フルーツ取り放題
アリスは強い。
八戦目が終わり、そこでお互いにブレイクを掛けて小休止。神経を遣った一戦だったために、気が付くと身体のあちこちが硬くなっていた。
一度立ち上がって全身を動かしながら、マサムネは改めて思う──全裸で。
アリスは強い。
ここまで見事な八戦〇勝八敗。的確な位置取り、正確な狙撃能力、慌ただしい混戦の中でも決して失われない冷静さ。普段の遊びの対戦でならばマサムネがアリスを倒すこともそれなりにあるが、真剣勝負となるとさすがにそのハードルは高くなる。
思い返してみれば、中学時代に行動を共にしていた時も常にそうだった。
何と言うべきか、全てが的確で、正確で、冷静だった。
頭はいいが、特別天才と称されるまでではない。運動神経もそれなりにいいが、特別群を抜いているわけでもなかった。
ただ、そう、一つアリスに〝特別〟と付けることがあるとすれば、まさにそれだった。
的確で、正確で、冷静。
これだけを挙げると、まるでアリスがロボットか何かに思えてしまうが、そういうわけではない。結構ドジなところもあるし、いろいろ外すこともあるし、時々たがが外れてはしゃぎ回ることだってある。
だが、本当にここぞという時、アリスは他の誰よりも的確で、正確で、冷静になる。どんな頭のいい人間よりも頼りになり、どんな体力のある人間よりも役に立つ。
そういう顔がアリスにはあった。
中学時代の三年間、アリスの横にいていつもそのことを感じてきた。しかしそれは、マサムネにとって決して喜ばしい、素直に称賛できるものではなかった。
別にアリスの才能に嫉妬しているわけではない。マサムネにそんな安いプライドなんてありはしない。
一番に親しく思えるアリスだからこそ、その感情は生まれる。
誰よりも的確で、正確で、冷静になる時、アリスは独りになる。
誰からも頼られ、誰よりも役に立っている間、アリスは独りで考え、独りで振舞う。
誰もアリスの速さに付いていけないのだから仕方ない。
全てを独りで決め、それはマサムネが記憶している限り、全ての場面で正しかった。マサムネも付いていくことはできなかった。だから、いつも独りになるアリスを見てきた。
(今度は何を独りで決めちまってんだろうな……)
マサムネは思い、小さくため息をつく。
特に何の意味もないが、小さいマサムネに手を触れさせる。その重さと長さを測る。そして最後に首をぐるっと回してストレッチをして、イスに座る。
「おし、準備オーケーだ」
そう言うと、返事はすぐに返ってくる。
「うん。こっちも、いつでも」
「あと二戦だな」
「そうだね」
「泣いても笑ってもあと二戦。延長はなしだ」
「それ、勝ってる私が言うセリフだと思うけど」
「かもな」
言って、マサムネは少し笑う。
「どう? そっちに勝機はありそう?」
「そうだな……。正直言うと、けっこう厳しい」
「そう」
「けど、勝負は何が起こるかわからないからな。可能性がないわけじゃない」
「うん」
「それに、客観的にはそういうことだけど、主観的にはそうじゃない」
「どう違うの?」
「百パーセント俺が勝つ」
「何ソレ。どうして? 根拠は?」
「俺に負ける気がさらさらないからだ」
「すごい。まったく理解不能」
「だから、主観的って言ったろ」
「そうだね。確かに」
「俺に負ける気がない以上、俺は決して負けない。それが俺の主観的世界だ」
「すごい」
アリスが笑う。
「いいな、その世界。私も行ってみたい」
「来るか? いいぜ。歓迎する」
「どうしたら行けるかな?」
「簡単だ。パスポートも何も要らない。裸一貫でいつでも来れる。と言うか、裸一貫でのみ迎え入れられる」
「えー、じゃあ行かない」
「暖かいぞ?」
「うるさいな」
アリスがクスッと吹く。
「それはちょっと、魅力的だけど」
「フルーツも取り放題」
「フルーツ? 何のフルーツ?」
「そうだな、今はバナナ一本とライチが二個なってる」
口にすると、ヘッドセットにはマリアナ海溝よりも深くて暗い沈黙が広がる。
「……悪い。今のなしな」
素直に謝罪した。
「ねえ、マサムネってそんなだったっけ? 中学の頃はそんな下ネタとか言わなかったって記憶してるんだけど」
「まあ、時が移ろえば人も変わるって言うか……。てか、今のこの状況がよくないんだよ」
アリスは無言。
「全裸でこんなことやってるから、話がそんなんになっちまうんだ」
「マサムネがそうさせたんですけどー?」
「まあ、そうだな。……ああ、じゃあ、そうか」
「?」
「お前はもう既に、俺の世界に来てるってことだな!」
「はぁ!?」
「ようこそ! 俺の世界へ!」
すると、またしても耳にはマリアナ海溝が……。
「違う! 悪い、今のもなし!」
マサムネは舌打ちする。
「やめよう。一旦リセット。ああ、テンションおかしいわ、今の俺……」
アリスは無言。だけど、
「……プッ」
と一つ吹き出すと、そのまま大きく笑い始めた。
「アリス?」
マサムネが首を傾げるが、アリスは笑い続けた。
「まったくもう……」