勝負
マサムネとアリスは、どちらも高校二年生になる学生だ。
二人が出会ったのは中学一年生の春。別々の小学校から入学し、同じクラスになった。
広い校庭と、一つ大人になったような校舎。初めての学校制服を身に纏い、何もかもが新鮮さと驚きに満ちていて誰しもが浮き足立っている、そんな中だ。
席は離れ離れ。だけどよほど相性がよかったのか、二人は何かに引き合わされたようにすぐに意気投合し、緊張が弛緩へと変わる五月になる頃には、既に多くの行動を共にする仲になっていた。
体育祭や文化祭といった行事を共に楽しみ、中間・期末試験を共に乗り越え、休みになるとお互いの友達連中を巻き込んでたくさんの思い出作りに励んだ。
日々はあっと言う間に過ぎていき、中学の三年間は二人にとってとても濃密なものとなった。
対戦は進み、また一発の銃声の後にマサムネは自分のキャラクターの死を目の当たりにした。
「試験はどうだった?」
アリスが尋ねる。
「まあ、まあまあかな。そっちは?」
「私もそんな感じ」
「お前がまあまあなら、俺がそっちの試験を受けたら目も当てられないことになるんだろうな」
「そうだね。たぶん、ヘッドショット一発で死んじゃうかも」
「今みたいに、な。……って、うるせえわっ!」
アリスが「あはは」と笑う。
中学を卒業し、二人は別々の高校へと進んだ。
高校生になると、環境はさらに大きく変化した。
電車通学になり、毎日たくさんの大人たちが交差する中を潜り抜けて学校へ行く。新しい校舎、新しい人間関係の中で、新しい多くの課題に追われ、違う意味で日々は駆けるように過ぎていった。
すると、そうした中では当然のことなのか、いつしかマサムネとアリスの間には、会うこともなく、連絡を取り合うこともない空白の時間が続くようになった。
マサムネはマサムネで忙しく、アリスは進学校に入ったこともあってなお忙しく、二人の距離は自然と遠く離れていくこととなった。
そうして一年半が経ち──
マサムネはコンテナの陰を慎重に進み、どこかに身を潜めているであろうアリスを探す。
「英語の教師がさ、えっらいおじいちゃんでイマイチ何言ってんかわかんねえんだよ。本当にその発音合ってんのかっていう」
戦いながらも話はやめない。キーボードとマウスを忙しなく操作しながらも、意識の大半はこの会話を楽しんでいる。
「うちは外国の先生が教えてくれるよ。すっごく背が高くてさ、ハンサムなんだよね~、これが」
アリスもしゃべるのをやめない。アリスの場合、ゲームと話のどちらに多く意識が向いているのかは定かではない。もしかしたら、どちらも半自動的に処理されていて、実はテレビもついでに見ているのだとしても納得ができる。アリスにはそれだけの処理能力があるとマサムネは認めている。
「ポイント、そこかよ」
「だって大事でしょ? どうせやるんなら、かっこいい方がいいに決まってるし」
今度はアリスがヨット側に配置されている。マサムネは揺れるヨットの一隻にその影を見つけ、意識を傾ける。
ところが、一気呵成に攻め込もうと陰から躍り出た瞬間、マサムネは頭をぶち抜かれた。
「……まあな。俺だって美人の先生だったら、もっと成績だって上がってる自信あるもんな」
いくらかのショックに間を置いて、マサムネが言葉を継ぐ。
「やだ、サイテー。これだから男って」
「おい! お前が言うなよ!」
アリスが「あはは」と笑った。
二人はある日、思わずこの『FPS』の世界で再会した。
このゲームは最初、中学二年生の頃にマサムネが始めたものだった。
元々ゲーム好きだったマサムネが最初に始め、アリスはその後でマサムネの強引な誘いを受けて嫌々ながらにやり始めた。
しかし、アリスは何をする上においても、マサムネを軽々飛び越えていく。
最初は嫌々ながらだったアリスも、いざやり出すとすぐにのめり込み、恐ろしいまでの集中力の高さと飲み込みの速さで、思い通りにマサムネの死体の山を築けるようになるまでいくらの時間も必要としなかった。
そして、それからはむしろアリスの方からマサムネを誘って対戦をするようになり、二人の三年間の思い出の一つにこのゲームが加わることとなった。
それゆえ、二人が再会を果たした裏には、既にある程度の条件は揃っていたのだと言うことができる。
高校二年生になって学校にもすっかり慣れ、受験に向けて本腰を入れるにはまだわずかに遠く、心にいくらか余裕が生じる時期。そこでふと昔を思い出してゲームにログインする。そんな経緯が二人にあったとしても不思議ではない。
だがしかし……。
次のラウンド開始を待つ間。
「──ねえ、マサムネ」
アリスのその言葉は、アリスにしては珍しいわずかな沈黙を挟んだ後に、そっと紡がれた。
……実際、マサムネはそうした経緯を持ってこの『FPS』に戻ってきた。
だけど、アリスはどうだろうか?
マサムネが知るアリスならば、きっとその経緯では戻ってこない。
マサムネが思うに、自分が知るアリスなら、進学校に入った時点でその年から既に進学に本気になるだろう。その傍らで部活や委員活動だってやるかもしれない。自分が知るアリスならばそれができる。
だけど、間違ってもゲームになんて戻ってはこないはずだ。
「──なんだ?」
だから、マサムネは返事をするのに自ずと慎重さを心に携えた。
二人が再会したのは、中間試験も終わった十月の下旬。
それから一ヶ月ほどは昔に戻ったような時間を過ごした。
十二月に入り、再び空白の時間は訪れた。
それをマサムネは、やはり向こうは忙しいのだろうと思っていた。
そして、クリスマスイヴをもう何時間か後に控えた今日、アリスはそこにいた。
「ちょっと……、私と本気の勝負をしない?」
アリスはそう言った。




