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竜王の魄~  作者: さくら
7/11

7 晴れ 時々 悪魔

 街に旅の竜があふれ、その上城の竜までも徘徊するようになり水面下の縄張りに変化が起きていた。

 学校を卒業後は旅の騎士として数年修行し、定住後は城の騎士となる。

 旅の騎士は基本的に竜王を見つけるために存在し、竜王を護るためが仕事になる。

 街道の安全確保は主を見つけたあとで困らぬように、各街の治安もそれなりに考慮はする。しかし街の治安は各街の長の仕事だ。

「微妙に殺伐だな、我が君の取り合いかな」

 ローレンは温かいお茶を飲みながらほのぼのしていた。

「そなた、何しに来たのだ」

 白は寛いでいる相手に頭痛を覚える。

「ん? パーティーがあるのだろう? アルを白に入れるお披露目か? それとも婚約か? すっ飛ばして結婚させるのか?」

「何の事だ?」

 ローレンのパーティーに思い当たる事が無かった白は、我が君の取り合いに思考を巡らせていた。

 イメージ構図は幼稚園児の友達の取り合い。

 そんな事で騎士が対立している場合でない。

「アルと我が君を結婚させるんじゃ無かったのか? そう言う謀略は得意だろう」

 ゴンと扉付近からの音に二人が視線を移す。

 そこにはアルが三角の目をして佇んでいた。

「何の策略をしてるのですか」

 殺気を纏った青年に白は気にしたそぶりも見せなかった。

「叔父上、見合いはしないと言ってあったと思いましたけど」

 冷ややかにプリザードをまとい、迫力を増す。

「あ、いや」

 ローレンは及び腰で、こっそり白の背後に回る。

「騙して見合いさせてたのか?」

 白は小さくため息をついた。アルは言えば言うほどぶち壊れることを知っている。

「パーティーなど知らん。あれは……」

 白は理由を考える。

 我が君を誘き寄せる。など聞いたらアルは反発するだろう。

 見合いパーティーの方がまだましだ。

「あれはマリーのためにーー」

 ガタンと音が響いた。

「あら、ごめんなさい。あなた。アルが帰って来てると聞いて」

 小柄な女性が扉口からそっと入ってくる。

「アル、お帰りなさい」

 微笑み手を沿えようとして躊躇い結局はアルに触れぬまま、白に視線を移す。

「起きて大丈夫のかい。マリー」

 ローレンは素早く白から盾を代えた。さっと女性に手を差しのべる。

「大丈夫よ。殿方だけで内緒話?」

 クスクス笑う。線が細くどこか幼さを残した女性だ。

「それとも、私に秘密なだけ?」

 この場で最強なのは彼女だ。男達は息を潜めこの家の女王を納得させる理由を捧げるしか無かった。







「お前たちそんなに暇なら家の手伝いでもしてなさい」

 少女は後ろをつけてくる騎士の一団に、半分切れながらそう言いつけた。

 徘徊老人如く徘徊する騎士には効果覿面でうっかりその声を聞いた者は一目散に帰路に着くしか無かった。

 間近で声を聞いたアルも家に戻るしか無かった。

 同時にルークも少女の声を聞き、彼は日用品と食料を買い込み、かなりの時間を潰した後で帰路についていた。

 ルークの家はそれなりに裕福な地区にあった。もっともアルの自宅は数倍高級な地区である。

 騎士の学校に入学した親族が与えられる保護の一つだ。

 もっとも能力によって保護の中身が変わり、保護を受けて学校に通わすより働いた方が稼げるぐらいな子供は元々の親の財力によって進路は変わる。ゆえに学校に行かない選択をする者も多い。

 無事卒業し騎士となり家はそのままもらい受けた。

 ほとんど帰らぬ家。一度は売りに出したが売れなかったらしい。

「……何をなさっているのですか」

 きちんと掃除された家で、少女は鍋をかき混ぜていた。

「お帰りなさい、ルーク。ちょうどよかったわ。お風呂に入りたいからお水をお願い」

 水は井戸。

「ですから、何故ここに」

「お料理しているのよ。もうすぐできるからお水をよろしく」

 鍋の中身が気になったが、詮索している余裕はない。

 ルークはおとなしく食材を少女に捧げ、風呂場を見て掃除済みなのを確認してから井戸を見に行った。

 長年放置されていたはずの庭も井戸も、そんな放置の形跡はなく十分手入れされたようなきれいなままだ。

 がらがらと井戸から水を汲み、風呂桶に注ぐ。

 単調な仕事の繰り返し。薪を見に行けば、ちゃんと整頓されてあった。

 適当に薪を風呂釜に入れ火を入れる。

「フンフンフン、ルーク、そっち終わった?」

 良いタイミングで声をかけてくる。

 台所に戻るとテーブルに食事の用意がされていた。

「この家、鍵かかってませんでした?」

「え? 無かったわよ。無用心だと思ったもの」

 ルークの買い入れてきた食材が追加料理された食卓は豪勢だった。

 森で野宿経験を考えれば、極上の食卓である。

「ルークったら中々帰って来ないから、アルの家におよばれしたかと思っちゃったわ」

「……アルは家に誰かを呼んだりしませんよ」

「もしかして家に呼ぶのは女の子限定とか?」

 アルがどう思われているのか何となくかいまみえる。

「家には誰も寄せ付けません」

 そう言えばと思う。あれだけ女性と浮き名を流し、かといって男の付き合いも悪いわけではなく なのに家に誰も呼んだりしない。

「まあ、私も呼んだりしなかったけど」

 思い出せばイメージは違和感となる。

「ふーん」

 少女は気にもとめないようで自分で料理した鳥の足にかぶりついている。

「では明日はアルの家に襲撃して、羊の丸焼きを頂きましょう」

「ゲフッ」

 ゴホゴホむせこむと、少女は微笑む。

「襲撃ですか」

「そう、今日はルークのお家襲撃したから明日はアルよ。んじゃお風呂に行って来るわ」

 微妙に狼狽えたルークを気にする様子もなく少女が風呂場に消える。

 ルークは庭に出て、薪の様子を見に行った。






「ルーク、お前、帰ってすぐ風呂の釜番までしてるのか」

 背後からの声に首だけ振り返り、暗闇から現れたアルにルークは立ち上がった。

「え、ああ、家誰もいないし」

「え!」

 旅の騎士の帰還は一族総出のイメージを一般的だと思っていたアルは、自分の家は例外として誰もいないと言うルークに驚いた。

「そ、それなら今からでもーー」

 家に呼んでる場合ではない。家から逃げてきたのだ。

「何処か角に泊まらせてくれ」

 ガシッと抱き寄せる。腕の中で息なりの行動にルークが強張るのを感じ、そしてルークの肩越しにそれと目が合う。

「良いけど、私もいるのだからそこでルーク押し倒さないでよね」

 半分開いた小窓の中の少女は、妙に白い目を向けていた。

「何故そこに」

 近づこうとしたら「ダメよ、覗いたら」と、窓を閉められた。

 フンフンと、何時もの軽い歌が聴こえる。

「もしかして、俺邪魔だったか」

 ルークは背を向け歩き出したアルを捕まえると、引きずるようにして家の中に入る。

「食え」

 食事の残りを並べると、アルはモグモグと反射的に食べる。

「で、どうしたわけ?」

「……子供ができた」

 ほぼ反射的に答え、アルは我にかえる。

「お、おめでとう……?」

 アルがどうにも喜んでいないとはいえ、一応はおめでたいのだろうと遠慮がちに返す。

 アルのもて様を見ていれば、子供が山ほど居ても驚かない。

 暫しの沈黙のあと、アルは肩を落としながら呟く。

「俺の子じゃないぞ」

「え、じゃあ 彼女が別の男との間に子供ができたから別れてくれとか言ってきた?」

 妙に現実的な例文に眉を潜め、ルークを捕まえる。

「お前、いつの間にそんな経験をーー」

「してなっ」

「ハイハイ、そこ! 私がいるんだから襲ったらダメだって言ったでしょ」

 下着姿の少女に後頭部チョップを受け、アルは沈んだ。






「別に年の離れた兄弟でも良いじゃない。兄弟欲しがってたでしょ? アル」

 ルークが出してきた上衣とズボンを着込んだ少女がそう言ったので、ルークは懐妊したのがアルの母親だろうかと思いを巡らす。母親でなければ若い第ニ夫人かもしれないが、アルにしては腹違いでも年の離れた兄弟になる。

「それとも生まれる前から罪があると言うの?」

 少し癖のある髪を撫でる手。抱き寄せられたままアルはおとなしくしている。

「何故、兄弟欲しがってると思うのです」

「見てわかるわよ? 学校で子供の相手とか、騎士見習いの子達の面倒見たり、成り立て騎士の心配したり……」

 世話好きで収まらない。結構自分はその恩恵を受けているとルークは思う。

「あの人の罪を俺は知っている。知ってていえないでいる。未だにーー」

「だから家に戻りたがらないの? 母親は何も知らないのに、そなたに同じように糾弾されても戸惑うだけよ」

 アルが追い込まれている。

 ルークは二人のやり取りを聞きながら、何も知らない母親同様に少女によって糾弾されている様を見ていた。

「あの人に知らせることなど出来ない」

「そうね、私もお前に知らせないわ。あの人はお前が知っていることを知らぬ。先にあの人に理由を聞いた上でどうするか決まれば良い」

「……何を知っている」

 アルの腕に力が込められると、あっという間に細い体を押さえつける。

「アル!」

 驚いたのはルークだ。だが、同時にアル自身驚きの中にいた。

 それ以上、力を入れれぬ自分にーー。

「ハイハイ。大丈夫よ。うるさいわよ。お前たち」

 回りで騒いでいる聖霊をしっしと散らし、少女はするりとアルの腕から抜け出す。

「フフ、少しは理解できた見たいね。アル」

 その声にぞくりと反応する。名を呼ばれる快感。それに逆らえず出逢った時ひっくり返った。

 真っ白になり名乗りを忘れた。

 至宝。

「あの人は守りたかっただけ」

 と、凸ピンをアルに繰り出す。

「よし、聖霊抜けたわね。ルーク、貴方はお風呂よ」

 突然、風呂を言われたルークが二人にして良いのかと思案するまもなく追い出された。

「聖霊は悪気はないのだけど、やり過ぎるのよ。頭冷えた?」

 凸ピンされた額をさすり、アルは小さく舌打ちする。

「あの人のジレンマね。旅の竜にしか私を見つけられない。少し前に旅の竜にも城の竜と同じ処置をして私からの影響を少なくするという対策をしたの。でもそうした竜は私に興味を抱かず見てもスルー。お互い気が付かないまま過ごせたわ。それが竜王が見つからなかった理由」

 数百年も見つからなかった簡単な理由。

「でも、ここに来て私が必要になったの。騎士の為にね」

 撫でられ、妙な気持ちよさにアルは変に固まった。

「聖霊の影響をコントロールできるのが私だけだったのよ」

 聖霊が他の動物を追いたてたり、くっついて大きく育てているのを見てきた。

 変種が生まれるのも聖霊が影響している。

「で、アルに影響を少なくするために結婚させて城の竜にしておこうと狸親父は画策をしていたの。だから怒っちゃダメよ。……噂のような狸親父との間の子だから狸親父が口を出しているとかじゃないのだから」

 アルはうなだれ「誰にそんな噂話を聞いたのですか」と、呟く。

「ん? 魔境で女子会してたでしょ」

 男が聞いたら呪われる女子会の中身に、アルは女ってと認識を再確認する。

 家であの儚げな人が最強なように、何処でも最強なのは決まっていた。

 狸親父のローレン家では奥方が、ラインハート家では見つかった娘が、そして目の前でも。

「ははは」

 乾いた笑いを出す。






「うぎゃーー」

 ルークの叫びに廊下を走る足音。バーンと、扉を開けてルークが飛び込んできた。

「あれあれあれ!」

 と、ルークは叫ぶ。

「あれってどれ」

「それは隠さんで良いのか」

「それって何?」

「姫、落ち着いてないで悲鳴でもあげていただかないと排除できませんが」

 アルは小さく微笑む。

「丁度良いからルークを捕まえて」

 ルークはパクパクと酸素を求める魚になっていたが、次の瞬間自分の姿に気がつく。

「うおぉぉぉっ……お?」

 アルに捕まり逃げるに逃げられなくなる。

「ハイハイ。ちょっと気持ちよくなるわよ?」

「なっ、離してーー」

 少女はルークの左肩のほんのり紅くなった皮膚をつつく。

 ぶわっと駆け巡る感覚に、ルークは目を回した。

「今のはーー」

「寄生した聖霊。人には殆ど寄生したままだとすぐ死滅してしまうのに、希に共生しちゃうのよ。で、そのコロニーがさっきのアザっぽいのになってるの。体の中から出たみたいだけれど、直ぐまた寄生したがるから……まあ、私が居ればルークにいかないで私の方に来るかしら?」

 小首を傾げながら、意識のないルークの頬をつつく。

「……あの、意識のない子におさわりは」

「しょうがないわね。起こすのはやっぱり乙女のキス?」

「……王子のキスでは?」

「えー、まあ良いわ。お風呂に沈めてきて。このままじゃ風邪引くわ」

「ええとそれは溺れるのでは」

「だからアルも一緒に入ってらっしゃい。襲っても良いわよ」

 変な場所で許可が出て、アルは渋い顔をした。

 しかしながら裸体をこのまま少女の前に捧げておくのもである。

「ああ、先客のウェンディネと仲良くね。ルークみたいに叫んで飛び出しちゃダメよ」

 背後からの不穏な台詞にアルが ウェンディネ?と、首をかしげ風呂場の扉を開けたとたんそれが目に入った。

「なるほど」

 浴槽のなかで見慣れた少女と寸分違わぬ姿をした水色の透明な生物。

 伝説ではきれいな泉に棲息している祝福の聖獣。

 あれではルークが逃げ出したのもわかる。

「すまぬがルークが溺れないよう見ていてくれるかな」

 湯槽にルークを入れると、ウェンディネが体を支える。

 湯加減はウェンディネが調節してあったのか適温だった。

 程なく目を冷ましたルークは体を洗っているアルに気がつき、交代で洗い場に出た。

「なんかさっき妙なのを見た気がする」

「ふうん? ウェンディネが棲息場所に風呂場も良いとは知らなかったな」

「ウェンディネ?」

 泡で遊びながら、ルークが顔を上げる。

「水場にいる伝説の聖獣だな。気に入られると宝をくれたりする」

「!」

 アルの横にぷくりと顔を出すそれ。ホラーである。

「やあね、ルークが井戸から汲んで浴槽に入れたんじゃない」

 コロコロと少女は笑い、ルークを凹ませた。






 庭から少女の歌声が聞こえる。

 寝場所をめぐって一悶着の後、なんとか寝付き 朝の陽射しに気がつけば歌う少女。

 微睡みから起き上がる。

 窓に近づき、カーテンの隙間から覗けば庭で少女が洗濯物を干していた。

「働き者だよな」

「俺は襲撃されて、薪割りをしてきた」

 声に振り向けばアルが隅でどよんとしている。

「使った分の補充だろ? と言うか家の手伝いだろ?」

 着替えを始めたルークは肩の痣が消えたことに気がつきそれがいつから無いのか記憶を巡る。

「……そこにあった痣。生まれつきだったんだよな?」

 ルークが肩を撫でているのに気が付き、アルが問う。

「ああ、確か竜殺しの……何故消えた」

 竜殺しと同時に囁かれる別名竜王殺しの痣。

「痣の正体は聖霊が寄生していたらしい」

「へ? 人に寄生はしないだろう」

「実際見ている前で、姫が触れたら飛び散った。お前は目をまわして……覚えてないのか」

 夢として忘れ去りたい事実。風呂場でウェンディネと遭遇し、飛び出した。

 覚えている。

「マジか」

「いくら驚いても乙女の前に裸で飛び出すなよ」

 問題はそこか? とルークは首をかしげる。

「聖霊が人に寄生するとあの痣になる。それがわかっただけでも十分だ」

 そして彼女が触れれば、痣はなくなる。聖霊は上位主には逆らえない。

 彼女の周りを飛んでいた方が聖霊にとって至福の刻なのだ。

「で、気絶するほど気持ちよかったのか?」

 アルが真面目に聞いてきたので、ルークは崩れ落ちそうになった。

「さあ二人とも朝よ! って、つまんないわね。アル、寝込みを襲ったんじゃないの?」

 バーンと登場した少女はかなり離れた場所にいる二人を見て妙な事をいい放つ。

「朝からおかしなこと言わないで下さい」

「あら? そう? まあ良いわ」

 天井に生っていたコウモリを引っこ抜く。

「それをどうするのですか」

 アルが強ばる。

「……これなに食べてるの? 日々目方が増えてるんだけど」

 どうやらコウモリはダイエットを言い渡された。






「羊って美味しいのね」

 ナイフで切り取って、そのまま肉にかぶりつく。

 お行儀が悪いと誰もきにもとめない。

「タレをつけてください」

「もぐもぐもぐ」

「姫、食べている間に話しても聞き取れませんが」

「ひっひゃらってよ」

 解読不能。

 白はそのやり取りを観察していた。

 二人の騎士は緊張してる風もなく、まるで普通だ。

「もぎゃふ」

「野菜も食べてください」

 皿に勝手に乗せられた野菜に抗議するのをさらりとかわす。

 ビチビチ。

 ルークが小脇に抱えた水色の物体が動く。

「おにくーー」

「ウェンディネって肉食なのですか」

 お肉コールを開始したウェンディネに朝はコウモリの果物を取り合っていた事を思い出す。

「ええと、あげても大丈夫ですか?」

「もぎゅもぎゅもぎゅ」

 姫の声にウェンディネが腕から抜け出し、生きた羊を追いかけ出した。

「……もしかして自分で捕まえろとか言いました?」

 ウェンディネの狩りはまだしも、お食事は一気に丸飲みーーそれはまだしも、消化中はどうかと思う。

「グロいな」

「うむ。生物だからな」

 その日伝説の聖獣は人目につかない方が良いことを理解できた。

 神聖な生き物の食事風景が神聖なままかと言うと現実を見ればわかる。

「あらあら、可愛いこがいるわね」

 白の奥方のマリーがにこやかにウェンディネをつついている。

 腹に羊を捕獲し見た目にデップリなスライムになりおとなしくしているとは言え、それを可愛いといい触れる奥方に誰も突っ込めないまま食事は和やかに進むのだった。

 こんなのがいる井戸の家を買う強者はいない。売れなかった理由がわかる。

「うふふふ。うちの井戸にも居たら楽しいのに」

 と恐ろしいことを言っている。

「ウェンディネの生息地域は不明ですので」

 欲しがられても入手のメドなどない。

「ああ、増えるわよ。その子」

 少女は笑う。

「気に入った水場で増えていくから、きっと増えすぎて困るかも」

 少女は中々嫌な予言を言う。

 ピチピチザバーン。

 羊の為の水桶にウェンディネは飛び込み飛沫を上げる。

「気に入ったみたい」

 と、ぽいぽい何かを放り出す。

 丸く削られた羊角。

「お守りにどうぞ」

 ウェンディネの削った玉なら多少効果があるだろうとルークが女主人に差し出すと彼女は少し躊躇った。

「ありがとう、でもこう言う場合は姫に上げるものじゃないの?」

「彼女はその食事に満足して居ますので」

 姫は別の肉にかぶり付いている。

「……ねえ貴方、うちの子にならない?」

「は?」

 最強の女主人は爆弾投下も素早かった。

「銀の髪、白と一緒だし。白の隠し子で通せるわ」

 目を輝かせて以外と本気でそういい放つ。

「若い愛人でもと思って用意したら、全部アルが拐っていっちゃうのよね。アルに沢山兄弟残さないといけないのに」

「ルークは私とウェンディネで、世界征服するからダメよ」

 恐怖! 女主人とわがまま姫が暴走しています。

「ウェンディネで、世界征服? どうやりますの?」

「簡単よ。井戸にウェンディネ落として歩けば水を支配できるわ」

 ポチャンと井戸に落とされるウェンディネ。

「ウェンディネって水の浄化ぐらいしかできないのじゃ?」

「と言うか、ウェンディネの清水を飲んだら他の水飲めなくなるのじゃ?」

 アルとルークが首を傾げるが、ウェンディネの井戸の水で洗って煮た料理は素晴らしかったと思い直す。

 けして少女の鍋の材料を考えてはいけない。

「なるほど、他の水では満足できないから世界を牛耳れる」

 治水事業は結構大事業だ。きっと牛耳れるだろう。

「やあね、それだけじゃないわよ。ウェンディネのお風呂に入ったら五歳は若返るわよ! お肌ピチピチ、古い傷跡もきれいさっぱり……」

「アル! ウェンディネをお風呂場に!」

 女主人は息子に指令を出した。女心は若返りには目がないのである。

 どうやら老後は銭湯でもすれば食いっぱぐれないようだ。






「うふふ、少しはしゃいでしまったわ」

 マリーはベットの中で小さく笑う。

 お風呂場でもはしゃいで少し湯中りしたのだ。

「身重じゃあ疲れやすい。それと、次の子は女の子だよ」

 少女の声に、マリーはビクッと反応する。

「……女の子」

 ポロリと涙が流れる。

「また産まないつもりだったの?」

「……私の罪だから」

 女主人ははらはらと流れる涙を手で覆う。

「バカね。そんなはずないでしょ。女の涙の原因は男にあるのだからーー泣かしたお仕置きをきっちりしないとね」

 少女は笑う。夕刻の暗くなった室内で、少女の周りに淡い光が飛び交う。

 唄う。

 涙の思い出。

 奏でる。

 ーー子供が産まれた。自分と同じ金髪だ。お母さんにそっくりと言われる。男の子はお母さんに似るとかなんとか。

 でもその裏で流された噂を知らなかった。えげつない囁き。

 彼の弟は金髪だ。仲は良い。どちらも幼馴染みに近いのだから。

 しばらくして二人目が出来た。その頃になって噂を聞いた。彼の弟は優しく子供の世話を良くしてくれたから。

 ランプのしたで見た赤子は確かに銀色に見えた。でも子供はすぐに別の部屋に連れていかれてしまった。

 次の日、子供は駄目だったと聞かされた。

 最後に見た子供は金髪だった。多分疲れと暗さで見間違えたのだろう。

 しかし直ぐにアルの反応が変わったことに気がついた。

 アルは何かを見てしまったのだ。何を見たのか聞けない。

 それはきっと私の罪でもあるからーー。

 大蛇に追われて白は部屋に飛び込んできた。

 入った途端に、コウモリ爆弾が降ってくる。

「投げつけてみる?」

 少女は楽しげにコウモリを女主人に渡す。

「ハァハァ……」

「家の見回りでいききらしてどうするの? まあ庭とご近所も回ってきたの?」

 少女は蛇と会話している。

 白はそれを見、何の指令が出ていたのか理解する。

「白の怪! 実録巨大蛇は白のペット かしら」

「そんなもの飼いません」

「やあね、でもこの子はルークを見守ってることが多いから、白にいつもついてるってはできないわね」

 ハァハァと肩で息をしていた白は見守るに反応する。

「見張りではなく、見守るですか」

「そうよ、だから守役には攻撃できない。貴方も走ってスキンシップしてきたじゃない」

「まあ、スキンシップで好感度が上がるとどうなるのですか?」

 女主人が目を輝かす。

「危険を知らせてくれるわよ。例えば、息を切らさないで部屋に入っていたらどうなってたかやってみる?」

 息が切れるような窮地になっていたと言う嫌な宣告。

「まあ、例えばどんな?」

 食いついたのは女主人だった。

 腕の中のコウモリ爆弾を撫でている。

「例えば? ええと腕立て伏せとか?」

 女主人の期待の目が、意外と普通なのねと傾げる。

「腕立て伏せなら何時もしてますのよ」

 白は一応体力維持をちゃんと自主練習でやっていたらしい。

「まあ、やってみて?」

 白はしぶしぶはじめ、苦にならないようだ。

 と、加重が背に乗る。

「はーい、何時も何回ぐらいしているの」

「いつまでもしてますのよ」

 女主人は意外と空気を読まなかった。

 ほどなくして白が倒れると、クスクス笑い

「後で私も背中にのせてね」

 と、囁いた。何かに目覚めたようだ。

 妊婦が大丈夫だろうかと思っても見た。まあスキンシップには適度に良いのだろう。

「何をして」

 アルが様子を見に来た。

 床に果てた白の上に少女。果てていなければきっとあらぬ誤解をされたであろう。

「アル。ちょうどよかった。これの腕押さえてて」

「は?」

 押さえるまでもなく白はボロボロだ。ペロリと背中を出すとツンツンする。

「もういいわ、ルークは?」

「ウェンディネと蛇退治してますが」

「あら、じゃあ夜は蛇鍋ね」

 闇鍋以上に嫌な鍋の銘柄が出てきた。

 普通サイズの蛇はウェンディネの腹で消化されていて鍋の材料にはならなかった。

 めでたしめでたし?

 因みに、その夜 巨大蛇に睨まれながら白は奥方に踏まれ悪巧みを暴露させられた。

 何処にでも彼等はいる。空気に溶けた存在。

 そしてその声を聴けるのは竜王ただ一人だった。








 

 

 

 

 

 

 

 


 

 




 

 

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