イヴイヴの夜
十二月二十三日の夜八時を少し過ぎた頃。家族との夕飯を終えると、マサムネは二階にある自室へと上がった。
寒気に冷え込む日本の夜。マサムネは暖房を点け、机に着いてパソコンを立ち上げると、あらかじめプログラムされていたようにオンラインゲームを起動する。
「さみぃさみぃ」
手を擦り合わせながらローディングが終わるのを待つ。暖房から温風が流れ始め、少しずつ部屋が息を吹き返していく。
モニターに映し出されたのは、ファースト・パーソン・シューティングゲーム。通称『FPS』と呼ばれる、一人称視点で他のプレイヤーと銃器で撃ち合いをするゲームだ。
高校に友達はいても恋人はいないマサムネは、クリスマスだからと言って特に予定があるわけではない。ましてやイヴの前日、イヴイヴの夜なんてなおのこと予定はなく、ぼんやり映像を眺めるマサムネの表情は、どこか端から全てを諦観しているかのように彩りに乏しい。
ゲームのログイン画面が映し出され、乾いた音を立ててIDとパスワードを入力する。ラウンジと呼ばれる対戦相手を募る画面に遷移して、適当に遊べそうな条件の合うルームを探す。しかしそこで、フレンド登録したリストの中から思わぬ名前を発見して、マサムネの目にもにわかに光が灯った。
その名前をダブルクリックすると、そのプレイヤーとの個別のチャットウィンドウが開く。軽い緊張。心臓の動きが硬くなって、少々の息苦しさを覚える。
『おっす』
寒さからではない覚束ない指先でそうメッセージを送ると、そのプレイヤーはまるでマサムネを待っていたかのように間髪入れずにメッセージを送り返してくる。
『やっほー』
マサムネの口が笑みに開かれる。まさかという心境だ。部屋が温まると共に、マサムネの身体も血流で熱くなっていく。
『久しぶりじゃん、アリス。ボイチャいいか?』
『うん』
マサムネはヘッドセットを装着すると、ボイスチャットでアリスを呼び出す。すると、やはり自分を待っていたのか、1コールを待たずに回線は接続された。
「何してたんだよ。最近繋がなかったじゃん」
開口一番、マサムネがそう言うと、ヘッドセット越しにアリスの「あはは」という笑い声が届く。
「まあいいや。ちょうど暇してたんだよ。とりあえず対戦しようぜ」
「うん」
マサムネが対戦ルームを作り、アリスがそこにインする。
マップは夜のヨットハーバー。二人対戦用のマップの中では比較的広めで、相手と出会うまでに時間が掛かり一戦ごとが長くなることから、一般にはあまり人気のないマップだ。
薄暗い背景の中にヨットが並んで浮かび、そこに海があることを一応示すかのように、軽く上下に揺れている。マサムネの操作するキャラクターが一隻の上に産み落とされると、一度ぐるっと作り物の世界を見渡した後で、二丁拳銃を手に颯爽とした足取りで進み始めて行く。
「もう冬休み入ったか?」
「まだだよ。明日、終業式。そっちは?」
「こっちはもう入った。金曜からだ」
「へぇ。いいなぁ」
「宿題がすっげー出てよ……。休みに入ったって解放感がちっともねーよ」
「そうなんだ。こっちも出たけど、そんなにかな? まあ、ちょこちょこやってれば間に合うぐらい」
「いいなぁ。……て言うか、きっと量自体は同じぐらいなんだろうけどな。これは単に、お互いの力量差から来る主観の違いってだけで」
「私、頭いいもんね」
「ほざけ」
マサムネの耳にアリスの笑い声が響く。
とそこで、突然モニターの映像が大きく揺れ、真っ赤な色で染め上げられた。耳には乾いた銃声の残響。それから視点が離れ、ゆっくりと暗い地面に倒れ伏すマサムネのキャラクターが映し出される。
マサムネの言葉が一瞬詰まる。
キャラクターの死後、次のラウンドが始まるまでカメラの視点を自由に動かせるようになる。それで辺りを見回すと、積み上げられたコンテナの上でスナイパーライフルを構えるアリスのキャラクターを発見した。
ヨットの陰からちょっと頭を出したところを狙撃されたらしい。相変わらずのアリスの強さに、マサムネは目が覚めたような気持ちになった。
堪らずに一つ息をつく。
「おまけに、ゲームの腕も立つ」
アリスの笑みを含んだ得意げな声。
「……よし。次だ!」
部屋もパソコンもマサムネ自身も、完全に温まっていた。