回転木馬
──中学の頃、俺はアリスをどう思っていたんだろう?
第八戦目。
マサムネはメリーゴーランドへと走りながら、心に自問を浮かべた。
入学して最初のクラスでアリスと出会い、一目見て心にピンと来るものを感じた。
正直、見た目の可愛い女子は他にもたくさんいた。中学校に上がった新鮮さと初めての学校制服から、時間を置けばごめんなさいな女子だって、初めはその直感が働くことも決してなかったとは言えなかったはずだ。
なのに、自分の中の全部がアリスを選んだ。
アリスだけを選んだ。
視界に入れば自然と惹かれ近付いていって、話せば時間は形を失い激流となって過ぎ去り、アリスとの間で何かを迷ったり臆したりすることなんて何もないというほど、自分にとってごく当たり前に近い存在となっていた。
だけど、本当にそうだったのだろうか?
高校に進学して、お互い離れ離れの時を過ごした。
一年半が経ってゲームでたまたま再会し、それからまるで中学の頃が戻ったかのような時間が続いた。
しかし、全部が全部、あの頃のままとはいかなかった。
それはやはり、アリスへの違和感──。
再会後、ゲームの中で初めて話をした時に覚えたあの違和感は何だったのか。それは会わなくなってから再会に至るまでの、どこからアリスに生まれたものなのか。
それからふと、マサムネは思う。
俺はアリスに対し、どんな想いを抱いているのだろう?
確かに中学の頃、アリスには特別な感情を抱いていた。
それは友達や恋人を超えた何か。家族のように近いけど家族ではなく、親友や同級生と呼ぶにはあまりに弱いもの。
けれど、思えばそれを言葉にしたことは一度もなかった。
自分はアリスのことをどう想っているのか。アリスとどうしたいのか。はっきりと言葉に置き換えて考えてみたことはなかった。
いつも曖昧なまま。わずかに触れる程度に出すばかりで、確かな形にすることはなかった。
「俺は相手に踏み込まない……か」
アリスには届かない小さな声で呟く。
アリスはどうして今日、俺とこんな勝負をすることを望んだのか。
曖昧なことだらけで、違和感だらけのこの現状。
一体どうすればこれに風穴を開けることができるのだろう?
それはきっと、俺が……。
──その一方。
アリスもまた、一人思案の中にいた。
気付けばいつも、マサムネのことを考えていた。
中学の三年間。それはアリスにとっても、とても楽しく特別なものだった。
それまで女子の友達は多かったけど、男子の友達はマサムネが初めてだった。彼と出会ってから、それほど多く言葉を交わした記憶はない。なのに、気付けばマサムネは誰よりも自分の近くにいた。
朝、通学路の途中で待ち合わせ。会っておはようを言って、並んで歩く。
話すことと言えば、家族の愚痴や学校のこと、テレビやネットで見て面白かったことの共有など、ここで挙げてもどうしようもないことばかり。
学校に着いて、勉強して、給食を食べて、放課後に部活をして。
帰る時間が一緒の時は、また同じ様に並んで歩いた。
マサムネを通して男子の友達も増えた。だけど、マサムネほど何ら気を遣わずに冗談や本音を交し合える人はいなかった。それはあるいは、女子の友達を合わせても同じ。
どうしてマサムネだったんだろう?
どうしてマサムネだけだったんだろう?
だけど同時に、私はいつもマサムネに掴むに掴めない、言いようのない〝遠いもの〟を感じていた。
マサムネは私のことをどう想ってるのかな?
私はマサムネにどこまで求めていいのかな?
二人で過ごす時間が長くなればなるほど、その気持ちはアリスの中で大きく、重くなっていった。
高校に入り、なんとなく会わない日が続くと、自然と風化させるようにマサムネから距離を置いた。
携帯電話の番号やメールアドレスを変え、SNSのIDなども変えた。
マサムネ自身もなんとなくこちらと距離を置くようになっていたから、二人の距離はそのままどこまでも開いていった。
自分の中からマサムネの影が薄れていくことで、それまで抱いていた悩みも薄まり、次第に意識から外れていくようになった。
それはたぶん、私にとっていいことだったのだろうと思う。
やがては完全にマサムネのことを忘れて、新たな道を歩み始める。自分でそう望み、結果としてもそうなっていた。
ならばそれは、きっといいことだったのだ。
それなのに……。
それは起きてしまった。
進路直線上にメリーゴーランドの光が見え始める。
アリスはその先にいるであろう、マサムネのことを想う。
かつての悩みは、今再び自分の中に。
だけど、もはや関係ない。
だって、私はもう……。
戻ることはできない。
ならば、私がすべきことは、ただ一つ──




