8 言霊
巷では、路上サプライズが流行っていた。
きっかけは旅の竜が歌姫へ求愛した事。しかもその横には外堀を埋めて娘を貰う算段になっていたどら息子を殴り飛ばして愛の逃走もした。埋めたはずの外堀はあっという間に広大な海峡に広がりどら息子はどうあがいても手を出せぬ乙女に変貌した。
色々な尾ひれがついて噂は拡がり、刺激に飢えた乙女たちを介しておとぎ話の一つに成りつつある。
それにあやかりの路上プロポーズが流行り、あちこちで乙女に片足を付き花や指輪を捧げる姿がちらほら見れた。
「……のどかねぇ」
少女の呟きに、ルークは眉間に皺を寄せた。
現在、姫とウェンディネをを連れて散歩しながら井戸や水場にウェンディネを叩き落とす道中にある。
ウェンディネの食事用に羊も散歩につれ歩いている。
かなり変な珍道中。
因みに個人所有の井戸には勝手にドボンしてるので、見とがめられると不法侵入と付き出されても文句は言えぬ状況なはずが誰からも注意されない。
そっちの方が怖いとルークは人の無関心に頭痛を覚えた。
「ねえ、山羊って美味しいの?」
「山羊のチーズとかがあったはずですが」
少女が目を輝かせる。羊からの連想で山羊が出てきたと思われるが……。
羊の他に山羊もつれ歩くのかと嫌な気分に陥ったがつれて歩くとは言い出さなかった。
チラリと背後を気にする。
見る限り徘徊騎士はいない。目についたらまた家の手伝いよろしく、妙な指令が出されたら最悪である。
ふんふんと何時もの鼻歌。
「騎士の唄でも歌いませんか」
「……騎士はたくさんいるじゃない。これ以上増やしてどうするの」
少女の騎士への扱いはかなり低空飛行。元々マイナスしか貰えていない気がする。
「ルーク、貴方もしかして見習い騎士だったの?」
「え、いえ 騎士ですが……多分」
旅の騎士は放浪の旅人。何処にも所属していない。所属のないのに騎士と言えるのだろうかと、変な心配をする。
「……そんなのがそなたの望み?」
ビチビチとウェンディネがいく方向を示す。
自分の望み。ルークは考える。
騎士の唄を奏でてもらえれば、城の騎士が上手くしきるはずだ。
「チューしてあげるから本当の望を言って良いのよ」
「え?」
ちょっとだけ不機嫌になる少女。
聞いていなかった。
「まあいいわ。今日のお昼はこれのぶつ切り焼きでいい?」
これと言って抱きついたのは巨大蛇。どうやらついてきていたらしい。
だらだらと汗をかいている。
少女に捕まった獲物はとても逃げられない。
「マリーが気に入っていたと思いますが、それ」
捕まるな。バカタレと念じながら逃げ場を出してみる。
アルの母親のマリーが蛇を使役している姿を思い出す。
アルは器用な蛇に口を開けたままたたずんでいた。
アルの餌付けしていたコウモリも母親の膝にいたりした。
「そうなのよね。こんなのペットにしたら白が剥げると思うのだけど……。まあ本来は白にとっても守役なんだけどねぇ」
蛇の守役。蛇皮のお守りなら聞いた気がするとは言え生きたままをお守りにはしない。
「まあいいわ、では美味しい山羊チーズを探しにいきましょう」
蛇皮を数度ペシペシしてから離れると、蛇は少し前を進む。
蛇の道案内と同時にウェンディネも寄り道しながらしばらく歩き回った。
知らない家の庭をつっきたり、崩れた塀の隙間を抜けて小川を渡り、丘を登り並み木林を抜ける。
「ねえ、子供を手元で育てられない状況で子供を産むべきだと思う?」
少女の問いに、ルークは返答に困った。
「産んで貰えなかったら俺は居なかった一人かもしれないです」
それだけは真実。
「……色々よね。産まれる前に男は蒸発。残された娘は産むしかなくて直ぐ自分よりはお金をもった家に養子に出したとか。飲んだくれ男から逃げ出してきた娘が妊娠していて……」
「不幸な生い立ちの貧乏人に育てられるより少しでもましな生活できるところに養子に出したって事でしょう。……俺の親がそうだったって言うのですか」
「違うわね。お前は、そうね。生まれて直ぐ乳母に拐われて、捨てられて拾われて孤児院に収容されて養子にもらわれた! どう?」
どうと振られても困る。
「実の親に捨てられたと言う状況からかもしれませんよ」
孤児院で多いのは、普通に親に捨てられたと子だった。親を亡くして来た子は割合としては少ない。
親の記憶があるために悩む子も多かった。
「親の記憶が無くて幸せだと言われた事もあった」
「そうね、貴方は無いから苦しくて、私は有るから苦しいのね」
ルークはハッとする。
「貴方のご両親はーー」
本来なら一番に気にしないといけなかった事柄。
「もういないわ。だから私の親だと名乗るおバカさんが出てきても無視していいわよ」
フンフンといつも通りの背中。
腕をつかみ抱き寄せる。腕のなかで、少女に抱かれたウェンディネがビチビチしている。
「ウェンディネ、ごめん、ちょっと降りていて」
原っぱに放し少女に向くと、少女の前にはドーンと蛇が少女を隠していた。
この辺りは打ち合わせ済みなのかと思える素晴らしい連携である。
「お花きれいね」
少女はウェンディネと一緒に遊び出した。
「お前ね、多少は目をつぶっていろ」
横で知らんぷりを決め込んでいる蛇に愚痴をこぼす。
やり直しはまた不発にされたのだ。
「はい。あげるわ」
少女は小さな花で作った輪を差し出した。
なんとなく受け取ろうとしたとき、足払いがされる。
蛇の尻尾が繰り出した一撃。
「あら、欲しいの?」
それは蛇の尻尾に付けられた。
手強い。
そしてウェンディネの腕には既に輪がはめられていた。
どうにも端から取り込んで消化している。
「はい。ルーク」
再度、受け取ろうとしたときまた尻尾が飛んでくる。
ーーあれ?
かがみこんで見上げれば、少女との位置の意味に気が付く。
蛇の叩き出した尻尾の意味に。
「あ、ありがとうございます」
片膝を付き、騎士のポーズで受け取る。
これをさせたくて蛇は足払いしたのかと本気で思う。
うっかり適当に受け取って、しまったと言ってやり直しは効かない。
無事受け取りホッとしたとたん、ぎゅむっとそのまま抱き締められた。
「うん、確かにこの間にウェンディネ挟まってたらダメねぇ」
わしわしと揉みくちゃにされる。視線の先で蛇とウェンディネが様子をうかがっている。
これは少女が触っているのであって、男が抱き付いたのと違う。
羊の突進が入った。男だけを器用に踏みつけていく辺り打ち合わせ済みなのだろう。
「ルーク。大丈夫?」
「だ、大丈夫です」
「もう、焼肉にするわよ」
離れてほっとする辺りヘタレである。
「あったわ! これが一番美味しい山羊のチーズよ」
高らかにチーズを頭上に掲げて奥から駆け出してくる少女を見、あの塊の重量を考える。
あの細腕で良く持ち上がっていると怪力娘だ。
「あ、」
少女は慌てて立ち止まると、持ち上げていた荷物を背中の方に隠した。
「やあ、こんにちは。チーズ泥棒のお嬢さん」
そう、ここは多分チーズの熟成用倉庫。誰かの所有物で、チーズが勝手に並ぶわけないので誰かが作ったものである。
ルークの背後と言うか横に仁王立ちの職人に現在絶賛見つかった所だ。
「それが一番ですか。見せて下さい」
少女から手渡されたチーズを丹念に吟味し目を細める。
見事な物を集められた中のひとつ、その中から少女はきっちり極上を選んできている。
もし試験でこれを選んできていたなら、文句無しだったろう。
「これが一番だと言いましたね。では残った中での次の一番を探して……」
視線の端で何かが動く。
「他にもいたのですか。出てきなさい」
すごすごと影から出てきたのは、少女にそっくりな形態の生き物だった。
しっかりチーズを抱えている。
「……」
持ってきたチーズもまた上出来のものだった。
「で、貴方は妹に盗みをさせて入り口で見張りですか?」
扉のところにいたルークに向き直る。と、まだごそごそと音がする。
「……弟も紛れていたのですか」
そこにいたのはチーズを頭にのせた巨大な蛇だった。
「ええと、見張りはあの子です」
知らんぷりして草を食べている羊を指差す少女。
「すみません、あの羊とチーズ交換してもらえないでしょうか」
少女の口を押さえ、少年が言う。どうやら役に立たない羊は食肉に出された。
蛇が持ってきたチーズも申し分ない逸品だ。
何故に蛇にも判別付くことが、弟子たちに理解できないのだろうか。
情けない。
「うちの試食の判定をお願いしましょうか。ああ、その羊は解体しましょうか」
羊はビクッとしてなかなか可愛い仕草をしている。
テーブルに案内したはずの少女は台所に乱入するとそっくりの水色の少女と蛇を使い、狩猟ナイフで羊を解体しようとした。
先に毛刈りをされていた。が、それは絞めないで大丈夫だと言うと放されていた。まあ多少剥げてたが。
今時の女の子は羊の解体もやるのが普通なのだろうか。
「君ぐらいの世代の子は嫌いな食材があるのかね?」
ジャガイモもニンジンもシュルシュル器用に剥く少女に聞いてみる。
「? 特に無いわよ。あ、これの輪切りのスープ美味しいわよ」
これと示されたのは蛇だった。
「捌く?」
目を輝かせて、蛇スープは美味しいとおすすめ。
蛇は石化していた。
「いや、今日は馬肉があるから」
「馬肉? 食べた事ないわ」
少女はてきぱきと料理を始め、見事なチーズを使ったコースを仕上げた。
「是非嫁に!」
スパン
容赦なくチョップが落ちてくる。
「やあね、ワインで酔った?」
「……ええと彼と結婚のお約束でもーー」
凸ピン
聖霊は飛び散った。
「…………」
「このチーズ最高よ」
「毎日チーズ食べ放題」
おっと、少女の目が泳いでいる。
が、しかし蛇と水色の少女と剥げた羊が睨んでいる。
いや、気のせいか背後の少年の気配も怖い。
「ケーキバイキング行きませんか?」
少年の一言で、少女は音符を出しながら仲良く帰っていった。
後日、納品しに行った時に騎士とチャンバラしている少女を見たのは目の錯覚だろう。
時々蛇のお使いが来ているのも秘密だが、その蛇を見たお客が幸運を掴んだとか噂がたった。
お陰で売り上げは上々である。
蛇の他にも、コウモリや、犬が来たりする。
そして一番のレアは住み着いた羊の毛を時々刈りに来るあの娘だ。
どうやら羊は進化をして羊毛が特殊なものになったとか。
ただ問題はやはり、お使いで来る仔たちの方が優秀だと言うことだ。
もしかしたら住み着いた羊も優秀かもしれない。
跡取り候補の弟子達より優秀な羊のいるチーズ屋。
ある日、井戸で水を汲むと小さい水色の少女がいた。
仲良く羊と遊んでいる。
時々飲み込まれていたりするが、自力で逃げ出せていたし大丈夫だろう。
ちょっかいをかけたバカ弟子が飲み込まれて溺れかけていたが、自業自得だろう。
「ちゃんとした跡取りができねば倒産かな」
そう呟いた次の日、羊が子供を捕獲していた。
倉庫に盗みに入ったらしい。
親戚をあちこち転々として飛び出したが、食うに困り食べ物を求めて紛れ込んだらしい。
「行くところが無いなら、うちで働くといい」
子供はキョトンとしていた。
「牧場を世話する人手もいるからね。チーズ作りもここの店も人手が要るのだよ」
街が大きくなると目が届かぬところで弱者から堕ちていく。
「でもあたい女だけどいいの?」
子供は女の子だった。てっきり男の子だと見た目で思ったが、どっちでも大差はない。
住み込みで手伝いをしだした子供は立派な跡取りとなりチーズ屋は安泰。
あちこちに支店を出すほどに成長するのはもう少し先の事。
目当てのケーキ店が、閉まっていた。
何故か本日軒並み閉店。
少女はチーズ料理をたらふく食べてまだ満腹だろう。
ルークは少しスィーツ専門店協会が、集会でも開いているのかーーと本気で思う。
少女は時々ウェンディネを水に落とし、遊んでいる。
上機嫌だ。チーズは旨かったらしい。
「ルーク、こっち」
道でない場所を突っ切って歩く。
裏道発掘ーーしているわけではない。
聖霊の道。
時間と距離を曖昧にして繋げる。
うっかり迷い込むととんでもないことになる。
気がつけば風景が変わる。
どことなく見覚えのある気もしない。
少女は窓を開けると、ひらりと入っていった。
はい。また不法侵入です。
中から甘い匂いがする。とても良い香りだ。
一番なケーキを見つけて飛び出して来るだろう。そのうちに。
きっと誰かに見つかる事でしょう。
ルークは次は何を差し出そうかと思案する。
蛇って役に立つか?
蛇のベルト……これぐらいしか思い付かない。
中をうかがってる蛇を観察する。
良い革になりそうではある。
サイズもでかいから、鞄でも大丈夫かもしれない。
革の加工を考えるならぶつ切りは不味い。
蛇と目があった。
「うわーん」
蛇は泣きながら逃走した。以外と繊細らしい。
「ちょっ……どうしたの!」
少女の声が聴こえる。彼女の横を猛スピードで通り抜けていった。
「ルーク。虐めちゃダメでしょ」
「す、すみません」
さっきぶつ切りスープで食べるとか言って石化させていた割りに、泣かせるのはダメらしい。
蛇は廊下をすっ飛んでいく。
「ハァハァ……、クソ」
以外と素早い。きっと足が生えたのかもしれない。いや、羽根か?
住人に見つかる前にこっそり連れ戻せるか?
「ますたぁ、けぇき」
皿の上に小さなケーキを乗っけて戻ってきた。
どうやら蛇はケーキを捧げ、革を剥がされることを回避したらしい。
「まぁ、いっぱいあったの?」
コクコク頷く。
案内された部屋には確かにケーキが山ほどあった。
来るまでの廊下の天井に所々でコウモリが見張っていたのは気のせいか。
人の気配がしないのはどうしてか?
巨大猫が途中で寝ていたりした。
学校にいた犬よりでかい。
少女に撫でられると、ゴロゴロと喉を鳴らした。
部屋の隅に角の生えたウサギもいた。
猫と同じ大きさぐらいだ。
少女はパクパクケーキを食べている。食べ放題だ。
ルークは蛇に護衛を任せ廊下を進む。
あちこちの部屋を覗いて歩き、遂に一つの扉を開けて固まる。
白が何かを混ぜていた。
見なかった事にしよう。
そっと扉を閉じて立ち去ろうとすると、アルが居た。
強制的に扉の中に連れ込まれる。
「あら、ルーク。ちょうどいいわ。これ型抜きして」
白の奥方は調子良さそうだ。
クッキーの型と、生地と色々渡され即席料理教室の開始である。
白が混ぜていたのは 玉子の白身で生クリームを作るために必死にかき回している。
出来上がったケーキをコウモリが運んでいく。
アルは器用に飾付けしている。
よく見れば奥の部屋では職人が忙しく作業していた。
どうやらここで品評会が開催されている。
味見係は竜王様らしい。
悪巧みは進行中。
「ここって城?」
「後は王の間まで入っていただければどうにかするらしい」
城の騎士も大変だと、他人事のように思う。
「さて最後の罠は」
「ん?」
ルークは簀巻きにされた。
「絶対お仕置きされるだけだと思うのだけど」
マリーは小さくため息をする。
簀巻きの上にリボンを結びながら、ため息をされても戸惑うばかりだ。
「のわぁぁ、モガッ」
アルも簀巻きにされていた。
中々容赦のない奥方だ。
「まぁいいわ。どのみち怒れる竜王様の雷を受けるのは騎士のお仕事ですもの」
とっても嫌な告知を残してくれた。
避雷針は騎士。嫌すぎる。
場所を移動され床に転がること数時間。ルークは縄脱けをしていた。
「ほどきますか?」
横でアルがモゾモゾしている。
猿ぐつわを外して見る。
「どうやってロープを」
アルは容赦なく縛られた縄に苦戦していた。
「……怪我の巧妙?」
「は?」
「昔、山賊に捕まって縄脱けできなくて女の子に 見習い騎士?と言われた事があってから練習はした」
ルークは微妙な過去を話した。
昔々、ルークが見習いから抜けだした頃に山賊に遭遇。縛られて入れられた小屋には子供がたくさんいた。
夜遅くに横にいた子供が縄脱けをし他の子供の縄をほどく。
ふと子供は他の子と違う衣服に気がつき単に思い付いた事を言って見たのだろう。
結構ショックだった。
きっと何でも出来ると自意識過剰になっていた頃だ。
体力も他の子供より微妙だった。小屋から抜け出して山を降りる道々。
足手まといは自分だと直面。
縄脱けをして誘導した子供は一番優しく、自分のいた世界は温室だったのだとすぐ理解した。
最初の洗礼は自分の能力の低さと、逃げてきた子の親達の勘違いの感謝を浴びる事だった。
「……ねえ、なんのプレイ? 縛って放置?」
モゾモゾしているアルの背に飛び乗る軽い身体。ペシペシと、アルの後頭部を叩いている。
「肺に乗ると息ができませんよ。きっと死ねます」
「あら、踏まれたかったんじゃないの?」
アルから何かが抜けかける。きっと気のせいだ。
「はい。マリーの手作りケーキ。ああ、アルはそれ抜け出せてからね」
蛇がケーキを運んで来ていた。
猫が小皿やフォークを運んでいる。確か廊下で寝ていた猫だ。
「ローレン、隠れているとマリーの手作りケーキあげないわよ」
ローレンは衝立の後ろから出てきた。
「……白もかくれんぼでもしているの?」
反対側の衝立から白も出てくる。
「旅の竜縛るの趣味なの?」
クスクスと少女が笑う。
「まあ、わかるけど。……ねぇ、まさかアルだけ追試?」
嫌な汗をローレンと白はかくはめになった。
「馬鹿ねぇ、あの子の竜が餌になるわけないじゃない」
床に転がる縛られた騎士たち。マリーはそのうちの一つ 白の背に座る。
白はゲハゲハ咳き込み、「あら」とマリーは身体を少し動かした。
「肺の上はダメなのよね。……ねぇ、ローレンも乗った方がいいのかしら?」
「あはは、マリー。乗らないでほどいてほしいのだが」
「うふふ。ダメ。私、三つ子を産むのに姫様と取引したのよ。毎日踏まなきゃならないの。……猫ちゃんも尻尾踏んでもいいわよね?」
猫は騎士たちを踏みながら移動し、高いところへ逃げていく。
「……あら、皆踏んどけばいいのよね。さぁ踏むわよ」
「ま、マリー、三つ子って」
白が騒ぐ。
「どうも三つ子らしいのよ。でもこのままだと育たないから毎日白を踏んどけばいいって……。だから毎日お帰りになってね、あ・な・た」
白が朱に染まる。
「三人共女の子かしら、一人は男の子だといいわ。そうしたらアルに男の子の兄弟ができるし。ねぇ、あ・な・た。三人とも女の子だったら、もう一人男の子がほしいわよね?」
水面に揺れる幻の睡蓮と、かって呼ばれた元少女は屍達をせっせと踏んで回る。
「それはそうと、どうして踏むと良いのかしら?」
マリーは肝心な理由を聞きのがしていた。
マリーの水面は見渡す限りである。
「まあ、今度でいいかしら」
しばし悩み、理由はたいしていいと判断をした。
「ねぇ、あ・な・た。ルークの年齢だとまだ女の子知らなくてもいいかもだけど、アルの歳で無いのってどうなの?」
縄脱けをしてしようとモゾモゾしていた屍たちが固まる。
「……無いって事はないだろ」
あんなに女を引き連れて歩く息子が、知らないわけがないと白は思う。
「甘いわよ。知ってたら姫様の対応が違うんだから。童貞じゃない人がウロウロ側を近づくと、蹴散らすのよ。例えばお家で手伝いでもしてこいって」
フゥと、吐息が漏れる。
「もしかしてやっぱりルークを好きなのかしら」
屍は変な汗をかきながら、屍になり気配を消した。
うっかり白と視線があうと窮地になりうる。
「あれはーー」
「銀髪の子には優しいのよね。そして年下にも。代わりにあなたには厳しいけど」
はぁ、とマリーは遠くを見る。
「ウェンディネが言うには、アルとルークは一緒にお風呂したって言うのよ。恋人としてルークを連れてきたらどうしましょう。一緒に寝てるともいってたし。ねえ、あなた?」
屍たちがゴクリと白を伺う。
白にはコウモリ爆弾が投げつけられた。
「あなた、もしかして聞いていらっしゃらなかった?」
ゴゴゴと赤く燃え上がるマリーの焔に、幻と呼ばれた由来に息を飲む。
白は素早く身をかわす。
「フフフ」
マリーは焔の魔法使いだった。
街は安全だった。家庭を持ってからは特に稼ぎにいかなくても十分な生活費を白が稼いでくる。
魔法の必要しない生活は安息。ほとんど使うことのない生活。
「あちっっ」
火の粉をかぶり屍が騒ぎ出す。
焔の玉を白はかわしながら狩り場のマリーを思い出した。
水面に写る幻の睡蓮。ゆらめぐとき蜃気楼は消し去り、後には灼熱のーー
「ま、マリー。ここがどこだとーー」
「大丈夫。姫は全部燃やしていいと了解済みよ」
灼熱に撫でられる。
プスプスいぶされた屍が並ぶ。
「ああ、本当だわ。スッキリする。ねぇ、あなた。明日もよ・ろ・し・く」
何を吹き込まれたのか、怖すぎる。
「姫はなんとーー」
「あなたを踏んで、焔でこんがり焼いとけば、子供に魔法障害は出ないって」
魔術師の家系には多い。胎児の発達障害だった。
「……どういう治療法だ」
「スッキリするとしか聞いてないわ」
マリーはマリーだった。
「ああ、生け贄はアルだから。あの子が泣きついてきても今まで通りかわしておいてね」
今まで泣きついてきたことはない。
「あ、ルークが来たらもてなすのよ。アルのお嫁さんかもしれないから」
「マリー! あれはーー」
ゴーと焔の渦巻きが立ち上がる。
「それはアルのいる前で聞きますわ。それとも本当に消し炭になりたいの?」
幻の花にうっかり手を出したバカの大半は、その末路になっても理解できていなかっただろう。
「消し炭にすると怒るのよねぇ、素材が痛むから」
ちろっと視線を向けられたローレンは固まる。
「あなたたち、いつまで死んでるの? 本当に燃やすわよ」
焔で縛られたロープは既に灰になっている。
「さあ補習はおしまいよ。良いこと。姫を捕まえてきなさい。でなければ火炙りよ」
既にかなり前払いで火炙りんあった屍たちは、わらわらと出ていった。
「さて、あなた」
白のロープはまだしっかりと残っていた。
「私が納得できる理由を提示できるのでしょうね」
女主人の足の下で、ローレンが蠢く。
空気がひんやりとし、次に冷気が立ち上る。
「私のあの子を何処へ連れていったのか。ちゃんとおっしゃって」
かってグループで行動したことのある彼らはよく知っていた。
焔はまだ遊びだ。彼女が本当に怒り出すとき、世界は凍りつく。
「ローレン、貴方にもきっちり聞きたいことがありますの。姫さまが言うのは私は色々我慢しすぎだって。ねぇ、ブラン。私我慢するところを間違えたのよ」
妖艶でかって誰もを魅了した乙女は歳を重ねた分凄みを加算していた。
「旦那様は稼ぎだけで十分じゃないの。きっと理解できないのは殿方だけでしょうけど」
ここは王の間。偽りは許されない。
氷の裁定者がそこにいる。
「あの子をどうしたの。ローレン、貴方も加担していたわよね」
あの日からアルは変わった。
同じことが起こらないように、次に出来た子を産まないと決めた。
どっちにしても子供は育たなかった。初期のうちに、魔法障害で流れた。
「私の罪は、何も言わなかったこと。貴方に何も聞けなかったこと」
ピシピシと空気が凍り付く。
「アルのママって可愛いわね」
扉から覗いた少女は、固まった背後の二人ーーアルとルークを振り返り呑気に微笑んだ。