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牢の番人  作者: 真冬日
逃亡前
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「あ、そう言えばもう一つテルーニの贈り物があるのを忘れてた」


可愛らしい菓子屋でカチコチに緊張しながらケーキを選んだり、王太子のシェイルと再会したり、ヴァルにケーキの箱を踏み潰されたりと中々濃い出来事が満載ですっかり記憶の隅に追いやってしまっていた。

寧ろこちらの方が贈り物のメインと言ってもいいのだが、犬である彼らがもう一つの贈り物を喜ぶとも思えず完全にフゥディエの自己満足とも言えるので重要度は低い。


「これ、あなた達の瞳の色と同じストーンの付いたブレスレットなんだけど。思い切って買ってみたんだ」


ポケットから取り出したショーンの店のブレスレットに、今まで膝に埋もれたまま沈黙して起きているのか分からなかった三頭犬が同時に勢いよく顔を上げた。


「本当はストーンの付いた装飾品って恋人とか夫婦に贈るんだけどね」

「「「!!!」」」


そう言った瞬間、六つの耳と蛇の尻尾が針金が入っているのではと思うほどピンッと天井に向かって立った。

ついでに銀毛もぶわりと逆立っている。

フゥディエはそんな彼らの様子に気付かず、手に巻こうか、足首の鎖にぶら下げようかと色々と考えていた。


「わんっ!」

「え、うわっ!?」


突然三頭犬がフゥディエにのし掛かってきた。

重い彼らを支えられずに後ろに倒れ込む。


「なに、どうしたの?」


いつになく荒い呼吸と真剣な眼差しで見下ろしてくる三頭犬。

様子のおかしい彼らが心配になり、ブレスレットを持ったままの右手を伸ばした時である。


——————ペロッ


ブレスレットの丁度ストーンの部分を真ん中の頭が一舐めすると、彼らの目の色と同じ深く濁りのある赤だった石がより深い赤、もう殆ど黒に近い色へと変化してしまった。


「……なにこれ?」


その不思議な出来事に驚き、ストーンをまじまじと見つめる。

温度で変化するのだろうか?

それとも水分?


「ねぇ見てこれ……は?」


三頭犬にもこの不思議な現象を見せようと彼らを見上げたのだが、そこには思いもよらない光景があった。


「ひっ……い、い、いやぁぁぁ!」

「落ち着けフゥディエ」

「なに!? 誰っ!? なんなの!?」


見知らぬ男が全裸でフゥディエに乗り上げていたのだ。

混乱するのも無理はない。


「我はフゥディエの恋人だ」


全裸の変質者が何か言っている。

しばしドン引きしていたフゥディエは、重要なことに気付いた。


「あの子達は? あの子達がいない!」


今の今までそこに居た三頭犬が見当たらない。

必死に狭い牢を見渡しどこにも居ないことが分かると、三頭犬の代わりのように存在する変質者に詰め寄った。


「あの子達はどこ!? どこへやったの!?」

「落ち着け、フゥディエの犬はここに居る」

「………」


ちょっと何を言っているのか分からない。

思わず呆気に取られたが、虚を突いて誤魔化す気ではないかという可能性に思い至り男をキツく睨みつける。


「我名はアクス。魔界を統べる一族の者。そしてフゥの犬でありフゥの恋人だ」

「そういうのいいから、あの子達は——」

「毎日美味い餌をありがとう。我はフゥにいつも感謝している」


ペットを飼ったことのある人間ならば一度は妄想するのではないだろうか。

もし愛するペットが言葉を喋ることが出来たのならば、きっと自分を慕う台詞を言ってくれるのではないかと。

フゥディエは三頭犬を飼っているわけではないのだが、彼女もまた変質者の台詞に反応した。

いかにも彼らが言いそうだ、と。


「この牢へ入れられた最初の頃、凶悪な人間の雄が毎日怒鳴りながら我の元へ生ゴミを投げ付けてきた」


男が語るのはフゥディエが牢番になる前の話だろう。

因みに投げ付けられていた生ゴミとは、現在フゥディエの大切な食料のことである。


「我は怖くてひもじくて、いつも怯え小さく震えていた。そんな我を救ってくれたのがフゥディエ、そなただ」


フゥディエが牢番になったばかりの頃、まだ彼女に慣れていない三頭犬は鋭い歯を剥き出しにして恐ろしく低い唸り声で威嚇してきた。

毎日牢を訪ね餌をやり笑顔で語りかけるうちにその態度は急激に軟化していったのだが、当初の三頭犬はそれはそれは凶暴で決してか弱く震えてなどいなかったのだが———


(……確かに、あの子達も最初の頃は可哀想なほど怯えてたけど)


しかし彼女は三頭犬を愛するあまり、彼らは仔犬のようにプルプルしていたと記憶が改変されていた。


「フゥディエ、聞いてくれ。我とて本当は分かっておった。我の餌を運ぶ為、フゥディエに大変な負担を強いておることは」


落ち込むアクスの様子に、耳をペタンと倒す三頭犬の姿が脳裏に浮かぶ。

気付くと無意識に首を横に振っていた。


「負担なんて」


三頭犬に会いに行くことが負担な筈がない。

それはフゥディエにとっての生きる糧なのだから。


「フゥディエの脚で此処へ来ることが負担でないはずはあるまい。分かっていながら我の為に頑張ってくれるフゥディエに喜んでいたのだ。すまないフゥ……我は駄目な犬で駄目な恋人だ」


フゥディエはしょんぼりと俯く男の中に三頭犬を見た。


「……まさか、本当にあの子達、なの?」


半信半疑で呟いたが、よくよく見れば変質者の髪は銀色に美しく光り輝き眼の色は深く濁った赤である。

体格もしなやかで程よく筋肉が付き、どこをとっても彼らを彷彿とさせた。

容姿もとても整っており、街の女性は皆振り向くのではなかろうか。

体格のわりに少し幼さは残るが、まずそこらではお目に掛かれないだろう現実離れした美しい男だ。

もし彼らが人化したとしたならと想像すればこれ以上に完璧な者はいない。

だがフゥディエには一つ疑わしいことがある。


「でも頭が三つないよ」


この男が三頭犬だとして、頭が一つなのはどういうことだ。

フゥディエは一つ頭の美男子を訝しげに睨みつけた。


「元々我の頭は一つ。あの姿は我が城に長くから飼育されているケルベロス、名をホイホイという」

「ケルベロスのホイホイ?」

「ああ、我は訳あってホイホイに変化し、この人間界へと身を隠していたのだ」


つまり“ホイホイ”という名前のペットの姿に変身していたということでいいのだろうかと、キャパを超えそうな頭で必死に整理する。


「あのように愛くるしい姿ならば人間共にも警戒されないと踏んでいたのだが、奴らには血も涙もないようだ。愛くるしい我をあのよう乱暴に捕らえ牢に閉じ込めてしまうとはなんたる非道」

「頭が三つあって蛇の尻尾の犬は凄く珍しいから……」

「なんと! そうだったか。人間界で犬が珍しいとは誤算だった」

「いや、犬っていうか……まぁいいや。あの、やっぱりあなたは魔界の住人なの?」

「ああ、我は魔界に住まう魔族だ」


男の説明によると、人間達には確認されていないが瘴気の漂う魔界は魔族という者らが支配しているのだとか。

たまに人間界に迷い込みすぐに死んでしまう魔物は、人間界でいうところの動物のようなものだとか。


「魔界で生きるものは皆、魔力が必要だ。だがここの魔力はあまりにも薄すぎる」


人間が瘴気と言っているものの正体は魔力というものらしく、魔法を生み出す元なのだがこれが人間には毒になるとか。

その為に、魔族と人間はお互い邂逅することがないのだという。


「でも、それだったらあなたは大丈夫なの?」

「我は魔力を体内に貯めておく魔器の大きさが他の魔族とは違うのでな。魔力がない場所であっても暫くは平気なのだ」

「暫くってどれくらいなの? あなたが来てもう随分経つじゃない」


話を全て鵜呑みにしたわけではないのだが、それでも三頭犬の正体がこの男である可能性がある以上気が気ではない。

さっと顔色を変えたフゥディエに男はいたく感激したように目を輝かせた。


「我の心配をしてくれるとは、やはりフゥディエは優しい。我は嬉しい! 」

「ひっ、その格好で抱きつかないで!」


よく考えてみれば男は全裸で未だフゥディエに乗り上げている。

更には首に抱き付いてこられては、男性に免疫のない彼女は自分の状況を再認識して慌てふためく。


「フゥ好き、好き好き好き!」


焦るフゥディエを気にかけることなく男は思い切りすりすりと頰ずりをし愛を叫び興奮冷めやらぬ様子だ。

その様はまさに躾のなってない三頭犬そのもので、異常な状況にもかかわらず少し安心する。


「ああ、何故我の頭は一つしかない。フゥを一方向でしか感じられぬとは不便極まりない」


そう言ってしょんぼりする男の銀色の髪を、思わずいつも彼らにするように優しく撫でてしまう。


「ねぇあなたが本当にあの子達だったとして」

「我が名はアクスだ」

「うん、アクスが本当にあの子達なら、これからどうするつもりなの?」

「っ、うるさく吼えたりしないし、フゥディエが大変なら餌の回数は減らしてくれていい。我はずっとずっとフゥディエをお座りをして待てるいい犬だ。だからこれからもどうか我に会いに来てくれ」


健気だが極めて馬鹿っぽい台詞にフゥディエは胸を締め付けられるような喜びを感じた。

今まで彼らを想って行動していたことは余計な世話などではなかったのだと、このように無条件で慕われるとなんだか報われた気がする。

しかし、今はそんなことを感動している場合ではない。


「でも魔力はどんどん減っちゃうんでしょ? ずっとこのままってワケにもいかないじゃない」

「たとえ魔力が底をついても我はフゥディエと共にいる。それで力尽きても我は本望だ」


力尽きる?

アクスの言葉に一瞬頭が真っ白になる。

三頭犬が死んでしまう、それはフゥディエにとってこの世で一番想像したくない場面だ。


「馬鹿なこと言わないでっ!」


一気に頭に血が上ったフゥディエは感情のままアクスへと怒鳴った。


「私はっ私は、絶対嫌だよ! アクスが居なくなるなんて、絶対嫌だ!」

「フゥディエ……」


脳裏をよぎるのは初恋の人だ。

あんな喪失感を味わうのはもうこりごり。

想像するだけで心が削られる思いがする。

目頭が熱くなるのを抑え、フゥディエは真っ直ぐアクスを見据えた。


「この牢を出よう。私がアクスを逃すよ」




どちらかといえば人化反対派なんですが、ケルベロスのままだと話が進めにくいので人間にしてしまいました。

一人称が我だと馬鹿っぽさ増すのはなんででしょうか?

マロや俺様の次に馬鹿っぽい気がする。

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