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竜王の魄~  作者: さくら
6/11

6 竜王の祝福

 最初の王は普通だった。

 いや、普通に偉大なる王だった。

 そして誰もが望んだ。

 かの王の再来を。

 かの王の再生を。

 それは人のささやかな希望だった。






 子供が産まれた。運が良かったのか悪かったのか、子供の親は騎士だった。

 人目見て、赤子が竜王だと騎士には理解できた。

 今までも時折偉大なる業績を残す者が時々世界に現れた。

 その頃には、見分け方が出来上がっていた。

 何時かの王が「見分けられるように」と、方法を教えたのだ。

 聖霊を見れるもの、聖霊にすかれているもの、聖獣に好かれるもの。

 聖霊に好かれた剣など手に入れれば有利になる。

 赤子は聖霊に愛されていた。

 直ぐに城への住みかは変えられた。

 赤子の親と、良くわからぬ親戚が山ほどついてきた。

 親戚は赤子を甘やかした。

 贅沢をさせた。

 わがままを覚え、そしてお年頃に恋もした。

 愛された騎士は他に恋人がいて、竜王の狂気が始まる。

 もっともそれ以上に城の外が最悪になっていた。

 ふと気がつけば、あんなにいた親戚がいなくなっていた。

 母はもう大分前に居なくなっていた。

 父が崩れ落ちた。その先に父の腹心の片割れが立っていた。

 私の愛した男は目の前にいて、酷い顔をしていた。

 剣は既に血に染まり 失敗したことが良くわかった。

 では要らないわ。

 消えてしまった親戚は要らない。

 そう。

 自分に呪いをかけた。

 それが祝福の裏返し。

 次に気がついたとき、手を伸ばしかけた男は固まった。

 見覚えがあった。

 年を取っていたが確か腹心の男。

 昔愛した男は側にいて、同じように固まった。

 新しい父は、私を閉じ込めた。

 やと世界は立ち直りだした矢先だった。

 前の父はちゃんとした人だった。

 それでもあんな結果になってしまったのだ。

 壊れていく世界、壊れていく主、あれが居なければ立派だった主は立派なまま前を歩いていっていたはずだった。

 問題のあれが自分の子として産まれたとき、男は主の苦悩が少し理解できた。

 きつい躾、それは前のあれが甘やかした結果だったからだと割りきった。

 勉強も絶賛される。

 優秀な結果が出される度に、絶望だけが見え隠れする。

 世界はまだ癒えていなかった。

 その日世界は騒がしかった。

 父は押さえつけられ、私の前には剣を持った男達が並ぶ。

 私が何も言わなくとも拒絶はそこにあった。

「そう、また間違えたのね」

 意識が途切れる視界の端で、竜になる父を見た気がした。

 何も要らない。

 誰も要らない。

 暴れた竜は世界を無に返し、そして一人の騎士が竜を倒した。

 竜殺しの呪いと、竜王殺しの呪いが生まれた時期にあったことである。





 



 時折、制御できない竜が産まれた。

 強い竜は、辺境に送られた。

 強い竜の可能性のある者も送られた。

 暴れた竜を倒す英雄が語られるようになった。

 記録にある最後の王は、竜を倒し世界に平和をもたらしたと言う。

 その裏に、語られなかった真実や隠された事実を知るものは少ない。







「すごいわ! ブランカ馬車も引けるのね」

 少女は何か的はずれなことで目を輝かせていた。

「……後ろの騎士たちは」

 ブランカと呼ばれた馬はピシッと誇らしげに張り切っている。

「ブランカ、今度私をのせてね。なによ、もう、まったく息子と同じでパパが一番なのね」

 馭者台で少女は馬と会話をしている。

「後ろの二人はお仕置き中よ」

「お仕置き?」

「貴方に捕まっちゃったから、全く」

「は?」

「貴方から逃げるミッションに、アルが捕まっちゃったでしょ。アルは失敗したけれど、貴方は成功。願いはなぁに?」

 少女は笑う。

「ブランカはいい馬よ。何せ食べても美味しいし」

 ビクン。

 尻尾がそわそわしだす。

「食べないわよ。いい子だからそなたの願いも何かあるの?」

 嘶き。

 馬の輪郭がぶれて、目を見張る。

「何をーー」

「ん? 角の方がよかった?」

「要りません」

 馬の背に翼が生えている。角が生えたら伝説の一角獣ーー。

 いや、天馬という時点で問題がある。

「フフ、ミッションよ」

 少女は宝かに宣言する。

「王都名物! 羊のフルコース。ブラン?」

 夢見はとても悪かった。

 馬が羊になっていた。

 横にいた少女も羊で、気がつけば周りは羊で埋まっていた。

 目を覚まし、胸の上で寝ていた猫を追い出す。

 廊下を羊が走っていく。

「アル様が逃げました」

 誰かが報告に来た。

「ああ、我が君の所に行ったのだろう」

 私から逃げるのを失敗したと夢の少女が言っていた。

「……陸蟹の甲羅から薬を作るのは進んでいるな」

 これは幻覚だ。

 あの声には幻覚作用がある。

 角の生えた兎、羽の生えた蛙、鼠には棘が、巨大化した生き物。

 このままでは魔獣が増える。

 世界はまた異形な生き物で溢れる。

 もっともその最先端をいっているのは人だ。

 竜にならぬように、騎士を旅に出し血の薄い他所の者との婚姻を促す。

 血の濃い要因の者は地の果てで、危険な仕事に着かされて間引かれている。

 それを知っているのは極一部の一族である。

 騎士同士の婚姻をせぬように見張り、血筋統制をして努力の結果が古の王の復活だった。

 娘を見てから、夢に出てくるようになった。

 気にしすぐだと言い聞かせた。気にするから夢に出てくる。

 犬のついでにアルを捕獲する。

 アルは相変わらずだ。

 あの目が冷ややかに罪を映す。

「罪の虫か」

 聖霊に愛される。それは祝福。

 同時に異形を生む。それは呪い。

 祝福は身体能力の向上、人より秀でた能力。

 誰よりも秀でた戦闘能力、同時に破壊能力でもある。

 かの昔、騎士達は殺しあい、焦土と化した。

 おとぎ話と一部が伝わる。

 聖霊に愛されるのはいい。だが愛され過ぎてもいけない。

 自身の能力以上に祝福があれば、身体は壊れる。

 祝福は壊れた身体を修復する。壊れないように新しく適した身体に。

 そしてそれは異形になる。

 遺伝する。

 呪いとなって異変が現れたとき、聖霊に呪われたと言う。

 あまりにも多くの聖霊を見たら、近付かないようにと言うしかなかった。

 少なければ無害、適量なら薬、そして多ければ毒。

 聖霊は勝手に祝福を振り撒く。

 彼等の王以外には従わない。

 竜王の定義は簡単だ。

 聖霊に愛され過ぎている者。

 騎士は基本的に聖霊に愛されるの傾向にある。

 聖霊を見れる。

 彼等は時折、警告を知らせてくる。危険を気紛れに。

 それが本来の祝福なのだと思う。

 それ以上を求めてはいけない。

 求めた結果が、辺境の地にある。

 聖霊を自在に操り、けしかけると異形が進む。

 王の言葉に、騎士を従える能力がある。

 多かれ少なかれ聖霊の影響下にある騎士は逆らえない。

 見ればわかる。

 周りに聖霊がウヨウヨしている。

 聞けばわかる。

 かの者の声は天使のごとく。魅惑をする。聖霊が勝手に。

 耐性があれば無視できる。

 しかし、かの者が意識的に使えば逃れられぬ。

 強大に聖霊を使役する。

 だから。

 王を探さねばならない。

 聖霊の側にいて生き残った王を。

 娘はきっちり聖霊を使役していた。

 馬は怯えて、それなのに喜んで使役されていた。

 にゅーと視界の端で羊がモソモソしている。

 羊は聖霊に遊ばれて、逃げ回っている。

 思考の狭間から抜け出し、ひょいっとロープを羊の首にかける。

「旦那様、申し訳ありません」

「いや、大丈夫だ」

 途中、同じように羊を捕まえ引き連れていく。

 後ろで、さすが旦那様ーーとか聞こえたがたかが羊を捕まえるのにさすがもないだろうと思う。

 庭に出ると、光虫が騒いでいた。

 あれでは羊も逃げ出すと言うものだ。

「願いか」

 夢の少女が言った。願いに白は瞼を閉じる。

「かの娘に幸せを……」

 本当に、聖霊に愛され過ぎるのは呪いだ。幸せなど長続きしない。

 だから本気で白は願った。

 白は羊の背を撫で、思い出す。

「羊料理。……名物は丸焼きだったかな?」

 羊がビクッとしたのが手に伝わった。






「きーのーこー、いっぱーーぁい」

 少女は妙な歌をコロコロ口ずさみ、チョコチョコ目についた茸を摘むと袋に入れる。

 側にいた二人とはしっかりはぐれた。

 いや、二人も狩りに出掛けた。少女に任せたら何が食事に出るか闇鍋以上に怖すぎるからだ。

 茸は沢山集まった。

 きっと今年は豊作なのだろう。

「ほうーさぁく、たいーりょうー」

 少女の頭上をコウモリが一生懸命付いてくる。

 手の届くところには行かない。うっかり捕まった場合、あの収穫袋に放り込まれるとどうなるか良く理解していた。

「ん? 誰か居るわね」

 木の枝が切られた跡があった。

「山小屋でもあるのかしら」

 無造作に切られてはいない。育成を考えて不用な枝が払われている。

 フンフン歌いながら進むと、煙い臭いに気がつく。

「こんにちは、焚き火を借りてもいいかしら?」

 突然茂みから現れた少女に、焚き火を囲んだ女性ーー女騎士達は少々驚いた。

 この森は軽装の娘がおいそれと散歩に歩くようなところではない。

「魔物!?」

「化けてる?」

「妖精?」

「待って! 罠はーー」

 口々に騒がしく疑問が飛び出る。

「ええと茸が沢山とれたので、火を分けて欲しいのですが」

 剣に手をかけ身構えたまま、周りを聖霊に取り囲まれ身動きできなくなっていた。

 少女はふわりと側に寄る。わらわらと聖霊が散っていく。

「ただ問題が」

 少女は収穫袋をひっくり返し、中身を出した。

「どれが食べて大丈夫か解らないの。知ってらしたら教えて下さい」

 女騎士は、山に出された茸を吟味する間でもなくーー。

「食べたら死ねる」

 と、呟いた。

「全部、何かの薬になる。乾燥させて適量飲ませるのが普通だ。焼いて食べたら死ねる」

 と、付け加えた。

 少女は瞬きして、グーとお腹で返事をした。

「わかったわ。薬になるならギルドが買い取ってくれるわ。多分」

「ああ、この辺りは常時依頼が出ているはず」

 すごすご袋に戻すのを見ながら、女騎士達はその半分がレア希少種ではと口に出せぬままでいた。

「ええと、食べられる茸は今焼いているから食べていってください」

 少女の返事より素早く皿が出される。

 焼かれた茸、煮た何かの野菜と肉。

 少女は目を輝かせてかぶりつく。

「それで、もしかしてお一人で?」

 子供の足で周辺に行けるような村はないはずだと そこにいた誰もが記憶していた。

 そう野宿しての移動を少女がその装備でしているのもおかしい。

 普通の町娘の衣裳、しかもスカートと靴はおしゃれ靴。山歩きには向かない代物だ。

 その上、短剣を下げてはいたが護身用としてはあまりにも物足りない。

「ううん、もう二人いるわ。そのうち獲物を持って来るわよ」

 そう聞くと、お互い目で会話をしだす。

 その様子を見ながら、少女は笑う。

「大丈夫よ、人さらいでもないし、盗賊でもないわ」

 クスクスと彼女らの心配に付け加えた。

「もちろん、人買いじゃないわよ」

 それでも彼女達は騙されているのだはと言う思いがあった。

「大丈夫よ、二人とも女に興味ないから」

 少女は爆弾を投下し、聞き耳をたてていたアルの上にコウモリが落ちてきた。

 どうやらコウモリの方がショックを受けたようだ。

「やぁね、アル。女子会の会話を盗み聞き?」

 木陰から現れた青年に、女騎士達は多少驚いた。

 この青年が特定の誰かを優遇するのを見たことも聞いたこともない。

 いや、後輩の面倒を良く見ていると……。

「女子会? ってなんですか」

「女の子の集団の赤裸々な恋話よ。男が聞いたら呪われるわよ」

「例えば?」

 少女はうーんと考えて、

「そのコウモリ美味しく焼かれて食べられるわよ」

 コウモリが背に隠れる。

「まあ、今はハーレムね。さあ旦那様、飢えた乙女たちに肉を」

 どこがハーレムなんだろうと、アルは他の面々を見渡し 彼女らが飢えたと思うとゾッとした。

 戦士はきっちり筋肉が鍛えられ、魔法使いですらしっかりとした体格をしていた。

 こんなのに飢えられては身が持たない。

「ウサギをどうぞ。我が君」

 ウサギを三羽捧げる。

「きゃは。では祝福をソナタに。願いはなあに?」

 誰もが息を飲んだ。

「では、これは食べないで下さい」

 コウモリをさして、真面目に言う。

「ネズミを叔父上に投げつけるんじゃないの?」

「これが身の危険を感じて先程から震えているので」

「旦那様がご飯をくれれば問題ないわ」

 ウサギは捌かれ、焼かれた。

 しかし人数が増えているのは問題である。あっという間に腹に収まった別の獲物を探して目が泳ぐ。

 コウモリが背中でプルプルしている。

 再度狩りに出かけるべきかとアルが腰をあげようとしたとき、影からルークが現れた。

「ええと、誰ですか」

 ルークは人見知りをした。女性は怖い。

 その一番の恐怖が飛び付いてきた。

「鹿ね。ルーク! 大好き」

 するりと突進を回避して、側の女騎士に注意する。

 と、背中から羽交い締めにあい、少女の手がワシワシとまさぐる。

「子供にお酒を飲ませたのですか」

 女達の手元に酒瓶が転がっているのを確認してルークは多少苛ついた声で聞いた。

「いや、飲んでないと思うが」

 アルは一応見ていた限り飲んでいないのを知っている。

「幻覚茸でも食べたんですか」

 焼かれているのは肉と茸。あり得るのは茸だ。

「ああ、すまん。彼に食べさせるつもりが姫が食べたらしい」

 狙われていたらしい男ーーアルはひきつった。

「フィル。大丈夫ですか」

 普段の少女はあからさまにスキンシップをしようとはしない。

 でもまあ、他の目の前の女の誰かよりはましだろうとルークは思う。

「ルーク。ルークの願いはなあに?」

 腕の中の少女はコロコロと笑う。

 ここに来て、ルークは女の扱いをほとんど知らないことに直面した。

 何時もアルが居れば女性は自分にはよってこない。

「鹿をどうぞ。我が君」

 少女の体を引き剥がし、素早く鹿を差し出す。

「うふふ」

 女達の手で鹿が解体され焼かれる。

 幸せそうに少女の目がうっとりする。

 どうやらコウモリはピンチを切り抜けられた。


 

 


「ところで、白団長の噂を知っていますか」

 食後ほどなく切り出された話題にアルは知らんぷりを決め込んだ。

「白? 馬に逃げられた?」

 少女は何時も自分が使う馬に思いを巡らす。あれは良い馬だ。

「いえ、何でも羊の丸焼きを注文したとか」

「豚の丸焼きじゃなかったの?」

「牛の丸焼きって聞いたけど」

 どうやら女達の噂は全部違うものらしかった。

「それが焼き上がる頃に盛大なお披露目があるのではないかって話で」

 視線がアルに集まる。

「結婚するの? アル」

 ゴフッとアルは噎せた。

「愛しいルークほっぽって結婚しないわよね。ああ、白騎士団に入るの?」

 さらりと地雷を敷く少女。

「はいりません」

「ルークと一緒に誘われたらどうするの」

 白騎士団は花形だ。その上、いざ戦場になれば別の隊すら指揮する立場にもなる。

「私は彼処には」

「そんな暇ないわね」

 少女は上機嫌で宣言した。

「アルは私のもの、ルークも私のもの、よそ見している時間はないわ。ミッションよ!」

 上空を指差し少女は吟う。

「ワイバーンの卵を守れ」

 上空を影が通る。

「あれは」

「ワイバーンよ。盗人を追って来ているわ。あのまま街にいくのは不味いでしょ」

 嫌な光景を思い描き、撤退は許されないのだと誰もが思う。

「さあ盗人よ」

 男が飛び出してきた。

 男は一瞬、助けを求めようとしたが 全員の剣が自分に向けられたのを見て後ずさる。

 上空で影が旋回してくる。

「卵は何処だ」

 言われるより早く男は荷物を投げつける。

 そして茂みに突入した先で悲鳴がした。

「ワイバーン。優秀ね」

「どうやって返すんですか。盗人の一味と思われているのでは」

「その荷物、ちょうだい」

 鞄の中から、目当ての卵を取り出す。

「お前のパパはすごいわね。頭からバリバリ、しかもお前を手放したのを確認してから一撃よ」

 少女は呑気に卵を撫で回している。

 ニューと木の間からワイバーンが顔を出す。

 緊張している大人を尻目に、少女は歩き出した。

「乗せて、お前の巣まで卵を持つ手がいるでしょう」

 呆気にとられているうちに、ワイバーンは飛び立った。

「ちょっ、我が君」

「残りの盗人捕まえて街へいきなさい」

 上空からの指示だけ残し、ワイバーンの影は遥か遠くに飛び去った。

「なるほど、ワイバーンと愛の逃避行か」

「愛って」

「愛の結晶の卵を持っていっただろう」

 ルークはアルの返事に嫌な顔をした。

「アルもルークも私のもの……、ああ、旅の竜は竜王様のものだからだよね?」

 女騎士が呟く。

「羨ましい」

「フフ、我らは使命を承った! 城の竜としてはじめての命だろう」

「山狩りか」

 盛り上がっている。

 アルは彼女らを見ながら、城の竜ってと小さく呟いた。

「あたしらは盗人を捕まえて街にいくよ。あんたらはどうするんだい」

「俺達は俺達で好きにするよ」

 そう言い、アルはルークの腕をつかんで離れる。

 後ろでヒソヒソと乙女達のただ漏れを聞かなかったことにしながらワイバーンが飛んでいった方に進んだ。







「あら、ルークとアル。遅かったわね」

 開口一番、少女は呑気に言った。

 少女が空に消えてから三日、ワイバーンの巣を探し歩いて二人の騎士はいつになく疲れはてていた。

 すぐそこで、ワイバーンとにらめっこをしてきた。

 巣に近付くという人間をじっと見ていた。もっとも卵を奪われたばかりの巣の回りは警戒するワイバーンが多数いたが、騎士の二人はうまくやり過ごしていた。

 しかしながら巨大なワイバーンに見つかり しばしにらみ合い緊張をしながら開き直り無視をして進んできた。

 襲ってこないのに胸を撫で下ろしたところに、少女の一言である。

「何してーー」

 聞かなくとも、見ればわかる。

 ワイバーンの雛に虫を与えている。

 手掴みで 大飛蝗やら大芋虫やら大蟷螂、など。

 その虫の山の横に、見知ったものも転がっていた。

 プルプルと震えたコウモリだった。

 偵察に放したコウモリが道理で戻って来ないはずだ。

 鼻歌を歌いながら、白いネズミを取り出すとナイフで解体を始める。

 細かくした肉を、雛に均等に与えている。

「雑食だったな」

 アルは大きくなったワイバーンも肉食と言われながら実は雑食なのを知っていた。

 少女の手がコウモリをつかんだのを見て慌てた。

 雛がちょうだいと合唱する。

「ダメよ、これはアルの」

 コウモリはアルに手渡された。

「もう少しでワイバーンのお腹に収まりそうだったのよ」

 雛がアルに向かって、ちょうだい合唱が始まる。

 つぶらな瞳に見上げられ、アルは怯んだ。

「……お腹を空かせた竜もどきかな?」

 ルークが興味深く呟く。腹ペコ竜の歌を思い出す。

 アルはため息をつき、果物を取り出すと細かく切り分け雛に与える。

 最後の欠片はコウモリに与えた。果物はコウモリ用の餌だ。

 雑食なら大丈夫だろうと与えた。以外と気に入ったらしい。

 コウモリちょうだいから、果物ちょうだいに大合唱が変わっている。

 と、ネズミが放たれる。雛は大騒ぎだ。

「あれで狩りの練習なのよ。まあほとんど遊びだけど」

 少女は別の巣に潜り込むと、中から犬を抱き上げた。

「アル。これも食べられそうだったのよ。放し飼い禁止」

 所々むしられた禿が目につく毛並み。

「……ええと、何処ではぐれたのだっけ」

 犬はルークの足元でアルにはそっぽを向く。

「だから学校にいなさいといったのに、まあ旅して苦労するのは良い経験よね?」

 学校で大切に扱われていたことを犬は理解した。

 怖い森で怖い生き物に追いたてられ、毛をむしられ あわや腹に収まりそうだったのだ。

 そしてここはワイバーンの巣。

 回りには腹を空かせた食べ盛りがたくさんいる。

 そして少女が時々犬鍋と呟いているのも知っている。

 理解できた。主から離れて迷子になるのは危険である。

 少し前にもう少しで食べられるというとき、マスターは犬を抱き上げた。

 目の前で、ワイバーンの食事を取り上げて 普通無事ではすまない。

「バイオレット、良いところにいるわね。これ温めて」

 巣に放り込まれ卵を温めるよう仕事をもらう。

 時々大人なワイバーンが卵をひっくり返していく。

 基本巣の地面は温かく犬が温めるような必要はない。

 コウモリが偵察に来たときも、マスターがワイバーンから取り上げた。

 その上、コウモリが逃げ出して捕まる度に助けている。

 コウモリは無事を知らせにいくといって聞かない。

 コウモリの主は美味しいご飯をくれると騒ぐ。

 大事な主に会う前に自分がご飯になったらどうするのだろう?

 マスターはワイバーンを撫でる。

 そうワイバーンはマスターのもの。

 でもコウモリみたいに騙されない。

 が、雛は違うらしい。

 目の前の主のマントにワイバーンの雛がくっついている。

 果物がよほど気に入ったのだ。

「まあ、ダメよ。お前まだ飛べないでしょう。この子ぐらい飛べるようになって狩りもできるようにならなきゃ。でも悪者以外の人を襲ったら狩るわよ」

 マントから剥がされて、コウモリより飛べる条件をつけられ巣に戻される。

 主は大人だ。だから動物を簡単に使役する。

 もう一人の主はまだまだ子供で、あまり我らを使おうとしない。

 マスターは本当に子供で、お腹が空いたという度に生け贄が捧げられる。

 マスターは何でも食べる。捧げ物がないときにマスターがお腹減ったと言い出したらと怖い。

 捧げ物を用意するために狩りをしっかり覚えて練習しようと心に決めた犬である。

「フィル、ワイバーンの雛を見たいがために寄ったのですか」

「卵泥棒捕まえるためよ」

 鍋に残った虫をざーといれ、別な容器から水を足しているのを見てルークはひきつった。

「人の味覚えて町を襲うようになったら困るでしょ。だから盗賊を捕まえて保護したのよ」

 鍋は火にくべられ煮込み料理の開始らしい。

「保護したのですか」

「ええ、だから二人で盗賊を町までつれていってほしいの」

 ミッションは盗賊の移送だった。

 どうやら、女騎士に捕まらなかったものたちがワイバーンに捕獲されたらしい。

 因みに鍋の煮込み料理は盗賊の食事だった。

 が、二人に気がついた盗賊たちは 救いの神に泣きついた。

 彼等は後にワイバーン保護区の保護官になり活躍することになる。

 そしてゲテモノ料理を魔境名物として売り出し変なブームを引き起こす。

 尚、女騎士に捕まった方がましだったかというと そうでもない。

 彼等は彼等で恐怖を心行くまで体験し、二度と魔境に踏み込む事はなかった。

 食べられなかった虫鍋は、ワイバーンの雛に完食された。

 数日後、少女の助けた卵が孵り、一行はワイバーンの巣を後にする。

 街には旅の竜が集まりつつあった。

 





 路地から出てきた腕は少女の体を掴むと、そのまま路地に引きずり込んだ。

 だが引きずり込んだ者が声を発しようとするまえに、その首筋に剣が添えられる。

 少女は見上げ、剣を握った相手に微笑んだ。

「ちょうどよかったわ」

 自分を引きずり込んだ相手は完全無視をしながら救いに現れた青年の手をとる。

 強引に歩きだし、謀らずとも手を繋ぐ格好になった青年は内心うろたえた。

 二人が行ってしまうと、少女を引きずり込んだ男はそろそろと後退り数歩下がったところで背後からの視線に気がつく。

 恐る恐る振り返れば、そこには数人の騎士がいた。

「今のは旅の竜か」

「全く旅の竜は求められなくてもお側に行けるのだな」

「我らは悲鳴でもあげてもらわねば近づけぬ」

「時にこれはどうする」

 じろりと視線が集まり、もはや狩られる獲物になったことを男は理解した。

「お花買って」

 少女はとある花屋でそう言った。実に厚かましいーーとはいえそれぐらいの貯えはある。

 青年は言われるまま目についた花を買い、少女に捧げようとした。

 が、凸ピンをされそのまま歩く。

「あの、どちらへ」

「そこの角よ」

 少女の指差す先には歌姫がいた。

「ええと?」

 青年は戸惑う。

「早くいってあげないとお婆ちゃんになるわよ」

 どんな呪いーーか青年は少し考える。

「彼女には花を、私にはウサギで良いわ。ウサギでないときはカエルでも蛇でもネズミでも、その辺にぶら下がっているコウモリで良いのよ」

 コウモリ?と見上げれば、確かにコウモリが軒下に生っている。

「ロマンチックにプロポーズよ」

 意味を理解して、青年は汗をかく。

「何故知ってーー」

「助けてくれてありがとう。そなたに祝福を、そなたが愛する娘に幸せを」

 少女は微笑みーー

「次に王都に戻ってきたら迎えに来ると約束したのでしょ?」

 固まった青年を見、少し少女の表情が陰る。

「もしかして愛が冷めたの? 早く行かないとお嫁にいっちゃうわよ?」

 エッと振り向けば、馬車が横付けされていた。

「ちょっ、ちょっと待ったーー!!」

 走り出した青年を見送り、隠れている騎士と捕まった生け贄に視線を移す。

「それ、もう要らないわよ」

 それと言われた生け贄は何処からホッと胸を撫で下ろした。

「改心しないおバカさんは黒いあれに追われるから」

 と、続いた少女の声に震え上がった。

「く、黒いアレ!」

「そう、黒いアレ」

 騎士達は首をかしげたが、生け贄はどうやらわかっているらしい。

「誰か庭師に雇ってあげて?」

 小首を傾げて見上げられ、良い年齢の騎士達は息を飲んだ。

 その日、街角の歌姫に騎士が花束を抱えて迎えに来た所に居合わせた通行人の人々は おとぎ話擬きの逸話に花を咲かせた。


 


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