発明好きのS氏
N氏は急いでいた。発明が大好きな親友のS氏から、至急自宅に来てほしいという連絡があったからだ。S氏は近年、一世一代を賭けたプロジェクトを成功させると息巻いていたので、何か進展があったものかと、N氏も期待を膨らまさずにはいられなかった。
S氏の自宅兼発明所は、郊外の一角にある。一見すると小さなプレハブ小屋のようだが、その天辺には大きな煙突がそびえ立っており、四六時中もくもくと黒い煙を吐き出していた。自宅に着いたN氏は、はやる気持ちを抑えながら、その見慣れた赤褐色の扉の隣についている、小さなブザーを押した。間もなく扉が軋む音をたて、S氏が顔を覗かせた。
「やあ、N君じゃないか、早かったね」
確かに自宅でS氏の連絡を受けてから、まだ一時間も経っていない。よほど待ちきれなかったのかと思うと、N氏は少し苦笑した。
「君の声の調子がいつもと違ったから、きっと凄い物ができたんだろうと思ってね。ましてや親友のお誘いだ、気になる小説もほっぽり出して、張り切って飛び出してきたんだよ」
N氏が言うと、S氏は快活に笑った。笑うと骨ばった顔が一層骨ばり、まるで陽気な骸骨のようだ。
「そうかいそうかい、君と知り合ってから10年になるが、やはり僕の目に狂いはなかったようだよ。なにせ今回の発明は最高傑作だからね。歴史的一瞬に、誰よりも先に立ち会えて、君は本当に幸運だよ。まあ入りたまえ」
室内に入ると、薬品と埃の交じり合った独特の臭いが、つんと鼻を刺激する。様々な試作品や発明品、ガラクタが部屋のあちこちに散らばっている。それらを見渡しながら、N氏は言った。
「数年ぶりだが、ここも変わらないね。そういえば昔、ウニを大量に発生させる機械を作っていたじゃないか、あれはどうしたんだい」
「ははは、あれは失敗したよ。ウニはウニでも、殻だけが大量発生してしまってね、どうにもいかなくなってしまったんだ。さあ、この奥だよ」
二人がさらに扉をひとつ経由すると、その先に高さ1メートルほどの、小さな箱が置いてあった。その箱は何かの機械らしく、表面は鉄板でできており、メーターやスイッチらしきものが、そこかしこにゴチャゴチャついていた。
「これが世紀の大発明品だよ。・・・おや、なにやら不満そうだね」
自信満々に胸をはるS氏だったが、驚きを隠しきれないN氏に、怪訝な顔を向けた。
「いや、S君、君にはすまないが、僕にはどうもガラクタのようにしか見えなくてね・・・」
「なるほど、素直な意見をありがとう。それでこそ我が親友だ。この奇妙奇天烈なガラクタが、一体どんなことをしでかしてくれるのか、気になるところじゃないかい」
そう言いながら、S氏は機械のスイッチを入れた。その箱は、ブーーン・・・と不気味な音をたて、メーターが揺れ始めた。
「いったいどんな発明なんだい?」
「よく聞いてくれた。これはね、まったく新しいゲーム機器だよ」
「ゲーム機器だって?」
「その通り。仮想空間で生活することができるゲームは今まであったが、これは桁違いだ。魂をそのまま仮想空間へ飛ばして、実際にその中で生活できる」
「そんなことが可能なのかい?」
「ああ、可能なんだ。タイムマシンと同じ理論を使えばね。時間と空間を操作することで、全く違う次元へ飛ぶことができることが分かったんだ」
「しかし、タイムマシンは結局法律で禁止になっているじゃないか」
「その通り。過去に戻ると、歴史に歪みが生じてしまうということで、歴史保護法が制定され、遠い昔に開発がストップしてしまった。僕は非常に惜しいと思ったがね。そこで法律上問題のない、違う世界に行くならどうだと考えたわけだ」
「なるほど、しかしちゃんと元の世界へ戻ってこれるのかい」
「その辺りの抜かりはないさ。戻ってこられなければ、ゲームにできないだろう。ゲームに入ると、一旦こっちの世界での記憶が失われ、まったく新しい一生を送ることができるんだ。死んだらこっちに帰ってくる。しかしこっちでの時間は一瞬だ。一時間程度なんだ。どうだい、凄いと思わないかい」
「一時間で、一生が送れるっていうのかい。凄いじゃないか」
「ははは、ようやく理解してくれたようだね、この発明の凄さを」
S氏は一息つくと、改めて胸をはった。
「これから量産も考えているんだ。来年には一般に売り出す予定だよ」
N氏も心底感心したように微笑んだ。
「きっと売れると思うよ。名前はもう決めてあるのかい」
「うん、そのゲームの世界では、地面が球状になっているんだ。だから『地球』という名前はどうかと思うんだが、どうだろう?」
「いい名前じゃないか」
体感ゲーム『地球』は、発売と同時に全世界で飛ぶように売れ、S氏は一躍有名人となった。N氏とS氏の付き合いは今も続いており、S氏は現在新たな発明に着手しているらしい。新聞には今日も、「『地球』の利用者数、10億人を突破」という見出しの文字が躍っている――
「もしこの世界が、壮大な仮想空間だったら?」という思いのもと、執筆した作品です。
短編の肝であるラストのどんでん返しが、上手くいっているか心配ですが、「おっ、そうきたか」と、少しでも驚いていただければ幸いです。