メリーゴーランド戦(2)
興奮に水が差され、メリーゴーランドは平和な音楽を鳴らして回り続ける。
距離を置いたまま、二人して動かなくなる。
(さあ、どうするよ?)
アリスの様子を窺いつつ、マサムネは案じる。
奇襲は失敗。次また同じ戦法が効くとも思えず、またアリスの方からは動こうとしない。お互いの姿が視認できる状態で、それでもこちらから仕掛けていくしかないか。馬と柱を盾に、少しずつ距離を詰めて……。
とそこで、ふと頭に浮かぶ。
(何も、最後までこっちから行く必要なくないか?)
それはなかなかに悪くないアイデアに思えた。
(要するに、今までの俺はあまりに猪突猛進に過ぎたんだ)
作戦が固まると、マサムネは一度ステージを見渡した。相変わらずアリスは動かない。あちらはまだ迷ってるのか、あるいはもうとっくに何か策を立てていて、静かに待ち構えているのか。
マサムネは二丁拳銃にリロードを掛ける。
掛けてしまった後で、「あっ」と思った。
意識が作戦に傾いて、つい掛けてしまったのだ。
リロードに要する時間はおよそ五秒。マサムネは慌ててアリスを窺う。
すると、既に先ほどの位置にアリスはいない。
(バカ野郎!)
心中で己を罵る。
素早く視界を動かしてアリスを探すと、思ったとおりアリスは空中にいた。真っ直ぐにこちらに向かって走り、馬の背を蹴ったのだろう。思った以上に近い。
そして、銃口は既にこちらを捉えている。
「うわああ!!」
堪らず叫んだ。
慌ててその場から逃げようとすると、そこで撃たれた。
雷鳴のような銃声。
画面が一度、大きく揺れる。
だが、急所は避けた。ライフゲージぎりぎりで死を免れた。
いかにライフルでも、ジャンプしてのショットはシステム的に命中精度が大きく下がるようになっている。そっちに助けられたのかもしれない。
アリスはそのまま、馬を一頭挟んだすぐ目の前に着地する。空中で連射をするには、アリスの使用するライフルは連射間隔が長い。
マサムネの失態のリロードはそこで完了する。
するとマサムネは、考えるよりも早くその場でジャンプした。
アリスはマサムネの意図に気付き、すぐ様しゃがむ。だが、これはマサムネの方がわずかに早かった。空中で二連射すると、その弾はどちらもアリスにヒットする。倒すまでには至らなかったが、マサムネはとっさの自分の行動を評価する。
アリスが立ち上がって反撃に出る前に、続けて後ろにジャンプする。背後の馬を飛び越え、もう一頭分の距離を確保する。
だけど同時に、迷いも生じた。もしかしたら、このまま最後までたたみ掛けたほうがよかっただろうか? 向こうは軽傷。こちらは瀕死。仕切り直しをしたら、不利になるのは間違いなくこちらなのだから。
しかし、本能がそちらを選んだように、あのままたたみ掛けたほうが危険だったかもしれない。
いずれにせよもう距離を開けてしまったので、マサムネは思考を打ち切った。
「やっべえ、やっべえ」
再び馬でかくれんぼして、マサムネ。
「マサムネならやってくれるって思ったよ」
アリスが笑う。
「ご期待に添えたようで」
「もう掠っても死んじゃうんじゃない?」
「まあ、そうだな。けど、それはそっちだって同じだろ? 上手く急所に当たればまだわかんないだろ」
「うん、そうかもね」
「一発を交わして踏み込めれば、俺の勝ちだ」
「やってみる?」
「ああ、もちろん」
アリスが「フフッ」と笑う。
二頭の馬を挟んで対峙する二人。その距離はいつでも一足飛びに埋められる。
現実と違ってゲームのいいところは、瀕死に近いダメージを負ってもまったく運動能力が変わらないことだろう。そのおかげでマサムネにもまだ可能性は残されている。
もっともこれが現実なのであれば、一戦目のヘッドショットで既にマサムネはこの世の人間ではなくなっているのだが。
永らく回り続けていたメリーゴーランドが、そこでゆっくりと減速を始める。まともに客を乗せているわけではないのだが、律儀に一定間隔で動いたり止まったりするようにできているのだ。
メリーゴーランドの上にいる間だけ聴こえるBGMもフェードアウトを始め、回る外の景色も止まり始める。
ここまであまり気にしていなかったが、メリーゴーランドの上では確かに慣性による動きづらさが生じる。当然、メリーゴーランドが停止すればその障害は消えるわけだが、それはどちらかと言えばマサムネに大きく利を与えるだろう。アリスはとどめの一撃を当てるため、もう動くことはない。
(踏み込んでいく俺からすれば、動きやすいほうがいいに決まってる)
マサムネはその時を待って、息を整える。
頭に思い描くのは、先ほど実行できなかった作戦。早い話が、アリスに踏み込むと見せかけてその一発を撃たせる作戦だ。
一発を外させることができれば、二射目が撃てるインターバルの間に仕留めることが出来る。
そのイメージを固めていると、メリーゴーランドはゆっくりと、完全に停止する。BGMは消え、煌びやかなライトも全て落とされ、ステージ上は必要な照明だけの薄暗い状態となる。
まるで、これから生まれるどちらかの死体に、わずかながらの情けをかけるように。
マサムネは一つ息をついて、それから飛び出した。
下手にジャンプをすれば狙われるから、馬の頭がある左側から、二頭分を一気に越える勢いで走る。
アリスはまだ動かない。マサムネはその動きをずっと見ている。このまま走って目の前に飛び出せば、アリスはそれを狙って銃弾を放つだろう。だから、そのフェイントを掛ける。
二頭目の正面に着く。思ったとおり、アリスはその線を越えるのを待ち構えるように馬と同じ方向を向いている。
マサムネは一度トリガーを引いた。銃声を鳴らして、アリスに動揺を与えるためだ。
そして最初の勢いのまま馬を越え、アリスの正面に躍り出る──と同時、すぐ様後退した。
アリスは、撃たなかった。
マサムネの頭に空白が生まれる。
どうして今の絶好のタイミングでアリスは撃ってこなかった?
確実に撃ってくると信じ込んでいたがために、マサムネの頭は真っ白になった。
指が勝手に動いて、今と同じフェイントを実行する。やはりアリスは撃ってこなかった。
マサムネの足はそこで止まる。アリスが撃ってこなかった場合の策は何も講じてなかった。
すると、そこでおもむろにアリスが歩み出てきて、マサムネにヘッドショットを決めた。
マサムネのキャラクターが倒れ伏した。
瀕死のところにヘッドショットなんて、オーバーキルもいいところだ。
「なあ、おい……」
なんとも悲しげな自分のキャラクターを見つめながら、マサムネが言う。
「どうして撃たなかった?」
「だって、マサムネ言ったじゃん」
アリスが答える。
「『一発を交わして踏み込めば、俺の勝ちだ』って」
「……ああ。なるほど」