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古城の決戦

 マウスとキーボードを操る手が震えていた。


 いや、手だけではない。全身がどうしようもなく震えている。

 寒いからではない。

 まるで宙に放り出されたように、身も心もどこにも着かなくなっている。



 第十戦目。


 最後の戦いは既に始まっている。


 舞台は園内の中心に(そび)え立つ大きな古城。

 入り組んだ通路をアリスは必死に逃げ回っている。



 戦いに集中できない。息遣いが荒く、視点がどこにも定まらない。


 マサムネの足音が後方から聴こえる。


 アリスは瞬時に振り返って、クイックショットを放つ。


 ──外れた。


 弾丸はマサムネに掠りもしない。いつもなら絶対に外すことのない距離だったのに。

 攻撃を外したことで、アリスの動揺は一層深くなる。


 カウンターでマサムネが撃ってくる。必死に回避運動を取ったつもりだが、何発か撃ってきた中の一発をもらってしまう。身体の外側だったため、幸いにしてダメージは小さい。足を止めず、通路の角を曲がり、いくつかの部屋を出入りしてマサムネを撒く。


 逃げた先で、一つの部屋に入って身を隠した。


 鼓動が速い。頭に充分に血が巡っていないためか、意識に霞が掛かって軽い眩暈と吐き気を起こし始めている。思考がバラバラで、自分が今何をやっているのかも理解が怪しい。


 一体、私はどうしてしまったのだろう?


 だけど、決してわからないわけではない。


 自分の中から何かが溢れ出ようとしている。


 それを押さえることができず、それが自分を壊してしまいそうで、だから私はバラバラになっている。


「アリス……」


 マサムネの声が聴こえる。


「お願い、しゃべらないで」


 反射的にアリスが言う。

 しかし、マサムネはその願いを無視する。


「お前も同じだったんだな」


 足音が聴こえ出す。

 アリスは弾かれたように部屋を出て、足音から逃げる。


「本当に俺はバカだ。自分のことばっか気にして、お前の気持ちを考えてなかった」

「やめて!」


 キーボードを叩く指が鈍くもどかしい。上手くキャラクターを動かすことができず、焦燥感が心を焼く。


「あの時俺が言わなかったばかりに、お前にまで同じ想いをさせたんだ。本当はお前も……」

「そうだよ!」


 アリスは叫んだ。呼吸が苦しい。目には涙が滲む。


「マサムネが言ってくれなかったから、私……!」


 言って、ハッとする。


(ダメ……)


 口を閉ざし、再び走り出す。


「頼む! チャンスをくれ!」


 突然目の前にマサムネが現れて、アリスは全身をびくりとさせる。無我夢中で逃げたせいで先回りされたのだ。


「いや! 来ないで!」


 クイックショット。

 先ほどよりも近くにいるのに、それすらも外してしまう。


 マサムネは撃たない。


 アリスは逃げた。


「俺、今度こそお前に応えるから! もう逃げたりしない! 俺の心に……、お前の心に……、ちゃんと踏み込むから!」

「ダメなの! もう……、だって……」


 だって、あの人は……。だから私は……。


「ダメじゃない! 俺がいる! だから、ダメじゃない!」


 目から否応なしに涙がこぼれていく。

 マサムネの叫びが耳に入るたび、どんどん内側の自分が大きくなっていく。


 わかってる。本当は私だって……。


「なあ、本当は嫌なんだろ!? その彼氏と付き合うの。もう独りで頑張んなくていいんだよ! お前には俺がいるから! 俺がちゃんと応えるから! だから頼む、俺には本音を話してくれ!」


 その言葉を聴いて、手から力が抜けてしまう。指がキーに押し返されて、キャラクターが止まってしまう。


 その目の前にマサムネが立つ。


 マサムネは撃たない。


 アリスは撃てない。


 マサムネの息を整える音が聴こえる。

 それから、打って変わって優しく囁くような声で、マサムネが話し掛けてくる。


「アリス、ごめんな……。俺、ずっとお前を独りにさせちまってたんだな。俺は不器用だし、頭の回転もよくない。だからいつもお前に応えてやれなかった。だからいつも、お前は独りで頑張って、独りで何でも決めちまってたんだ。……正直言うと、恐かったんだ、俺。本気になったお前には誰も応えられない。お前はいつも誰よりも先に行けちゃうやつだったから。だから恐くて、逃げた。お前が独りで頑張ってるのを知ってながら、そのままにしてた。そりゃあ、告白なんてできないよな」


 マサムネは自嘲気味に笑う。


「でも、わかったんだ、ようやく。今日、お前とここまで戦ってきて、ようやく気付けた。──本当は、お前の側にいてさえすればよかったんだ。残念だけど、俺はいろんなことでお前には勝てない。このゲームだって、あと何戦やったってお前には勝てないと思う。……でも、そうじゃないんだよな。何もお前と張り合うことだけがお前に応えるってことじゃなかったんだ。俺はいついかなる時でもお前の側にいる。お前が誰よりも先に、誰よりも遠くに行った時、帰る道標になれるように。お前が疲れて休みたいと思った時、そっと寄り掛かって眠れるように。ただ側にいる。そういう俺であることを、あの時、お前に示してやれればよかったんだ」


「そうだよ……」


 涙が止まらない。もう何も押さえることなんてできない。

 アリスは吐き出すように話し出す。


「私だって、恐かった……。だって、わかってたもん。マサムネが私に遠慮してるって。距離を取って、避けてるって……。私にとって、マサムネはマサムネでよかった。ただマサムネでいてさえくれればそれでよかった。でも、マサムネは違った。だから、恐かった。マサムネを求めたら、マサムネは私から逃げちゃうんじゃないかって……」


「そうだ」


 マサムネは認める。


「俺はたぶん、あの時お前から来られてたら、逃げてたかもしれない。でもお前はそれを理解していたから、来なかった。俺はそのことさえもわからなかった。勝手に劣等感抱いて、お前に踏み込む勇気も持てず、楽しかった思い出を守るため、一人で現状を維持させちまった」

「そうだよ……」

「ごめんな、アリス……」


 マサムネが一歩近付く。


 それは所詮、ゲームのキャラクターに過ぎない。


 しかしそれでも、アリスにはマサムネが本当に一歩、自分に踏み込んでくれたように感じた。


「謝る。だから、もう一度だけチャンスをくれないか? 今度こそお前に応えてみせる。お前が求める俺でいる。ずっとお前の側にいる。だから……」


 マサムネは一つ息を吸って、


「今からお前を撃つ。──いいか?」


 そう言った。


「うん……」


 アリスは頷く。口元には自然と笑みが浮かんだ。


「ありがとう……」


 マサムネが言う。


 カーテンの隙間から、いつの間にかうっすらと光が差し始めていた。


 アリスが思っていたのとは違う朝が、そこに訪れていた。

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