当然とでもいうように断定的な口振りに絶句する。


「新しい男でも出来たか。一体いつになったら理解するのだ。お前には初めから選択肢などない 。私の手から逃れることなど出来るはずなかろう。お前は一生私のモノだ」

「な、なにを言って……」

「その禍々しい黒い瞳、黒い髪。そんな不気味なモノを一体誰が欲しがるというのだ? 欠陥品の脚を引き摺り地を這い、一日中草を毟る。相手をしてくれるのは異形の醜悪な犬のみ。持ち金も僅か、自分の料理を犬に貢ぎ自分は生ゴミを喰らう。これ以上みすぼらしい女もいまい」


生ゴミを喰らう女……。

改めて語られる第三者から見た自分の姿に羞恥心が湧き顔を地面に俯かせる。

しかし気にかかるのはアクスの餌の件まで知られていることだ。

まさか今回の逃亡まで把握してはいないか気が気ではなく、俯かせた顔を上げる勇気が出ない。


「誰よりも嫌われ、誰よりも劣る存在。貴様の価値のなんと低いことだ」

「……」

「誰もお前など必要としていない」


酷く愉しげに語るヴァルの言葉はジクジクとフゥディエの心の傷を抉った。

何度となく似たようなことを言われてきた。

いつだってそれが過ぎ去るのを小さくなって待った。

傷はいつか塞がるだろう。

そう思ってやり過ごしていたが、治る前に次々と加えられる言葉の暴力に最早心は麻痺して痛みを感じなくなった。

ただ、フゥディエのそんな心を癒そうとしてくれる存在が現れ、それが痛みであったことを思い出した。


(痛い、痛い、痛い、でも……)


俯かせていた顔を上げヴァルを見つめる。


「そんなモノを私が所有してやるんだ、感謝しろ」

「っ、う、うるさいっ! わ、私っ、私にだって、必要としてくれるヒトがいるんですっ!」


ヴァルには数えられないほどの嫌がらせを受けてきた。

一度だって反論しようなんて考えたこともなかったが、アクスという存在を得たことで小さな反抗心は芽吹いていた。

こんな自分でも慕ってくれる子はいる。

それがフゥディエに失った自尊心を取り戻させた。


しかし逃亡前に気が大きくなっていたとしか言いようがなく、すぐに恐怖と後悔が押し寄せる。

逃亡を果たすことが出来ればもう今後ヴァルと関わらなくて済む。

最悪もう一度会うことがあるとすれば、フゥディエが捕まり絞首台に登るその時に遠くの景色として写るくらいであろう。


だがそれはあくまで逃げ切ればの話だ。

この場を切り抜けねば全ては台無しであり、ここでヴァルに噛み付いたのはかなりの悪手といえる。


「ほう、興味深い話だ。是非その新しい男の話を聞きたいものだ」


現にヴァルはかつてないほどの怒りのオーラを携え、フゥディエへとゆっくり迫ってくる。


「あ…そ、その……」

「何故お前はいつもいつも他の男を見る。ヒラヒラと私の手から逃れようとする。その黒い瞳はどうすれば私を捉えるのだ」


普段は冷たいヴァルの瞳がギラつき焦げそうな程熱くフゥディエを見つめる。

暗闇で光るそれに壮絶な恐怖を抱くなか、地面に尻を付けたままズリズリと後ずさる。


「逃げるなフゥディエ」


穏やかな声だった。

それが逆にフゥディエの恐怖を煽り、凍りついたように動けなくなる。

とうとう目の前まで迫ると、ゆっくりと地面に屈み互いの息がかかる程距離を詰めて来た。



「ヴァル、様? っん!? んんん!!?」



何をされているのか理解出来なかった。

唇を塞がれ口内を這う柔らかな感触。

目の前にヴァルの端正だが神経質そうな顔が。


「ふっ、んくっ……」


息が出来ないっ! あ、鼻ですれば……。

舌に絡みつく柔らかさに背筋が粟立つ感覚に陥りながらそんな事を思った。


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